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    エッセイ1話まとめ(物語構成)【12】僕らはイカロス






    (※1)
    昔ギリシャのイカロスは
    蝋で固めた鳥の羽


    (全5327字/2012.10.22記す)
     小学校三年生までの僕には友達が一人もいなかった。微かにでも憶えている顔といったものすら一つもない。他の文章にも書いた通り、近所にそのような関係とおぼしき子供が一人住んでいたはずが、彼の姿は学校では一度も確認しなかった。だから正確に言えば、学校には一人も友達がいなかったということになる。

     いつ初めて声を掛けられたのかは全く記憶にない。どんなきっかけだったのか。

     自分がどこにいるのかはなんとなく分かっていても、そこで何をすればいいのかはいまいち理解出来なかった。まずはここにいなければいけないらしいとの決まり事を教えられる。そしてここにいるというだけで(いるのだから)、僕はどうやらふさわしい何かをしなくてはいけない状態にいつの間にかなっていた。
     休み時間にはただ周囲を見回しながら、何もすることがない自分に少しだけ気がつく。授業中には先生の言うことをなんとなく聞き、書けと言われた文字をノートに写したりしていた。
     何のためにそんなことをするのか分からず、周りの皆に合わせて筆記帳の見本に近づけるように文字の書かれた点線をなぞる。簡単な数の計算が繰り返し黒板の上で行われる。僕にも足す引く掛ける割る……の計算くらいはある程度理解出来たので、自分の目の前に藁半紙のプリントが配られると、言われるままに目の前のそれを解いていった。

     教室の後ろには一列にロッカーが並んでいたが、中ほど辺りで男子児童のR地に話しかけられていた。どんなことを話したか、霞むように手が届くかどうか曖昧な距離に浮かぶ件の場面以外は全く記憶にない。僕の中には他人に伝える意味や話す価値のあるものなど何もなかったと、いま現在思い返してみるとやはりそう感じる。

     休み時間になれば飽かずにも集まって話をし、笑い合って教室中を走り回っている同じクラスの中にいる彼らは何を見、何を求め、何を楽しんでいるのか検討もつかなかった。
     どうしてそんなことをするのか、何故よく知らない人間に話しかけないといけないのか。本当にしたくてしているのか。そういったことは少しだけ面倒だし苦痛だし、……右隅の細かな疵が窓から入ってくる昼前の光を幾重にも散らしている様子に一瞬目を惹かれながら、机の静まり返った左隅に向けて斜めに視線を落としやがて顔を伏せた。
     僕はこの文章を打っているいま、自分のことを馬鹿で無能な人間であると分かっているが、当時はそんな程度の事実すら気付かなかったのだろう。

     本棚においてある分厚いファイルをめくると、R地から受け取った封筒と半分に切られ畳まれた便箋が姿を現す。「また遊ぼう」短く一言だけ。小学校三年生の男子児童らしいあまり上手くない文字。封筒の表には僕の名前と差出人の苗字、切手は貼られていない。そして郵便番号の欄にはやはり僕の名前がある。
     見た感じからするとおそらく手渡しをされたか、もしくは郵便受けに彼は密かに投函したのかそんな姿も想像される。
     さらに小さな子供が行うごっこ遊びの延長線上とも言えるし、他人に手紙を出す等の社会的な行為に惹かれる部分があったのかもしれない。僕を『友だち』として公的に認める効力がそこにはあると、彼は周囲にも自分の意思を積極的に告げることになると期待したのか。
     家族の付属品としてではなく、多分、人生で初めて自分宛に来た手紙だ。両親宛の手紙の宛名に「皆様」として書かれていたとしても結局は、片隅のついでにといった具合でとりあえず小さな子供の様子を窺うための社交辞令とは違う。何故なら、その視線は実際にはこちらを向いてはいないから。





    〔2〕/〔3〕
     彼の家は坂の上にあるという。普段から外遊びなどしない僕は体力もあまりなかったので、随分と息を切らしながらこんな急な道を毎日登り降りするのは本当に大変だろうと喘いだ。
     考えも碌にまとまらないままにほとんどうつむきながら、時々空を仰いて大きく息を吐き出しつつ。彼は少し先を歩き指先で方向を指示し、顔を上げて確認をした僕は再び地面に視線を落とす。霞んだ遥か彼方にしか見えもしない行き先をこの目に捉え続けていることはどうにも耐えられず、下を向いて自分の足が間違い無く動いているだけを頼りにするしかないのだった。
     気がつけば、彼の家がすぐそこに見える曲がり角にまでたどり着いていた。ゆっくりと周囲を見渡しながら初めて目にした景色を確認する。R地は数メートル先で、まるで待ちわびたかの笑顔で僕を手招きしていた。
     大きな駐車場に面したアパートだった。戸数に対しては容量が多く、簡単な車止めがあるだけの鉄柵すら無い駐車場だったので、その辺り一面の地主が後から住居を一棟建てることにしたのかもしれない。順序はよく分からないが。

     内部は長方形をしていて、手前にダイニングキッチンがありさらに二部屋が続いている間取りだったと記憶している。玄関を開けると早速真ん中の部屋に案内された。
     しかし七割がた開け放たれた襖の先には寝そべって主人の帰りを待つ中型犬、シェットランドシープドッグの姿。僕は小学生当時犬を苦手としていて、中に入れずに躊躇していたこちらの素振りを見たR地が気を利かせ、一番奥の部屋に移動してくれたのだ。
     飼い主からしたらどうということもないのだろうが、その手馴れている一連の動作に感心したものだった。あんなに大きくて凶暴そうな(犬が怖い子供にはそう見えた)犬に言うことを利かせ声も一切上げさせず、全く抵抗する様子もなく従わせ隣室に移らせるなど信じられないと。
     TVを少しの間眺めていたがこちらが手持ち無沙汰にしていると感じたのか、しばらくしてから二人でゲームをやることになった。
     僕らの世代辺りからはありがちな光景として、子供同士で互いの家に呼び合った時にはファミコンを一緒にやる(当然ファミコンがあればだが、場合によってはゲーム機本体を友達の家にまで持って行く子もいた)、いわば新たな遊びのスタイルというものが作り出されて急速に広がり、結構な定番と言ってもいいくらいのものになったのではないかと思う。もちろん外遊びのほうが好きな子もいたし、のちに彼と二人で少し遠い地域にまで探検をしに行ったことも何回かあった。そういえば子供なりの無邪気なイタズラをして遊んだ、僕にしては初めてとなる経験をしたことも。

     幾時間かそれまでの全てを忘れゲームに熱中していたところへ、彼の母親が帰ってくると一度だけこちらに顔を見せ、すぐ忙しそうに食事の支度を始めた。R地は一見すると少しタレ気味の甘い目をした優男風だったが、較べると母親はいくらかはっきりした目鼻立ちをしていた。二、三言葉を交わしただけに過ぎなかったものの、口数は多くなく雰囲気は落ち着いていても、それはある種の大人の女性が持っている、子供を萎縮させる冷たさから現れたものではなかった。
     つまり、のちに会話をした時の表情からしてもそうで、時々パッと明るい表情をすることもある美しい人だったなと、いま輪郭は朧気であっても懐かしくある。
     帰りは自宅と彼の家の中間地点くらいまで送ってもらった。僕は見知らぬ遠くの街に出かけ少しだけ不思議な体験をした気分でいて、そしてまた呼ばれればいいなと帰り来た道を振り返ってみるさなかに微かな期待が胸に産まれていた。坂の上にいる彼の姿がいまは見えずとも、変わらず手を振っていてくれそうな気がした。





