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    エッセイ1話まとめ(雑記)【10】昔見た女に再び出会う






    (2004年6月記す/2014年9月補筆修正/3482字)
    〈1〉/〈2〉
     十数年ぶりに会った。彼女はおそらく家にひきこもりがちな生活を送っているのだろうと思う。僕はいつものように家から最も近い交差点に向かって歩き、途中で当然彼女の家の前を通り過ぎることになっていた。
     あれは衝撃的な出来事で、確かに出会ったそれ自体は確率として捉えるまでもなく非常に珍しいことだ。であるとしても、それを偶然と呼んで済ませるのを否定したくなる気持ちがことのほか強かった。元々接点の無いに等しかった彼女との間にある種の出来事があったという事実、同じことが他の人間との間に起こったのであれば全く気にもかけずにいるはずなのに、僕自身どうしても深い意味を感じざるを得ない。
     
     一連の流れはある意味での僕にとっての僥倖ではあっても――冷静に日を改めて考えてみれば、半ば無意味な夢に強引に意味付けをするほど――他人からしてみればどうということが起こったわけでもない。また過剰に意味付けをしたりあえて偶然性(または必然性)の演出を理解への試みに用いるのは、単純に起こった一つの出来事を、つまり現実世界に実際に出現した無色透明な事実をそのものとして捉えることを危うくする可能性がある。
     それは僕の望むところではなく、あくまでも象徴化や過剰な意味付け、いきおい物語化の文脈からの語りを可能な限り避けた上で淡々と伝えたい。過去・現在の出来事を媒介としてありのままの姿で眼前に表現される、最も単純な手法であり真実となるであろう。

     久しぶりに見た彼女は少しきつい目をしている印象を受けた。ただ現実のストレスから日常でもその目付きが癖になっているといったふうではなく、彼女の対社会への漠然とした態度や一般的な心理構成が、人に注がれる瞳をきついものにさせていたようにと思う。
     同時にその時は少しばかり怪訝さを覚えている様子だった。髪は長めのショートというか、短めのロングと表現したらいいか。体つきは細く、膝が少し内側へ向いた脚が長く。

     彼女は僕の横を通り抜けて行った。いろいろな記憶の断片やら、最近目にした誰かの写真について数葉の印象などが頭の中で複雑に絡まりあい、なにがしかの形をこの頭の中に現そうとしていることを気がつく。混乱と出所の分からぬ躊躇、僅かばかりの羞恥が無闇な方向への視線の往還を起こしているあいだにも彼女は横を通り過ぎ、さらに足早と遠ざかって行く。数メートル離れたところで記憶が巡る。数日前にたまたま見た卒業アルバムに載っていたのだ。
     僕とは全くと言っていいくらい接点の無い女性だった。というのもそれは姉の卒業アルバムだったから、載っている大半の小学生達(当時の)とは互いに顔を知らないのは、当然といえば当然だろう。
     昭和が終わりに差し掛かっていた頃のアルバムで、角もいくらか傷んでいた。ごくたまに、何故か昔の卒業アルバムを押入れから引き出してはなんの感慨も大抵はなく、クラスの集合写真やカメラ屋の指示で無理に作らされた笑顔の収められている、上半身のみからの出席番号順の写真を端から順番に眺めた。自分のものであるかどうかに問わず。
     卒業写真特有の妙な笑顔を浮かべている彼ら彼女らを眺めていると、ふと感じるのだ。どうしてこういったものに映る顔はどれも憐れに、そしていくらか歪んで見えるのだろうか。

     写真で見た時の彼女の顔はまだ幼く、幼い少女のわりに男性的な要素を窺わせるものだった。僕は先ほど本人とすれ違い自宅までの50メートル余りを歩きながら、そういえば小学生の頃にこの近辺の路上で初めて会ったことが少しの懐かしさを交え胸に浮かんだ。
     家族とともに引っ越してきたばかりらしかった。確かに当時は、長年の風雨に晒された外壁のトタンもだいぶ汚れ、あちこちが凹んだり浮き上がったりしていた我が家に較べれば、彼女の家は綺麗で都会的というか、とにかくも新しい家族の新しい家だったと記憶している。新居を目にした当時の印象は、あの身体[カラダ]を背景として確かに、らしく構えられていたものであった。と同時に静けさの中で妙に佇む、あるいは惑うと言ってもいい様[サマ]が何故か、必要以上の鮮烈さでこの現在にも思い出されたのだった。


    〈2〉/〈2〉
     相手は当然忘れてしまって(というよりも記憶しているはずがない)いることは言うまでもないだろうが、当時通っていた学校の通学路か、近くの商店街だったのかはっきりとは憶えていなくとも、であっても初対面の時の印象だけは強く残っている。
     その時は何かに恥じ入るような、または恐れる気持ちが強かった。同時に小学生の男子にありがちな反応、しかし僕にとっては珍しいといっていい、異性に対して不自然に映るくらい過剰な反発感を持ち、あえて遠ざけようとする心理もあった。ただ、凝視しつつも自身の興味の強さを気付かされ(あるいはおののいて)、直後にほとんど後ろめたさに似たものとして若干目を背けてしまう、そういった心の動きが起こるのは同年代の女の子全てに対してではなかった。感情の芽生えみたいなものが大体において遅いというか、どちらにしろ乏しかったこともまた事実であったから。
     僕は彼女の顔を見ないようにと視線を逸らせながら、やはり興味を抑えきれずに、結局は何度か視線の隅にその顔を捉えていた。微かに収まる視界の中から相手の視線の向きを受け取り、あくまでも相手に気づかれまいとしている最中にも、もう少ししっかり顔を見てみたいと何かの機会を窺っていたのだった。

     僕には人の顔や特に目を凝視する癖がある。それに対しては現在ではいい歳となった自らにありながら、どうにも収めることの難しい衝動的な欲求として居座り続けているのには辟易としているのだ。人の目を見ればある種のことは感じることは出来る。ただ結局は何かを分かったつもり、ふりでしかない。たとえば誰かがあることを考えたとして、相手の目を見たからといって具体的に何かが分かるわけではない。如何にも当然だ。
     敢えて言えば、何かが分かりそうといった感じがより強く錯覚されるというところだろうか。
     通り過ぎる人の顔ならば2、3秒ですれ違ってしまうからいいが、あの時は彼女の家の目の前で、僕は何も言わずにただじっと視線を送っていたのだ。
     自分の行動は当然気味悪がられても仕方が無いなと、今にしてみればごく自然な相手の反応だと言えるかもしれない。ただ当時は11、12歳の子供で、恋というものを実際には何も知らなかった。どういった感情を引き起こすのか、どこからの感情が恋で、それに至らない感情とは一体どこが違うのか。同学年のある少女に対して、憧れや敬いに近い感情と親近感を持ったことはあった。が、よくよく思い返してみればどちらかと言うと年長の女姉弟に対する思慕にほど近く、恋という正体不明の観念に化けることは無かった。何も知らない状態だった、そう観念的な恋すら。

     随分と長い一時にも覚え、しかしこちらが見つめていたのは1分にも満たないだろう。やがて彼女が家に入ろうとした時、こちらを一瞥する。瞬間の目は僕を軽蔑したかの見定め方で――。
     かつての視線へ現在からの意味付けが正しいかそうでないかは結局分からないが、ただ少なからず、得体の知れないものを不意に目の当たりにした時の警戒感らしきを両目は表していた。
     少女の視線は今になってみれば当然だなと理解しつつも、当時感じたことと言えば、結果として僕に対しなにがしかの興味を持たれたかもしれないといった手触りだった。自分でさえはっきり整理出来ずいくらか掴みかね持て余す、淡い、根拠のほどない無闇な期待。
     さらに現在になって振り返ってみるに、あの時の彼女の瞳に映る軽蔑や不安を表すに近い色は、あくまで心の表面しか指していなかったような気がして――つまり他人の行動に対して自らの意志がもたらした反応ではあった。とはいえ、とっさに半ば反射的にとりあえず主張する、児童期からの脱却を果たしかけ本格的な社会性を獲得しだしたくらいの年齢の最も初期的な段階に表れやすい、一種の習慣に近い女子児童の心理であって――、心の底では興味を惹かれていた部分があったのではないか、と。玄関を開けたのち一瞬立ち止まり、斜めに振り返られた顔ではあっても、相変わらず僕を直視して見据える姿を思い出すにつれ、これらの記憶をより確かに辿ることが出来る。何かが胸に引っかかったのではないかと信じないわけにはいかなかった。
     そして内奥に宿ったものは僕にとって好ましい変化をもたらすかもしれないと、知らずに生まれ未だ少女自身にはっきり意識されることなくすぐさま隠された、心への色付きの仄めかしからどうしても目を逸らせずにいたのだ。