    (残2332字)〔3〕/〔3〕
     引越しをすると知ったのは小学校四年生のいつのことだったか。もう学校に来なくなった彼は、その日僕を自宅まで迎えに来て新築寸前の家に招いてくれた。つまり、個人的なお披露目を受ける運びとなったのだ。もうじき引き払う予定のアパートも結構遠いとは感じていたが、新居はそこから歩いてもさらに数十分の距離があり、学区が異なるために転校することになるのだという。引越し先までの道のりの長さは子供の身の丈としては最も単純に、実に冷徹なほどの現実の重みとしていやがうえにも知らしめさせた。

     綺麗な家だった。光がふんだんに取り込める天窓のついた、家族の集まる広いスペースがまずは目につく。
     少し現在の僕が補足する。機能的な造りの明るく使いやすそうなキッチン、伸縮式のはしごを登った先にある、子供が走り回れるくらいの高さと奥行きのある天井収納を始め、覗かせてもらった納戸も物を置くだけではもったいないくらいの充分過ぎる広さだ。周囲を囲む形の各部屋から中心のLDKへスムーズに、のみならず洗面所やバルコニーへは個室からも移動可能な複路になっていて、移動のパターンが時間帯や多少のプライバシー条件で変化した際にも、快適に利用が出来るようになっている。
     つまるところ住人の様々な利便性(個人的、家族集団的側面両者で)や生活動線を考えた上での設計なのだろう。
     僕は口を半分開け放ったまま、人の顔さえ反射しそうなほどに綺麗なつやのあるフローリングの床やら、ちょうど昼時の光が気持ちよく降り注ぐ天窓をただ感心と驚きに包まれ眺めていた。そして、いくらか照れくさそうでもあり誇らしげにも見える手に引っ張られ、最後に彼の城へ――子供部屋が用意されていることは言うまでも無い。
     膝をつき部屋の片隅で後片付けをしていた彼の母親が立ち上がり、ひと通り内覧を終えリビングへ戻った僕らを迎えるようエプロンを外した。同時に額の汗を袖口で軽く拭い、やや視線を合わせずにいた顔が向き直ると、幾分の疲れとそれ以上の充実感に満ちた柔らかい笑顔となり、ケーキがあるからと二人を促した。子供たちが椅子に腰を下ろすのを横目で確認してから、自分は少し冷めてしまった薬罐にもう一度火をかけた。中央は白い磁器製のタイルか何かだったか、二回り大きな分厚いガラスの天板が乗せられた、綺麗で頑丈そうで、高価そうな真新しいテーブル。

     ○○君また遊びに来てね。そうだ、夏休みになったら泊まりに来いよ。僕は声を掛けられる度に相手の顔を見直し、両親のことやら彼から話される以前遊んだ時の思い出などに丁寧に答えた。会話が一旦途切れ空白が開くと新しい学校へ転入するための準備について親子で話し始め、僕はなんとなくホッとするとケーキを包むビニールについたクリームをフォークで削ぎ何度か口に運んだが、ふとその姿が誰かに見られている気がして落ち着かなくなり、ビニールをさっさと畳んでしまった。すでに微温くなっていた最後一口の紅茶を、音を立てずに飲み込む。

     じゃあそろそろ時間も時間だから、ということになった。螺旋状の階段を彼に続いて降りていると、踊り場辺りで何故か突然自分の家のことが胸に浮かんできた。トタンの古くみすぼらしい外見をしているその姿は、綺麗な新居を目の当たりにしている僕に対して妙に悔しさや惨めさの込み上げる気分を与えた。自分の家の親もあんなに頑張って働いているのに、なんで……。少しだけ涙目になっていた。
     いま振り返ってみれば子供らしくもない、まるで嫉妬をする大人さながらの唐突なイメージの対比をもちだしてきたものだ。あの時の状況では優先順位の一見低そうな事柄に対して囚われているのが、可笑しく見えなくもない。ただ、とりとめのないようで案外気にすることであったりして、些細な物事について妙なほどに反応を示す心理の不安定さが子供にはあったりもする。
     
     いよいよ別れの時。またいつでも遊びに来てくれよ、R地は新居から出て最初に差し掛かる坂の頂上まで数十メートルを見送り、笑顔で二度三度と頷き大きく手を振ってくれた。それでも、もうきっと無理で、こんな遠くまで来れないと感じていた。坂の入り組んだ道は覚えられないし、それに違う学校に通う人間と遊ぶといった行為が本当は間違っていることなのかもしれないと、どうにもその怖さが拭えず――。
     僕には分からない。本当に、……本当に何も分からない。

    (※1)
    昔ギリシャのイカロスは
    蝋で固めた鳥の羽
    両手に持って飛び立った
    雲より高くまだ遠く
    勇気一つを友にして
     
     R地に教わった歌だった。この文章を書いている最中に思い出したことだが、件の曲の譜面はおそらく教科書に載っていた。確か、蝋の翼を持ったイカロスが悲壮な面持ちで空を見上げる、子供ながらに「何かを捨てなければ何かを得られない」との結末を想起させるイラストが隣に添えられていた。実際には音楽の授業で習って、曲(特に歌詞)を気に入った彼が薦め――そうじゃない、そんな経緯はどうでもいい。
     少年の胸の内にその歌が響き、何かを伝え、小さな心に小さな、いや彼にとっては大きな勇気と目覚めと、何より決意をもたらしたのだ。彼に教わりたての頃、旧居であるアパートから自宅への帰り道をゆっくり歩きながら、二番の内容をよく知らずにいた僕は一番の歌詞ばかりを飽くこともなく暗誦した。
     そして別れのこの時、再び口をついて出る。今度はメロディーに乗せて。
     遠い帰りの道のりに何度目の繰り返しとなっただろう。次第に涙で滲んでぼやけた視界の中、それでも長い坂をひたすらに下って行った。もう振り返っても何も見えない。二度目の訪問は多分……。さようなら『友だち』




    (※1)引用歌
     『勇気一つを友として』
    歌詞:片岡輝
    作曲:越部信義





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    エッセイ1話まとめ(物語構成)【11】BONBON!






    (全7216字)〔1〕/〔4〕
     行きつけの店――なんとも甘美な響きである。八百屋の主人と天気についての話から始まり、最近の景気云々といった頑是[ガンゼ]ない流れ、隣のお茶屋ではいつも暇そうにしている若旦那と趣味の渓流釣りについてひと談義、綺麗な白髪紳士のマスターがいる喫茶店ではほどよい距離を保っての穏やかな笑みの混じった視線が交わされる。
     別に、昔ながらの商店街ばかりにしかそういったことがないわけではない。時々夕方過ぎにふらりと立ち寄る馴染みのゲーム屋などでも同様だ。年代の近い店長は似たようなゲーム遍歴があり、最近発売されたタイトルについての彼なりのレビューなどを聞いてみるのもなかなかに興味深い。栄枯盛衰[エイコセイスイ]を繰り返す多種多様なゲームのハードが今後どうなっていくのかなど、仕入れや販売された数など直に接している人間の意見はそれなりに参考にもなる。
     帰り道では古びた駅ビルの一隅、ひっそり奥まった場所で営業をしている薄汚れた外観のラーメン屋の暖簾をくぐれば、こちらの顔を見るなり味噌ラーメンでいいんでしょ? その一言がなんとも小っ恥ずかしくもあり、と同時に心地良いものでもある。