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    エッセイ1話まとめ(雑記)【7】私の顔






    (3868字)
    〔1〕/〔2〕
     おそらく私の頭の中を支配している感情はネガティブなものばかりなのだ。昨日だってそうだったが、ある仕事の途中で妙に薄暗く嫌な気分になり、どうしようもなかった。
     本当のこれだからこうなのだとの原因など分かるわけがない。ただ、自身に振りかかることが様々な形を持ち、あるいは形を持たずに大なり小なりのそれは突然に襲ってくる。例えば人の意見やらただの会話、または指示であることも。時には十メートル先から密やかに聴こえてくる、噂話のような形をした何かだった。しかも無視出来ない問題としては、仮にこの身に関わらない事柄が扱われていたとしても、場合によっては同様の感じになるのだ。

     私は特に人間嫌いというわけでもない。むしろ普段は、といっても少しでも鬱気味になると駄目だが、それでも人間関係に軋轢等々を起こしそうな言動に関しては――執心するとまではいかなくとも――案外気にする質なのだ。余程我慢しがたいとの思いかどうしても口すべきの確信がない限り、大抵は人の機嫌を損ねると疑らせるまでの発言自体を控えている。もし言わなければならないほどの状況になってしまったら、やはりとりあえず適当にごまかしてさらに相応しい時があるはずだと、自分に言い聞かせるだろう。

     現在勤め先の職場には如何ともしがたい難物がいる。言い争いなどはもってのほか、議論などという生産的な対話をする姿勢が向こうには全く存在せず、こちらにはほとんど頭ごなしの態度でしかものを言ってこないのだ。
     ある時は一緒にやっていた仕事の仕方について説教をされた。その言い分を整理すると、一番の古株である自分は、携わる工程に複数の人間がいる場合は好悪で彼女が勝手にパートナーを選ぶ権利があり、また瞬間々々に有する気分の単純な快不快に伺いを立てるのを忘れてはいけない、と。自分に特に気を払えということだ。
     あるいは余分に手間がかかり面倒(であってもやらなければならない)な作業となれば、とりあえず先延ばしにする。もしくは他に忙しそうにでも立ち回っている他人へ平気で任せてしまうことをしてもいい権利がある、とでも言わんばかりでいるようだった。職場で定めたルールに従わなかったり、自分の都合のいいように規則をねじ曲げたり無視したり迷惑さえかけているわけで、しかし当人にもそういった意識は全くないほどに思慮が欠けて、というより迂闊であるわけでもない。
     発言の際には相当の頻度である種の後ろめたさがあり、周囲の人間や若手の一人である私には特に、自分の考え方や仕事のやり方に従うよう半ば強いてくるのだ。言うなれば共犯者作りの一種だ。
     彼女は、何かあるたびに私より数倍の長さと厚みがあると誇る人生を持ち出して、自分の理解では仕事というものはこうこうこうやってやればいい――といった感じで自らの人生観や仕事観について語り出し、今時の若い奴は気が回らないとか図々しいなどと必ず最後に付け加えるのだ。
     彼女の求める気の利かせ方は、ようするに自分の代わりにもっとしっかり働けということらしい。それでいて簡単だが見栄えが良い、おいしい仕事だけは自分に残して(量や回数はこちら側でいい按配にしないといけない)、時々は思い立ってよっこらせと、過ぎたほどにも大げさにこなしてみせ――彼女の年齢的には許される、と少なからず本人は信じきっている演技をして――ちゃんと仕事をしましたよとの満足感をたまには得たいのだ。
     実際には言うまでもなく、自分自身の達成感を得る、より以上に彼女が求めているのは上手い仕事の手の抜き方で、またほとんど期待出来ない罪悪感からの行動などでもない。周囲の目に対するポーズとしての面のほうが明らかに、動機としてはおおよそを占めていることは間違いない。