     二十歳を過ぎた頃には大手[オオデ]を振って外で酒が飲めるということで、随分様々な店を見て廻った。とは言っても、どれも個人経営の小じんまりした居酒屋か、どの街でも同じような外観をしたチェーン店のどちらかだった。スナックやらキャバクラだったりは料金も高く、あくまでも想像だがおそらくつまみがまずいのだろう。また近くに女性がいては、時間を掛け落ち着いて酒を飲みながら友人同士で話をするのには適していない。
     そもそも私は水商売をしている女性全般が苦手で、男に対してしなを作ってみせる積極的な態度を見せたかと思えば、艱難辛苦[カンナンシンク]を乗り越えてきた怒涛[ドトウ]の如きと言い巻いている人生を背景に、突然年下の男に対して悟った風な口調で処世術やら、これからの身の振り方についてそろそろ真剣に考えたほうがいいなどを語られると、なんとも辟易[ヘキエキ]とさせられるのだった。
    『あんたのためなんだから』、などと来るともう聴いていられない。言いたい気持ちはまあ分かるのだが。こういった傾向は当然ある程度年齢を重ねた女性に多いが、若い子の中にも酒が入ると説教節というか、一種の絡み酒なったりするのもいるにはいる。
     なぜそれらの店に行ったことがないのに分かるのかと言えば、元水商売だったという人と一緒に仕事をした期間が長くあったからだ。別にこちらがどうこう評価しはしないが本人は凋落したと思っているのか、どうにも過去を話したがらない人で少しばかり謎めいた雰囲気を感じさせつつも、突然にあの頃を懐かしんで聞いてもいないのに様々なエピソードを口にしだすこともままあるのだった。
     そんなときの彼女たちの表情はまさに七色変化さながらであり、何やら興味深くもあるし少しばかり怖くもある。
     いわゆる一般的にイメージされているようなキャバクラだったらそんなことはなく、楽しく何も考えずに馬鹿騒ぎ出来るのではないかと思われるかもしれない。しかし正直に言って、私は若い女の子の軽薄(良く言えば軽やか、さらに良く言えば天真爛漫)なノリには全くついていけないし、無理に付き合いたくもない。件[クダン]の場面などを友人から聞いたり、TVなどで目にすることがあっても、一切何も惹かれるものがないのだ。

     チェーン店居酒屋と言えば誰でもがいくつかの似通[ニカヨ]った意匠の看板をまずは浮かべる。そして全国的にかどうか分からないが、各人が利用した限りではグループごとにほとんど共通するメニュー、また人によっては鬱陶しいとすら感じるマニュアル化した過剰な接客スタイルが想像されるだろう。
     確かに、最大公約数的戦略を無難にこなすことに終始しているといった批判は一方で合ってはいても、しかし店々によって当然店員は異なるし、場所が違えば客層も異なってくる。客の感じが違うのは話される内容にも現れ、地域性や周辺にある会社(または学校)から訪れる彼らなのだから、それによっての変化だ。
     店同士の異なる点としてまず、間取りなど一見どうでもいいような部分も、意外と人の心理に与える快不快、あるいは好悪の影響は無視出来るものでもない。なんというか雰囲気それ自体はやはり経年のうちに独特に作り上げられていき、微妙な差であったとしても二つと同じものはない。





    〔2〕/〔4〕
     K尾の高校時代の友人が我ら野球チームに中途加入をすることになり、いつからか一緒に酒の席を囲むようになった。
     それを期にちょくちょく遊ぶ機会が出来、この店をいたく気に入った、と普段の温厚で控えめな姿からは想像されない、酒の力を借りながらも余程の饒舌[ジョウゼツ]を交えて唸[ウナ]ったので、となれば私も少し良いことをした気分になる。同時に新しい友人の希望に可能な限り沿うよう(他の皆にも異論は無い)、彼を含め何人かで集まって酒を飲むというときには、以降必ずと言っていいほどそこを指定することになった。
     彼は子供の頃から何かの球技に打ち込んできたのだとか、実際背も高く筋肉質の身体をしている容れ物にふさわしく、まさに鯨飲といった感じで浴びるように腹に流し込むのだ。

     店の奥はテーブル席が二卓あり、開いているときはそのどちらかに腰を落ち着けるのがお決まりとなっていた。入り口左側にはカウンターがあり席が五つくらい、反対には奥と同じサイズのテーブルがやはり二卓。内装の色合いは基本的に朱色と言ったらいいだろうか。最初のほうにキャバクラやスナックはツマミが美味くはないだろうと書いたが、この店もはっきり言って大したものはなかった。
     チェーン店の居酒屋のほうがよほど色々と取り揃えていることは確かで、ただこの味だけは絶対にここでしか食べられないというものが一つだけある。それはスジ煮込みだ。店の前に面したところに大鍋を乗せたコンロを据え、いつ店の前を通りかかっても常に牛スジを煮込み続けていた。いくらか湯気を上げてくつくつと、油やら濃茶色をした煮汁やらがゆっくりと対流しながら、時々はすでに柔らかく仕上がったであろう肉が姿をのぞかせる。
     こんにゃくや大根などは一切入っていない、プレーンというかシンプルとでも表現されていい随分と徹底した作りで、注文して目の前に出されるときにはその上に刻んだ長ネギと、煮汁の中を泳いでいた柔らかい梅干しだけがトッピングされてくる。
     肉が口の中でトロけるように、それでいて芯に近い部分にいくらか残されたスジをプツリと噛み切る弾力が歯に伝わる、食感のコントラストの差がなんとも言えないのだ。梅干しと長ネギは、心持ち主張の強いこってりした油を上手い具合に中和する。一緒に来ていた連中の皆が皆、口の端をてらてらと濃い目の脂で光らせ、これが一番好きだと口を揃えた。
     スジ煮込み自体はさほど珍しいものではなくとも、後年になって他の店で同じ品物を注文すると常に期待とは違った味が私の舌を見事に寂しがらせ、油と塩味の足りないその肉を何度も噛み締めるたび郷愁に似た感情を抱かせるのだった。

     あるときK尾とR立、私の三人で飲んでいた。普段通りに落ち着いたペースで各自杯を開けていったのだったが、席について二時間が過ぎる頃になるとキープしていた眞露が足りなくなり、新たに購入したものもすでに空になりかけている模様。なくなる前にさらに一本追加をし、そちらもテーブルに置いてもらうことにした。小柄な板前に借りたマジックで名前を書きつつ、氷容れとペットボトルのままの烏龍茶それと二、三のツマミを――。
     何段か積み上げては、時間の経過とともに気づけばいくらかが取り去られていくようなゆったりとしたものであった、とは言っても、皆も長時間のアルコール摂取の繰り返しにより、さすがに酔いの下限は相当に高まっていた。
     R立は頭をだらりと壁に凭[モタ]れ掛けさせ、傍目[ハタメ]から見るに十数分前から同じことを繰り返しているとしか見えない呈で携帯電話をいつまでもいじり続けている。
     時々ひゃっひゃとか、ふふっなどと声を漏らすところを窺うと、メールでも見ているのか。ただ、ここ数時間は誰の電話も沈黙し続けていたはずだったから、おそらく昔の受信履歴でも漁っているのかもしれない。K尾はテーブルに突っ伏してしまい、目を閉じて口を半開きにしているという按配[アンバイ]。横腹をつついてみると「ああ」とか「ちょっと、……待て」などと反応するが、もうダメになってしまったと見て間違いなさそうだ。