     様子を窺っている私を含めた人間は当初、半ば辟易半ば恐々としながら重い腰を上げる一挙一投を遠巻きに眺めている。ただしいつまでも、というわけにはいかない。見ているのを本人にバレている上で声をかけずにいると後が怖いのもあるし、過重な作業をこなしている等の演技は次第に無言への変化の過程で実際的になっていて、相手の実年齢ゆえに放っていくわけにもいかない気分にさせるのだ。
     また、彼女のことを表面的にしか知らない別の部署の人間や、時間帯によっては暇を持て余し、一見無意味な巡察程度に四方を後ろ手に歩き回っている幹部職員に見られたくないからだ。若い連中が仕事をしていないのではなどのおよそフェアでない考えを、一瞬の思いつきにしろ頭に浮かび上がらせたくないといった理由で。
     こちらが仕事を一時放り出し手を差し出す時でさえ、すわ小走りで駆けつけなかったとなれば、助けるタイミングをわざわざ遅れさせたのではと疑ってかかってきたりするくらいが、まさに彼女なのだ。挙げ句、対応が恩着せがましいと見て取れば(ほとんど被害妄想だ)途端に不機嫌になってしまい、持ち上げようとしていた荷物をひったくってしまうこともある。


    〔2〕/〔2〕
     よく、その人の口癖で『いやらしい』という言葉を聞いた。たまには口うるさく嫉妬深い彼女とは違う他の立場にいるまともな人間とでも、色々仕事の話をすることがある。あまり込みいっていない、直接回答を求め合わない程度の話題としてだ。
     こちらが求められるままに何かを主張した際、まともではない側の人間(つまり難物の彼女)がたまたま同じ場に居合せていたりなどすれば、何を思ったのか、一瞥だけしてから吐き捨てるように、それでいてじんわりと身にしみる小声で『いやらしい』。今度は寸前まで仕事の話をしていたかの相手が部屋からいなくなった後、わずか数秒前に扉から出ていったばかりの背に向けられる『いやらしい』である。
     全く何がそんなに気に入らないのだろうか……。さすがに、他人の分まで含めた文句を私へだけ言ってくるよりも心理的負担が少ないのは望むべくところであるにはある。しかしその様子では、自分の居心地の良さを求めるあまりいずれ自らの首を絞めることになるのではないかとも、さすがに心配というかある意味では不憫にすら感じるほどだ。

     彼女とのあいだに何かがあるたびにうんざりした気分になるわけだが、だからといって職場を放棄するわけにもいかない。とはいえ一時的にせよ、普段からの打つ手なしと諦めの混じった感情をいよいよ強めつつ、さすがにも暗澹たる気分の極まりの際にはしばし事務所を離れ一人にならざるを得ない私。鏡をのぞきに洗面所へ向かうと、薄暗い照明も相まってなんともひどい顔をしている自分に対して、情けないと嘆息の混じった言葉しか浮かんでこない。
     少しだけ笑顔を作ってみようかと何気なく試みてみたところで、顔面の筋肉がひきつっているだけの滑稽な表情しか出来ないことに気づく。しばらくそのままに鏡を眺めていると、直前に歩いてきた廊下の反対あたりから呼ぶ声。よく聴いてみると声の主が例の彼女であることが分かる。
     その時は何も考えずに洗面所を後にしようとするが、去り際に思いがけず鏡が視界の端に入ることになった。こちらでは残念ながらうまく表情を作れなかったにも関わらず、あちら側は苦虫を噛み潰したかの意外に悪くない調子で口元が歪み、いやそれより目につくものとなる竦めた肩が首を窮屈そうにさせていた姿――。どうやら、無理に留められひずんでいるというより、全体が自発的に粘り腰の反発力を蓄えているとでも言いたげに、押し黙ってはいるものの着々と準備の整えられている不満が主張されているようだった。
     それでいて、鏡に映る瞳は確かに暗がりの中へ沈んでいたせいもあってか尚更、ステンレス製の流し台の光を反射して周囲から浮き上がる分だけ妙に不敵な生命力を宿していたのだった。俺はまだ完全にはやっこさんに打ちのめされていない、まだ大丈夫だと、むしろこちら側へなんとも陽性の励ましを送ってくれてさえいたのだ。
     