    (残3727字)〔3〕/〔4〕
     私はトイレに立ち上がった途端に後ろへ向かってふらついてしまい、両手を中空に漂わせ何か掴む物はないかと足掻くも、どうやら無駄だったらしい。奥の半個室を仕切っている壁とそれを支えている柱に左肩をしたたかに打ち付けた。
     なにか尖った部分が深く肩に食い込んだ有様で、一瞬痛みのあまりに素っ頓狂[スットンキョウ]な声を挙げそうになり、それを堪[コラ]えの顔を上げてからカウンターのほうに向き直ると、体当りした音がかなり大きなものだったことに周囲の視線で気がつかされてしまうという、酔漢[スイカン]のとんだ恥晒しっぷり。さらに顔を赤くいくらか青くもしつつ、うつむき右手を顔の前で衝立[ツイタテ]にして他の客に見られないようにしながらトイレの前へ向かった。

     真っ直ぐにしておくことが難しく、どうにも身体が揺れてしまい数秒ごとに左右と壁に手をつかないといけない。床を汚してしまいながらもなんとか用を足すと、肩やら腕やらをあちこちにぶつけるのも厭[イト]わず、二人のもとにとりあえず戻ることにする。テーブル席の前ではいつの間にか目が醒めたらしいK尾は、いつからか朦朧[モウロウ]としているR立を肩に抱えて待っていた。
     あのさ、「もう、あれ、あれだ……あの、一旦出て、出てからどうしようかさ、考え、よ」私は舌が回らなくなっていることに気がつき、それでも目の前のへべれけよかはマシだなどわずかな頼りない最後の自尊心に凭れ掛かり、二人を何とかして外にだして酔いを覚まさせなければ、ぅうん? っあぁ、そう、しようかとおもって、ぁあそだよな、おれも、おぉそろそろかなって、そそそ、ろそろでたほうが、いい、い……かな。
     K尾とはなんとか意思の疎通を図れるようだったが、まともに言葉が浮かんでこない状態で思考は途切れ々々で訥々とし、その合間にはふっと目を閉じて身体を頼りなくふらつかせた。

     目の前の酔っぱらいの意識がまだ保たれているうちに店を出なければいけないと、少しばかり責任感を奮い立たせては、無理矢理に素面状態へ近づけなければならんと自らを騙し々々導く。今にも肩に掛けた腕がずり落ちて後ろにでも倒れ込みそうなR立を、こんな状態の彼では到底支え切れるはずがないのだ。……もうじき奴も、酔いの暗黒面に呑み込まれてしまうだろう。
    「あの、すいま、せ……ぁああの、すいませ、会計、おあいそを」
     カウンターに向かって声を絞り出すと、振り向いた小柄な板前は少しだけ怪訝[ケゲン]な顔をしてみせたような気がして、すぐに普段の力ない笑顔に戻ると『今日はいっぱい呑んだね』と言った「らしい」。こんな状態の彼らから回収出来るのかと不安になってしまう貧乏性分であっても、それにしたってレジ前でもたついているのは恥ずかしいのでまとめて払うことにした。「大丈夫? ちょっと呑み過ぎかもね」背中に受けたその言葉が誰の口から発せられたものか、憶えていない。

     数日後例のガタイの良い友人も含め四人で集まり、あの日のことについて話した。失敗しただの俺は体調が悪かったし酒が悪かったなんて言い出すのもいながらも、その日いなかった彼を除き各々、いくぶんの反省をしているようだった。私も含めて。
     話は反省会だけで終わらず、ふざけ半分の笑顔を口元へ忘れず含めつつも、いつのまにか内容は剣呑なものに傾いていった。
     K尾R立どちらが言い出したか忘れたが、『今日はいっぱい呑んだね』と台詞をおじさんの喋り方で真似したあと、絶対に会計が間違っていると文句をのたまった。私はかなりの貧乏性ゆえか、メニューを注文するたびにある程度概算を出していたので、加えて新しく購入したボトル二本分を含めると大体提示された金額で合っていたはずなのだが。
     その主張をする根拠としては、最近店の経営が芳しくないから、だとか。徐々に減っていく収入を少しでも補填[ホテン]するためという無茶苦茶な理由、有体に言えばボッタクったのだと友人は不信の目を向けているのだ。そういえば奥のテーブルにはあの時間帯に一度も客は来なかったことは確かで、カウンター席も埋まってはいなかった。しかし、いくら我々がひどく酔っているように見えたとしても、上手く金を誤魔化せるかどうかは分からないし、バレたときのことを考えればそんな真似は出来ないだろう。

     ふと「あの店の人達、ホントにそんなことするかな」の言葉をぼそりと、しかし何かの確信に近いものを抱いているかのように口にした。
     当日そこにいなかった新しい友人である彼は、周囲から重ねられるたび段々と激しさを増していくかに装う声へしばらくは黙って耳を傾けていた。まだまだ皆の輪の中にまでしっかり馴染み切れていないと感じている者としての、遠慮がちの軽い同意を示していると見えなくもない。その姿であったことはあった。
     しかしどうしても支払いをした私自身に不確かな記憶しかないため、こちらの弁護よりの気分を心許[モト]なくさせつつあったのを後押ししたし、残り二人の口を多少重くさせるだけの効果はあったのだった。

     二、三年前から、決して古い顔ではなくとも私たちは一週間に一二回くらいは通っていて、一見さんではないのだ。仮に上手く誤魔化せたとして客が何も言って来なかったとしても、会計のときにでもおかしな感じを与えてしまえば、それが実際にどうだったかは別に二度と店を利用しなくなるのでは。常連が来なくなることの減収のほうが、中、いや短期的に見ても言うまでもなく大きいはずだ。ボッタクリが成功したとしてもたかだか数千円を余分にレジ(もしくはフトコロ)に入れるだけ、次にまた利用すれば一万円近くはそこに落とすのだから。





    〔4〕/〔4〕
     結局店を訪れる頻度はいくらか減ったにしろ、今までと同じような感覚で通った。店員の対応も変わりなく、不明瞭と多少でも疑らせる会計は一回もなかった。やはり勘違いだったと思いたいしそう信じている。
     ただ、経営が上手くいっていないのではないかとの予想は間違ってなかったらしく、数カ月後には暖簾が取り外され、いつもならば夜になると表の通りまでを照らす明かりは落とされていた。ちょっと気になってガラス戸の格子[コウシ]の隙間から薄暗い店内を覗いてみたところ、テーブルは撤去され閑散としていた。父に経営者のおばさんや板前の男性はどこに行ったのか聴くと、なんとなく答えは予想していたがやはり、分からないなと意外にそっけない一言。

     ここ最近では外で酒を飲む機会はほとんどなくなった。私の財布は常に緊縮財政を強いられているデフォルト寸前の状態でもあり、そもそも、一人で居酒屋に行くことなど面白くもない、というか気が乗らないのだ。
     世間の狭さ、世情[セジョウ]の面倒を身を以て知る大人の頃合いにでもなったら、ときに一人酒も結構じゃないかと言う人もいるかもしれない。まあ理解出来ないわけではないのだが、その場合は行きつけの店が必要なのだとどうしても思ってしまう。さすがにチェーン店に一人で行って、あの妙に明るく騒がしい雰囲気の中でしんみりやるのは無理がある。
     つまり、結局は行きつけが無くなったのだから仕方がない。行き当たりばったりで個人経営の飲み屋の暖簾をくぐっても自分の肌に合うかどうか、懐を痛めてまでして冒険をする気にもなれないのだ。実際には以前に何回か挑戦して、二度とその敷居を跨ぐことはないとの誓いを立てたほうが圧倒的だったという、連戦連敗続きのさめざめとした現実ばかりだった。

     結局部屋で飲む酒は安上がりで、無駄に飲み過ぎることも便器に向かって涙混じりに鼻水を垂らして嗚咽を挙げることもない。そして、飽きもせず紡がれる代わり映えのしない昔語りにスルメを噛みながら適当に頷いていたはずが、時々はこれからどう生きて行くつもりかなどと言葉尻[コトバジリ]は落ち着いた調子でありながら、寸前までの軽々しい酔いはどこへやらと、素面か完全に据[スワ]わっているが故のものか、判断し難い視線は目の前のボンクラが如き私に真っ直ぐ注がれ――そんなじわりとした一撃を唐突に喰らわされることもない。
     やんぬるかな、口元へ持っていったジョッキが迷いを現すかに一旦動きを止める。数秒後には答えの代わりに何やら唸ってみせながら、アルコールで口の端を汚して曖昧に笑ってみせては、少しばかりの自己嫌悪と根拠のない決意。

     しっくりした居心地の場所を失い、現在思い返してみればあの時期から彼らとの関係は知らず知らず薄まっていった。それこそ私にあっては人生のいちいちの場面のつまらない要請と、逃れがたい惰性を重ねる年々[トシドシ]のうちに気づかぬほどに紛れ、あるいは溶けて。

     人生では何もかも失われる。死ねば全てが失われる。いや、冷凍保存のような生きた軌跡がどこかに残るのだろうか。他人のことは分からないが、やはり、私はそんなものに当てはまる価値は持ち合わせていない、としか思わない。
     ――まずは、だけどまず一杯、弱さと醜さを忘れ、過ぎ去った日々と日々の囚われを頭から一時でも追い遣るためにも、あぁ、だからさ、そのために、……いやとりあえず酒が呑みたいんだ。そう、あと美味いツマミが二品、あの一皿でもあったら。




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    エッセイ(物語構成)【12】僕らはイカロス〜3(了)

    (2332字)
     引越しをすると知ったのは小学校四年生のいつのことだったか。もう学校に来なくなった彼は、その日僕を自宅まで迎えに来て新築寸前の家に招いてくれた。つまり、個人的なお披露目を受ける運びとなったのだ。もうじき引き払う予定のアパートも結構遠いとは感じていたが、新居はそこから歩いてもさらに数十分の距離があり、学区が異なるために転校することになるのだという。引越し先までの道のりの長さは子供の身の丈としては最も単純に、実に冷徹なほどの現実の重みとしていやがうえにも知らしめさせた。

     綺麗な家だった。光がふんだんに取り込める天窓のついた、家族の集まる広いスペースがまずは目につく。
     少し現在の僕が補足する。機能的な造りの明るく使いやすそうなキッチン、伸縮式のはしごを登った先にある、子供が走り回れるくらいの高さと奥行きのある天井収納を始め、覗かせてもらった納戸も物を置くだけではもったいないくらいの充分過ぎる広さだ。周囲を囲む形の各部屋から中心のLDKへスムーズに、のみならず洗面所やバルコニーへは個室からも移動可能な複路になっていて、移動のパターンが時間帯や多少のプライバシー条件で変化した際にも、快適に利用が出来るようになっている。
     つまるところ住人の様々な利便性(個人的、家族集団的側面両者で)や生活動線を考えた上での設計なのだろう。
     僕は口を半分開け放ったまま、人の顔さえ反射しそうなほどに綺麗なつやのあるフローリングの床やら、ちょうど昼時の光が気持ちよく降り注ぐ天窓をただ感心と驚きに包まれ眺めていた。そして、いくらか照れくさそうでもあり誇らしげにも見える手に引っ張られ、最後に彼の城へ――子供部屋が用意されていることは言うまでも無い。
     膝をつき部屋の片隅で後片付けをしていた彼の母親が立ち上がり、ひと通り内覧を終えリビングへ戻った僕らを迎えるようエプロンを外した。同時に額の汗を袖口で軽く拭い、やや視線を合わせずにいた顔が向き直ると、幾分の疲れとそれ以上の充実感に満ちた柔らかい笑顔となり、ケーキがあるからと二人を促した。子供たちが椅子に腰を下ろすのを横目で確認してから、自分は少し冷めてしまった薬罐にもう一度火をかけた。中央は白い磁器製のタイルか何かだったか、二回り大きな分厚いガラスの天板が乗せられた、綺麗で頑丈そうで、高価そうな真新しいテーブル。

     ○○君また遊びに来てね。そうだ、夏休みになったら泊まりに来いよ。僕は声を掛けられる度に相手の顔を見直し、両親のことやら彼から話される以前遊んだ時の思い出などに丁寧に答えた。会話が一旦途切れ空白が開くと新しい学校へ転入するための準備について親子で話し始め、僕はなんとなくホッとするとケーキを包むビニールについたクリームをフォークで削ぎ何度か口に運んだが、ふとその姿が誰かに見られている気がして落ち着かなくなり、ビニールをさっさと畳んでしまった。すでに微温くなっていた最後一口の紅茶を、音を立てずに飲み込む。

     じゃあそろそろ時間も時間だから、ということになった。螺旋状の階段を彼に続いて降りていると、踊り場辺りで何故か突然自分の家のことが胸に浮かんできた。トタンの古くみすぼらしい外見をしているその姿は、綺麗な新居を目の当たりにしている僕に対して妙に悔しさや惨めさの込み上げる気分を与えた。自分の家の親もあんなに頑張って働いているのに、なんで……。少しだけ涙目になっていた。
     いま振り返ってみれば子供らしくもない、まるで嫉妬をする大人さながらの唐突なイメージの対比をもちだしてきたものだ。あの時の状況では優先順位の一見低そうな事柄に対して囚われているのが、可笑しく見えなくもない。ただ、とりとめのないようで案外気にすることであったりして、些細な物事について妙なほどに反応を示す心理の不安定さが子供にはあったりもする。
     
     いよいよ別れの時。またいつでも遊びに来てくれよ、R地は新居から出て最初に差し掛かる坂の頂上まで数十メートルを見送り、笑顔で二度三度と頷き大きく手を振ってくれた。それでも、もうきっと無理で、こんな遠くまで来れないと感じていた。坂の入り組んだ道は覚えられないし、それに違う学校に通う人間と遊ぶといった行為が本当は間違っていることなのかもしれないと、どうにもその怖さが拭えず――。
     僕には分からない。本当に、……本当に何も分からない。