     ところで私の苦笑いというのを自分で想像している限りでは、如何にも実人生の重みがよりらしさの渋みとして顔に滲んでいる、60年代あたりの西部劇俳優のそれをイメージしている。
     人生に倦んでいるといったスタンスがあり、何に対してもまともに取り組もうとしないかつての英雄であった老いたガンマンが、ふとした事件をきっかけに街を守るため死地へと赴く終盤近くの場面。
     肉体は衰えたとはいえ腕に覚えが確かにあり、敵の数もそれなりのものだと予想されてはいるが勝算がないわけではない。しかし、あえて生きて帰ってこれなくとも構わないとのことを、周囲に伝える。
     死にたがりや世間に対しての無関心さは以前ほど強いものではないが、だからといって単なる照れ隠しのポーズであるというわけではない。自らの影に漆黒の杭を打ち込まれたように、生を確かに倦んでいることは事実だった。

     酒場で一人過去を回想する元英雄。単なる一時起こった気の迷いだろうと自分に言い聞かせながら、それでも軋む揺り椅子に凭せ掛けた体をむんずと起こす。手の内に持たれ口に一度近づけられた酒瓶が寸前の躊躇いからテーブルへと、出番を無くしすっかりぎこちない動きとなってしまった長年来の相棒に久方振りの油を差す。心を奮い立たせ街のために最後の戦いを迎えんとする男。
     無力からくる卑屈な無抵抗主義に何とか打ち勝とうとしている、最後の誇りを失うまいと荒野の酒場に数人の男女が集い、生きて帰って来て欲しいと伝える。
     男は何も言わずに片方の口角を心持ち引き上げ、ヤニにくすんだ歯先が一瞬見え――そんな苦笑いを私はしたいと、常に思っているのだ。




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    エッセイ1話まとめ(雑記)【4】ヨッチャンと不良子供





    (2002字)
    〔1〕/〔2〕
     顔を歪め顎をしゃくりながら、「ヨッちゃんがよぉおー」と苛立ちを込めた声を発しつつ腕を伸ばし、全く身構えることなくいた私の腹をおもいっきり掴んだ上級生は一体誰だったのか。顔はなんとなく憶えているが、名前は分からない。おそらく不良予備軍のようなものではなかったのか。向こうは六年生、こちらは三、四年生くらいだと思う。
     ちなみに「ヨッちゃん」とは前年か当年度あたりに着任した新校長である。下の名前からそういったあだ名を勝手に彼がつけたのだと予想した。
     一教師に対してなら場合によっては親しみの視線とともにあるいは皮肉や嘲り蔑みを込めて、特に後者の場合結局は直接的過ぎてひねりのない、または身体的な特徴などから安易に考えだされた幼稚な名前が与えられることもあるとはいえ、小学生が校長にあだ名をつけようとする自体が普通はありえないだろう。
     一番の理由としては相手の反応が帰ってこないからまず面白くもないし、仮に学年中に広がり自分が言い出したことがもしバレでもすれば、上からの叱責を恐れる(この部分の場合によってシビアな関係性は、小学生ではあまり理解していないかもしれないが)担任にひどく怒られるかもしれない、と子供特有の空想的な慴れの感情があるきっかけで突然に生まれ形を成し、わずかにでもそれに思い至れば。

     校長という存在は自分たちのクラスを受け持つ一般教師とは異なり、接点を持つ機会がない。
     それにある意味では、人生で初めて身近に接する『偉い人』である。自分たちを教育する教師の上に立ち、まとめ上げ命令を下す――従来までは大人である担任の先生であっても、接する機会の多い人間に対しての情を基にした関係性から、相応程度の親密さを込めたコミュニケーションを取ることが出来たとして、校長にはそれがほとんど難しい。彼らにとっては校長への距離は限りなく遠いのだ。
     まるで社会の厳格さを表す最も外側の殻を初めて目にする現実でもあり、自分のような子供のことなど歯牙にもかけない人間によって構成されている、社会の成り立ちの強度を、また『偉い人』のいる場所は一見近しく感じられながらも、越えがたい壁の分厚さがあるのだと思い知らされる。小学生ごとき者にとっては不可侵な存在といっても言い過ぎではない気がするのだ。