    (※1)
    昔ギリシャのイカロスは
    蝋で固めた鳥の羽
    両手に持って飛び立った
    雲より高くまだ遠く
    勇気一つを友にして
     
     R地に教わった歌だった。この文章を書いている最中に思い出したことだが、件の曲の譜面はおそらく教科書に載っていた。確か、蝋の翼を持ったイカロスが悲壮な面持ちで空を見上げる、子供ながらに「何かを捨てなければ何かを得られない」との結末を想起させるイラストが隣に添えられていた。実際には音楽の授業で習って、曲(特に歌詞)を気に入った彼が薦め――そうじゃない、そんな経緯はどうでもいい。
     少年の胸の内にその歌が響き、何かを伝え、小さな心に小さな、いや彼にとっては大きな勇気と目覚めと、何より決意をもたらしたのだ。彼に教わりたての頃、旧居であるアパートから自宅への帰り道をゆっくり歩きながら、二番の内容をよく知らずにいた僕は一番の歌詞ばかりを飽くこともなく暗誦した。
     そして別れのこの時、再び口をついて出る。今度はメロディーに乗せて。
     遠い帰りの道のりに何度目の繰り返しとなっただろう。次第に涙で滲んでぼやけた視界の中、それでも長い坂をひたすらに下って行った。もう振り返っても何も見えない。二度目の訪問は多分……。さようなら『友だち』




    (※1)引用歌
     『勇気一つを友として』
    歌詞:片岡輝
    作曲:越部信義

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    ジャンル : 日記

    エッセイ(物語構成)【12】僕らはイカロス〜2






    (1520字)
     彼の家は坂の上にあるという。普段から外遊びなどしない僕は体力もあまりなかったので、随分と息を切らしながらこんな急な道を毎日登り降りするのは本当に大変だろうと喘いだ。
     考えも碌にまとまらないままにほとんどうつむきながら、時々空を仰いて大きく息を吐き出しつつ。彼は少し先を歩き指先で方向を指示し、顔を上げて確認をした僕は再び地面に視線を落とす。霞んだ遥か彼方にしか見えもしない行き先をこの目に捉え続けていることはどうにも耐えられず、下を向いて自分の足が間違い無く動いているだけを頼りにするしかないのだった。
     気がつけば、彼の家がすぐそこに見える曲がり角にまでたどり着いていた。ゆっくりと周囲を見渡しながら初めて目にした景色を確認する。R地は数メートル先で、まるで待ちわびたかの笑顔で僕を手招きしていた。
     大きな駐車場に面したアパートだった。戸数に対しては容量が多く、簡単な車止めがあるだけの鉄柵すら無い駐車場だったので、その辺り一面の地主が後から住居を一棟建てることにしたのかもしれない。順序はよく分からないが。

     内部は長方形をしていて、手前にダイニングキッチンがありさらに二部屋が続いている間取りだったと記憶している。玄関を開けると早速真ん中の部屋に案内された。
     しかし七割がた開け放たれた襖の先には寝そべって主人の帰りを待つ中型犬、シェットランドシープドッグの姿。僕は小学生当時犬を苦手としていて、中に入れずに躊躇していたこちらの素振りを見たR地が気を利かせ、一番奥の部屋に移動してくれたのだ。
     飼い主からしたらどうということもないのだろうが、その手馴れている一連の動作に感心したものだった。あんなに大きくて凶暴そうな(犬が怖い子供にはそう見えた)犬に言うことを利かせ声も一切上げさせず、全く抵抗する様子もなく従わせ隣室に移らせるなど信じられないと。
     TVを少しの間眺めていたがこちらが手持ち無沙汰にしていると感じたのか、しばらくしてから二人でゲームをやることになった。
     僕らの世代辺りからはありがちな光景として、子供同士で互いの家に呼び合った時にはファミコンを一緒にやる(当然ファミコンがあればだが、場合によってはゲーム機本体を友達の家にまで持って行く子もいた)、いわば新たな遊びのスタイルというものが作り出されて急速に広がり、結構な定番と言ってもいいくらいのものになったのではないかと思う。もちろん外遊びのほうが好きな子もいたし、のちに彼と二人で少し遠い地域にまで探検をしに行ったことも何回かあった。そういえば子供なりの無邪気なイタズラをして遊んだ、僕にしては初めてとなる経験をしたことも。

     幾時間かそれまでの全てを忘れゲームに熱中していたところへ、彼の母親が帰ってくると一度だけこちらに顔を見せ、すぐ忙しそうに食事の支度を始めた。R地は一見すると少しタレ気味の甘い目をした優男風だったが、較べると母親はいくらかはっきりした目鼻立ちをしていた。二、三言葉を交わしただけに過ぎなかったものの、口数は多くなく雰囲気は落ち着いていても、それはある種の大人の女性が持っている、子供を萎縮させる冷たさから現れたものではなかった。
     つまり、のちに会話をした時の表情からしてもそうで、時々パッと明るい表情をすることもある美しい人だったなと、いま輪郭は朧気であっても懐かしくある。
     帰りは自宅と彼の家の中間地点くらいまで送ってもらった。僕は見知らぬ遠くの街に出かけ少しだけ不思議な体験をした気分でいて、そしてまた呼ばれればいいなと帰り来た道を振り返ってみるさなかに微かな期待が胸に産まれていた。坂の上にいる彼の姿がいまは見えずとも、変わらず手を振っていてくれそうな気がした。




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    エッセイ1話まとめ(物語構成)【8】ARAMAKI





    ~2002年あたりを振り返り~

    (6923字)〔1〕/〔4〕
     大学に行かず就職せず、私は日々をそれとなく過ごしていた。時々日雇いのアルバイトで働いては数万円の収入を得て、働いた日数の数倍近い時間を少ない蓄えを節約しながら使うことによって無駄に費やした。
     なんというかそう、もうすぐ二十三歳になってしまう。その歳はあくまでも私の中でしかない感覚ではあったが、かなりやばい年齢の一つだった。大学を順調に卒業した友人が次々に就職を果たし、気づけばあっという間の一年が経つ。
     それならば、現在の自分が最後の数週間を名残惜しそうに引きとめようとしている(せめて時間よゆっくり進めと)、二十二歳のほうが切羽詰まった気分にならないかとか、二十一歳のほうがさらに、いや、大学に行かなかったのならば十八十九ですでに進学した人間が当分棚上げにし、彼らが得ることの出来ないものを積極的に求めていこうとしなければ四年後に一気に逆襲を受けるだろう、などなど。

     それは非常に強力でこちらの一歩に対して常に二歩で迫る(または差を広める)。こちらの一つ目の準備としては、かなり消極的でクソみたいな考え方がある。例えば彼らが、場合によっては三流四流の大学に入学しただけで満足し、学校での複数年を無駄に過ごして気づいた時には何も社会に出ていく際に役に立つ能力を身に着けていなかったという、そんな人間が一人でも多く最高学府から排出されればいいと密かに願う、後ろ暗い祈り。
     もう一つは心頭滅却、滅私奉公といった具合に下働き同然の数年であったとしてもひたすらコツコツと経験を積み――最終的には大卒に生涯年収を抜かれるのだとしても――、それなりに安定した立場を築こうとするやり方だ。経年の末にしか積み重ねられない歴然とした技術の取得を目指し経験知を求める、前向きで建設的な考え方といったところか。
     私はどちらも望んだり目指したりもせず、ただ日々を喰い潰していた。

     とはいっても、一年に一回づつ年齢を重ねていくことはこの地上に生きている限り避けられない。日めくりカレンダーの薄く儚い紙の重みをもって、一日一日は非常に軽く、ほとんど何の意味もなく切り取られ引っペがされる。ただ、その虫の死骸のごとき重さが一年をかけて、じわりと知らず知らずに積もり続ける。
     就職を先延ばしにするためもあったが、以前就いた仕事の失敗から数少なくも学んだ事実として、どうやら年齢的にも高校卒業後ホヤホヤの十八歳の若者と肩を並べるような仕事は不利だろうと――つまりそういった職種は私には向いていないのではと――感じ、入学試験の必要ない専門学校に進学することにしたのだ。
     専門学校を卒業すれば短大の準学士と同等の資格が得られるらしく、自らが望めば大学三年次編入も出来るし公的な資格の受験資格もいくつか得られるはずという算段。まあ、どちらにしろ場合によっては在学中に自分にあった仕事が見つかれば、それはそれでいいではないかとも。

     いくつか候補はあり、それまでは就職について少なからず考慮することも念頭に置き、会計などの資格を手にするための勉強が出来る場所にしようかなどと考えていたのだ。が、結局すべりこみでたまたま取り寄せたパンフレットを目にした瞬間に全く別ジャンルの学校に決めたのだった。
     私はどうしようもない無能な人間で何の経験も技術もこれまでの生活で身に付けてこなかったし、ちょっとでも仕事へ活かせる趣味の類があれば良いのだが、そんなものは一切持ち合わせていないのだ。大体の問題として、多少固まりつつも同時に複雑な面もある性格、年齢的にもまだまだ難しいところのある彼(彼女)らを同級生としてやっていけるか?
     いやそんな心配をする前に、まず実際の最大の欠陥として私には人に好まれるための基本的な人間的魅力が残念ながらないのだ。
     さらにもうひとつの悩むべき点。仮に再就職を目指すかまたはでなくとも、あまりにまともそうな人間の集まるお堅い感じの学校では、自分は目的意識の希薄さから勉強についていけないのではないか? 周囲から浮き上がってしまい居心地の悪い思いをするのではと、多少考えすぎの感もある不安はあった。
     一方最終的に選んだそこは雑誌の編集やカメラマン、ライター養成のための専門学校だったので、自分の唯一の無為な趣味である読書を活かせる機会があるかもしれないと思ったのだ。集まる人間もいくらかちゃらんぽらんなのではないか、と。胸を張って口に出して言える恥ずかしくない夢(本当はあらゆる意味で恥ずかしがらなければならないことを知らぬ、世間知らず故か)といえば、小説家になるということだけだったから。
     いつか小説家になる、成れる成ってやると心の中でだけは大言壮語を繰り返していたのだ。まるで子供がヒーローになるといった可愛らしい夢と似たり寄ったりの実現度なのかもしれないと、認める現実は避けつつに見つめる、もう一つの現実。


    〔2〕/〔4〕
     都内某所に学び舎はあった。その街は現在では渋谷の次に嫌いな街だが、当時はいかにもな人々が集まるいかにもなエリアとして、私は好んで街中をぶらついたものだった。
     集まる若者は良く言えばくせ者、悪く言えばはみ出し者。どちらにもその振り幅が大きくないのは現代の若者特有の保守さや臆病さの性なのかもしれないと感じながら、それでもなかなかに面白い空気を醸し出しては、彼らはそれを小器用に身に纏っているかにも見えた。

     駅から続く大通りから一歩入った小汚い店の集まる細い通りに屯し、思い々々に談笑し時に何かを見定めるように一瞬空を見つめる彼ら。
     ふと見るとそのうちの何人かは学校で使うらしい教本を時々は眺め、未だ鬱屈としたところは多少残しながらも、芯の堅さのためむしろ生き伸びたのかもしれない色が確かに戻る。もう何年かは使い込まれているのであろう、色の褪せたトートバッグを肩にかけ、ルーズな上着に実用性重視のジャージをはいた連中が集団でふらつくその姿。実は雑駁な印象からだけでは隠しきれぬ、筋骨たくましい身体は程良く張り詰めた首筋や二の腕から分かる。古着屋で仕入れた一万五千円そこいらのライトグレーのジャケットにユニクロのチノパン、女は雑誌あたりで得た知識を用いて中でも安上がりで年齢相応に可愛く、そして少しばかりの上品なセクシーさと知性の両立を演出しながら、同じ学校に向かうらしい二人は笑顔で語り合い、時に親密な目配せをし手を握っている。 
     私はそんな彼らを傍目に捉え、自然に口元が緩む。ああ、なかなか悪くない。世界も捨てたもんじゃない。彼らは人生を楽しんでいるし、それでいてほどほどに謙虚であるし意欲も向上心もある。勉学の重要さが頭の片隅にすら残っていないほどの痴れ者ではない。

     駅から平坦な道を左、右と順に曲がり学校が見えてくる。小さな校舎だった。敷地も狭くキャンパスなど当然ない。近くにあるコンビニが購買部代わりというのも仕方のないことだ。専門学校で広いキャンパスを持っているところといえば、都内某所のあそこくらいしか知らない。
     綺麗どころの女性が楽しげに談笑しながら丁寧に刈り込まれた芝生の間の道を縫うよう、一緒に写る隣の友人とついでに虚空へ向かって笑顔を浮かべながら歩いている姿。そんな洒落臭いものが某専門学校のポスターデザインだったのを最近確認したが、皆の理想として紹介されてきたキャンパスライフ、あるいはエンジョイライフつまりエンジョイキャンパスを今でも大学に求めているわけで、それは学生数を少しでも確保したい少子化の昨今では大学に限定されたものではないとのイメージ戦略である、といった感じか。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。

     入学して数日が過ぎていた。私はクラスでも四番目(同率四位だが)に年嵩の兄貴分あたりに位置していた。
     長老を始めとする四五人がゆるいグループを作り、人数が少ないながらもクラスの中心の一角を担っていた。他にも腐女子っぽい子が三人くらいいつもくっついていたので、彼女らも熟しすぎて何かを失い代わりに何かを手にした仲間を見つけたのだろう。あと、メンヘラ気取りの面倒くさそうで薄っぺらそうな詩人気取りは、安っぽい表現に堕しているだけの、ありふれた病的な空気を周囲に振りまいていた。それでもクラスの特に感化されやすい――あるいはそのために来ている――若人たちに、普通な神経を持つ人間には苦笑を抑え切れない影響力を増大させていった。

     私の最初期から卒業まで続いた友人は、結局連中の中ではかなりまともな人間だったことは間違いない。
     ラノベが好きらしかったが、卒業と同時に趣味の活かせそうな小さな出版社に就職した年下のガタイのいい彼。また入学前から既にバイトをしていた空調設備関連の仕事に本格的に骨を埋めようかと思っているんだと、一学年の途中で口にした色男はこっちの業界には別にそこまでこだわっていないらしく、随分あっさりしていた。忘れてはいけないのは、卒業後に大阪の小さな編プロに就職した憂いの睫毛が背筋に何かを感じさせる、〇〇王子君(こんな呼称は私が考案したものでも密かに心の内で名付けていたわけでもなく、一部の女子が勝手に呼んでいたのだ)だ。しばらくして彼はその事務所を辞めたが。
     他に現在でも連絡を取ることのある同級生は、皆まともな人間だった。卒業から数年の月日が流れたというその確かな時間的要請を受け入れ認め、生活基盤を得るための別の活動(仕事)へとより力を傾け始めたことをきっかけとして、踏ん切りをつけたのだろう。若さ故のほとばしる、あるいは暗く淀んだ暗流のような想いは現実の変化とともに昇華していったのではないか。あるいは、そう思いたい。
     それでいいのだ。才能もなく、そうであるならば努力を人の十倍もしないくらいの人間が小説家に成れるはずもない。つまり長老一派の中の数人や誰とはいえないが腐った彼女とか、なにより私のような奴は。