    〔2〕/〔2〕
     校長に対して多少でも小学生が負の感情を持つこと自体がかなり珍しく、具体的に何かを言われたり、あるいは新任の校長にいきなり目をつけられるくらいの悪ガキだったのだろうか?
     彼が相当の札付きであったととしても所詮は小学生である。どれほどクラス内で粋がってみせようが、やはり特に大人側の教師からは子供の悪ふざけ程度にしか映らないわけだ。
     しかし、学校の中で最高の権威を持つ校長をあえて「ヨッちゃん」などと軽々しくあだ名で呼ぶとき、実は一見親しみの感じさせる呼称の裏に校長の個的な人格に直接触れることを期待する、いわば一線の踏み越えといった彼の密かな企みがそこに発揮される。立場や権力によって虚飾された権威の一部分を剥ぎ取り、自分と同じ一人間にまで引きずり下ろし相対化し自らに近づける。
     その結果、期せずして周囲の児童からの「恐れ知らず」という評判を手にすることが出来る。また教師は恐慌や腹立ちよりさらにも、自分が全てを把握し調整、操作可能な、どこまでいっても所詮子どもという枠を半歩でも踏み越えた者に対し、実際には全体像を掴み切れていないと思い知らされたことへ、根源的な気味悪さを覚えたのではないか。つまり彼という児童から提出された、無力な付き従うのみの存在として規定した大人への、一つの反抗の態度だったのではなかったかと私は見て取るのだ。
     あくまでも憶測、というよりかは現時点の私から見た面白がりとしての視点であり、それにしても彼をある意味で買い被り過ぎといえるかもしれないが。
     確かにいくらかの子どもでは社会の強固さを知り驚かされると同時、自らの無力さとの兼ね合いからそれを無視するか認めないか、または理解が及ばないままではあっても脊髄反射的な、あるいはもう少し根源的な要請からとりあえずの、しかし止むに止まれぬ攻撃性・嫌悪を代表的とされる対象へ向けることもある。余程こじらせない限り、そう遅くない時期に誰もが悟らされるにせよ。

     大体彼と私にどんな関係があったのかを全く憶えていない。そういえばそれが行われた場所は、確か人気のあまりない校庭の裏側だったはず。学校を囲う壁とグランドの間には緩衝地帯のような小さな森があり、そこを訪れると静かで気持ちが落ち着く場所というわけでも全然なく、むしろ日中は鬱蒼とした木々に日を遮られ昼間でもただ薄暗い、少しばかり陰気な感じのするところだった。
     中程まで行くとちょっとした庭園風の小さな池があるのだが、欄干のない古びた石橋が架かった袂近くでの出来事だったと思う。一度あったきりで、以降声を掛けられたこともない。




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    エッセイ1話まとめ(雑記)【3】NHK教育と無頼派





    (1942字/1998年10月に記す/2012年06月補筆修正)
    〔1〕/〔2〕
     特に休日の予定もなかった私はたまたまその時間まで惰眠を貪り、目を覚ましたと同時に寝床の近くに転がっていたリモコンを手さぐりで探し当てることをした。ついでに電源ボタンを押したのちしばらくしてから枕に片肘をつき、日曜の朝の退屈なTVを視聴するかなどと思っていたのだ。
     チャンネルを回した時にほんの瞬間将棋の番組が目に止まり、一人の男――棋士の顔がアップに、続いてズームが引かれるやいなや咥え煙草をしたのである。私は唐突に目にしたその光景が、初めて目にした日曜の朝の健康的な囲碁将棋番組(視聴者もそれなりに健全な暇人であるはず)にはなんともふさわしくないものだなと、可笑しくも感じてしまったのだ。
     もう一方の対局相手も同年代らしい男で、咥え煙草の男が考え込みだしたら途端に正座から――人目を気にしてみせ多少周囲を窺いながらも――、出来るかぎり小さな動きを心掛けつつといった様子で足を組み替え、あぐらにもっていく按配[アンバイ]だ。どうにも調子が掴みづらく、見ているこちら側も恐々とであっても、次に何をするのだろうかとを期待している部分もあることはある。