    (残2979字)〔3〕/〔4〕
     早速一定の自治権を獲得して、それを遂行出来る立場の学生となったであろう自分たちが最初にすることといえば、安直な発想かも知れないが、まずは教室以外で自由に放課後集まれる場所を確保することだ。候補は校内ではほとんどなかったので、選ばれたのは自動的に多目的室となった。
     入学してからわずかの間に早速出来上がりつつあった二三の仲良しグループが連れ立って、事務所隣のがらんとした30m2程度の広さがあるいくつか長机が置かれただけの部屋に集まり、中にはどのグループにも所属していなそうな人間もいたがそれはもちろん誰も気にしない。全く排他的な集まりではないし、とりあえず今は一番近くに自分を最も理解してくれそうな仲間を配することにはなるが、さらに外周にはどんな奴でもエニィ・タイム・オーケーだというのが大体彼らのスタンスだった。
     中にはお試し期間を設けて、それを過ぎるまでに相手に魅力を感じなければ後腐れなくおさらばしましょうねといった、ある意味では軽妙ある点では惰弱なシステムを採用している奴らもいる。何につけ面倒と苦労を避けたがる現代っ子の一面が、こんな半分社会をドロップアウトしたような連中にすら多少は見られるのは、最早致し方ないことなのかもしれない。

     部屋に集まった数グループ同士で緩やかにつながる大きめの集団をともあれ無目的に形成していた。のはずが、長テーブルに座り例のガタイのいい年下の彼と雑談をしていると、中でも主流になりつつあるとでも言おうか、なんにつけ声の大きな遠慮という言葉を知らない若手の固まったグループ内の何人かで、先行して意見をまとめサークルを結成しようと決めたのだった。いや、正確にいつ決まったかよく憶えていないが、碌に彼らのやり取りに気を向けていないうち、知らない間にそういった流れ以外無くなっていったのだろう。
     その名も『文学実践サークル(略称ブンジツサー)』、小説・詩・エッセイなどをテーマに沿って一週に一篇書いて発表するのが設立趣旨の集まりなのだという。少しばかり面倒な事になったと思い始める。
     活動の大まかな内容はまあいいとして、私はそれまで、小説を一篇たりとも最後まで完成させたことなどなかったのだ。唐突に頭に浮かんだ、または以前からずっと囚われていた観念やら感覚を小説的なものとして表現するため、相応する断片的な場面のいくつかを捻り出して文章化し、短いストーリーをその瞬間ばかりはさらに良い物に繋がりそうだと、いくらか信じられるひらめきのまま書きつけてみたりは何度もあった。とはいえ、ある程度まで行くと決まってアイデアと情熱が失われ、机の引き出しに原稿用紙ごと放り込んだ。
     誰に読ませる宛ても読まれる期待もない文章に向かい合い、丹念に時間をかけて表現を選び推敲を重ね、魂を込める(!?)作業。
     せめて一ヶ月に一篇にするとか、いやそうじゃない。そうじゃなくて、活動内容が決まってからの彼らの話に耳を傾けていると、どうにも小説を書くことに関しての感覚が軽いというか、日記でも綴る程度にあっさりとスラスラ出来るとでも言いたげで、なんだか自分が浮いているような気分になってくるのだ。
     毎回、原稿用紙数枚になんとなくそれらしい文章をちょこちょこと書いてくるだけなのだから、難しく考えなくてもいいじゃないかと同級生どもは軽いノリでいるのだろうか。段々と不安になると同時に、彼らに自分が書いた文章を見せるのが無性に恥ずかしくなり、その時の場面を想像して暗澹たる気分になっていた。


    〔4〕/〔4〕
     サークルが出来ると決定した直後は特に何も考えず、たまたま隣の机に座っていた若い子らとの雑談で、小説を書くとはこれこれこういうふうな取り組みであってなどと、鹿爪らしく助言やらを口にしていたのだった。書いたことがないから大丈夫かなと心配する相手に対しよく分からない先輩ヅラをして、いま思えばその内容も併せ全く無残で痛ましさに堪え得ない調子に自ら気づかず、もっともらしい(失笑モノの)文学論まがいやらを。
     そんな私から提出されたまずもっての第一段、お試し兼々とはいえ印象付けには最も重要な一週間目の課題が、取り付く島もないほどにクズみたいなものだったらどうしよう。

     ひょっとしたらここに集まっている奴らは後の小説家の卵で、このサークルは伝説の文学サロン的な扱いをのちに受けることになるのではないか、などとはさすがに考えなかったが、とにかくも彼らは書き慣れているのかもしれないと思ったのだ。文章技法に対しての知識はなく読書量は少なくとも、何本も仕上げるだけのことはしてきたのかもしらん。
     そうやってあらぬ想像が膨らんで頭をもたげてくるとさらに碌でもないことに、周囲を見渡してみれば自分はこの中では二番目に年上ではないかと気がつき、どんづまりの崖っぷちにまで自らを押しやる始末となったのだった。
     もしも、やっと捻り出した末に持ってきたものが目も当てられない駄作中の駄作だとの烙印を――しかも場合によっては同情を含ませた無言を添えた上で――押される羽目になったら……。こちらからは控えめにも主張を避けているためか、年長者であるとの一応無視出来ない条件は慎ましさの印象とともに受け止められているであろうものの、結局はそれだけでなんとか保たれている、彼らからの一応の敬意らしきものが失われたらどうしようか。そうだ、ここに集まった連中のこちらに向けられた親密さと、多少期待の混じったかの視線がまるっと入れ替わって、ただ無駄に齢をとっただけのおっさんかよ、といった評価に変わったらどうしよう。
     テーマは「新巻き鮭」だった。私は『ARAMAKI』と呼ばれるコードネームの殺し屋の話でも書こうかしらんなどと、迂闊にも十数分前にはニヤニヤしながら軽口を叩いていたのだ。「それ、おもしろいっすね。もうそこまで考えてんすか、さすがですねぇ」ノリは軽くも、正真正銘感嘆のこもった言葉を四歳下の同級生に掛けられた。ああぁ、どうしよう。どうしようか……。

     こんなふうに、辞書を開いて適当に選んだ単語をテーマにするなんて間違っている。もっと小説って、そうだろ? 小説ってのは……なんていうか、魂の結晶の発露っていうかさ。もっとさ、……もっと時間をかけてゆっくり何度も手直ししながら、それこそ一年くらい掛ければ俺には相当の大作が書けるんだ。いやいやなんて言うか、小説を捉える感覚? 世界との関わり方ってやつ? 合目的的な間主観性あたりがアウフヘーベンじゃないんだ、違うんだよね。俺はさぁ、俺は本当の小説家になりたいんだ。ドストエフスキイを読んだことがあるか? 無いだろう? 俺はああいう作家を目指しているんだからさあ。

     二度目の訪問はなかった。サークルに所属しているクラスメイトに時々「小説出来ましたか? いや、俺なんか全然話が浮かばなくて」などと声を掛けられる度、曖昧な笑みを浮かべてごまかした。いやいや、なかなか難しいよね。
     一ヶ月が過ぎる頃には、私の周囲からサークル活動の話題自体があまり聞かれなくなっていたことに気がついた。どうせ思いつきで始めたものだし、実際には集まってうだうだとすることがメインの目的だったのだろうから、場合によっては近いうちに消滅するかもしれないと。それならそれでいいさ、いやむしろ……。
     その後に『文学実践サークル』がどうなっていったのかは知らない。




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