     私は初めて観たNHK教育の昼前の番組に対し、随分とざっくばらんに進行しているなあと相変わらず無責任な面白がりのうちにいたところ、ふとその奥、テレビ視聴者側からしてもやはり奥に位置する場所に、若く美しい女性がいることに気がついた。
     正確な名称は分からないが、対局者が一手打つ毎に残り時間を告げる係の二十二、三歳くらい人は静かに座り、果たしてよく見ると顔全体は小さく均整が取れ、顎はすっきりと頬は柔らかな血色[ケッショク]を湛えている。目は比較的切れ長なつくりだったが明るめの化粧のためか、年齢に相応しい愛嬌を見せるものだった。
     品の良さは感じさせるも、それと同時に現代風の若者にも通じる気兼ねなさもある。あくまでも私の偏見として言わせて貰うと、そのように綺麗な人が将棋の世界にいるとは思っていなかったのだ。


    〔2〕/〔2〕
     気になって見やると、初めて観ていたのでTV中継をされる際のルールそのものを知らなかったのだが、隣りに座る人はどうやら譜面を読み上げる仕事で、先手○○、後手○○などと進行状況を逐一口頭で読み上げていく係のようだ。

     棋盤を前にして対峙[タイジ]する中年に差し掛かった、TVに映っているにも関わらず野暮ったいとも言える見た目をほとんど気にすることもない男性二人と、奥で神妙な面持ちに対局の補佐的な役割をしている彼女とでは全く人種が違う、といった感じを受けたのだ。それは私が持った印象を素直に口にするという意味では、決して嘘や大げさなものではないと言ってもいい。
     改めて男女を見比べて、前面にいる対局者の中年棋士が妙に淫猥[インワイ]な雰囲気を伴わせているのだ。一人の髪はちぢれボサボサであちらこちらに乱れ放題――そしてしょっちゅう頭を掻きむしり、時間が経過して少しだけ落ち着いてきた髪は、またしても破滅的な髪型に逆戻りすることになる。
     また、無精ひげもまさに何も手を加えずに放っておいてある無頼の風体[ブライノフウテイ]とでも表現しようか、自分の身の回りに敢えて一切気を使わず、さらに言えばそんなことを気にする必要もない、暇が、意味がないとでも主張しているのだろうか、しかし表情には一切の堅さもなければ険もなく、想像する年齢の割に肌ツヤだけは悪くない。ほのかに赤らんだ血色のお陰かシワも目立たず、随分と力が抜けて気楽にも口角を片方上げ、周囲の空気全体を冷やかしながら楽しんでいる。
     まずは汚らしい風貌のオッサン、というのは事実ではあっても同時に表面的な印象でしかなく、隠されたその奥は何であるかと、画面を見守るこちら側にじわりと染み込む存在感をもって確かに差し迫るのだ。
     もう片方は見た目は対局者ほど強烈なものではないにせよ、それでも綺麗に揃えられた口ひげが逆に卑猥な印象を少しだけ与えもしたが。とにかく棋士二人がなんとなしに、ただ確実に時計係の女性に対して目には見えない性的な匂いとでも表現したらいいか、そういったものを発して――彼女も十二分に理解して、同時に敢えて素知らぬ振りをし続けて――いるように感じたのだ。

     朝からなんとも馬鹿馬鹿しいことを考えてしまったと、我ながら呆れてしまったのを認めつつも、いかんせんそう受け取るほかなかったのだから仕方ない。
     おそらくあの人は、いや間違いなく中年棋士に抱かれている、と。綺麗な黒髪をした静かな印象の女性が声を押し殺し、髪を振り乱して無頼派棋士の背中に手をひしと絡めている姿が、否応[イヤオウ]なしに自動的に頭の中に浮かんできたのである。そう、確かに単なる妄想でしかなかろうと……全く振り払うことの困難な随分強固なものとして。(了)




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