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    小説メモ1話まとめ(イメージとしての習作)【1】僕と森星(未完)






    (8262字)
    〔1〕/〔6〕
     なんにしても他愛のないことの数々で、日本中の中学生を二人一組で無作為に入れ替えても特に問題はなく、いくつかの話題に対しての反応は――それらはつまり限られた狭い世界についての、または自分が知っている世の中のごく一部だけ姿を見て、感じたことが大半ではあったが――誰とどこでといった一切の要素など関係なく、ほとんど似たようになされる互いの無理解を理解していない話し合いとして、その際示し合わせたわりにぎこちない笑顔が伴い、あるいは思わせ振りの上手さが競われるだけの結局内容の乏しいやり取りが全ての場所で繰り返されていたに違いない。

     クラスの中の一部の男子がたまたまどこかから入手した男性用避妊具[ヒニング]が、早速休み時間には教室内で行われる秘密の閲覧会の出展作品となっていた。
     順番が回ってきた僕も、それをどうということもないといった風に掌[テノヒラ]の上に乗せいじくり回してみたが、結局どちらが表裏なのかすら分からなかったし、先端の膨らみや、指先に微かに残ったさらりとしたゼリーは何なのだろうかとの様々な疑問も浮かび、周囲で笑い声やら奇声を発する男子生徒の様子から何かが分かるかもしれないと窺ってみることにした。
     ひょっとして体に有害だったりしたらと、いつまでも皮膚の上にあることに対してこわごわとした気持ちもいくらかはある。ただ、それをなんとなく、授業が始まるまでのあと数分のあいだに洗面所で洗い流してしまうのがもったいないような気がして、先程より惜しむ気持ちで多少真剣に匂いを嗅いだり色を確かめているうち、自然と掌全体に馴染んで消えてしまった。
     何も口に出さず誰にも問わず、最後にもう一度だけ根元から先までを眺め手をくるりと返す。裏返した指先が内側からほんの少し熱を発していることが少し怖くもあり、机の下に隠した。

     周囲の世界から差し出される様々な視線や、他人から別の他人に向けて放たれた言葉が口の端をこぼれ僕の耳に滑りこんでくる時、それは曖昧[アイマイ]に意味を持ちながらも不器用に噛み砕かれ解きほぐされて、自分にも何か関係があるのだとするとどのように思えばいいのだろうかと、試行錯誤と理解――大抵は、誤解を繰り返していた。
     青い実は外から触れられるあらゆる手に対して自らの固い皮膚が拒絶と恐れを表すが、それでも少しずつ世界を知り内部の膨張とともに圧力の高まった皮膚は、その力に適応するために段々と世界に馴染みやすい柔らかさに落ち着こうと日々努力する。淡いほんの淡い紅色に染まりつつある時期。
     まだ中学最後の始業式が終わってから1週間も経っていなかったころ、森星に出会った。

    〔2〕/〔6〕
     小学生の後半あたりから徐々に肥りだしていた僕は、中学3年に上がる時点でクラスでもかなり大きいほうだった。横幅はもちろん言うまでもないが、身長も後ろから点呼[テンコ]を取ればすぐに返事をする番が回ってくるといった具合に。
     当時はそれでも、自分にはいくらかは格好の良いところもあると根拠の乏しい希望を持っていた。元々は、皆が似たような感覚を持っているのではないかと思えたから、それならば当然、自分にも勝手に信じるくらいのことは許されてもいいはずではないか、と。
     全ての中学生はどこかしら身体のバランスが悪いように見えた。それは疑う余地なく受け入れる事実として僕の前にあった。
     自然な成長過程においてでも、個人間の発達段階に差が生じたりするのは至極当たり前で、さらに積極的な運動やちょっとした生活傾向の積み重ねによって、ある部分だけ大人以上に成長(変化)が著しく起こり易[ヤス]かろうと、むしろ全く珍しくもないのではないかと思う。だから多少の肥満にしても、成長の一過程に大きくは括られる現れでしかなく、僕にとってはちょっとした不都合な面が表に出たに過ぎないと軽く考えていた。
     中学時代にあってはあらゆる部分が決定されてはいなかった。

     当時はたぶんそのことをある程度意識していたはずで、現在でも同じ感じ方を失ってはいない。
     たとえば、黒人解放運動のリーダーになることは出来なくとも、東大文学部に入ってノーベル文学賞を獲るであれば、可能性としては充分あるだろうということだ。何故そんな例になるのかというと、当時から読書が趣味で将来は小説家など文章を扱う仕事に就ければいいなくらいに、漠然とした夢とも呼べない曖昧な空想を抱いていたからだ。ちなみにノーベル文学賞が政治色の強いものであると知ったのは、だいぶ後年のこととなるが。

     森星は隣のクラスの男子で、そのころ小学校の当時から知り合いだった男子と休み時間になれば遊んでいた僕に彼は声を掛けてきた。「ねえ、君は○○だろう? 今日一緒に帰らないか。家が近いはずなんだ」
     あまりに唐突に話しかけられたものだから少し戸惑い、特に乱れているわけでもないはずの鼓動を抑える間をおいてみてから妙に慇懃[インギン]に答えた。
    「君の名前はなんていうの。僕のことは何で知っているわけ?」(今でもそうだが、初対面の人に対しては「僕」と自分のことを呼んでいる)
     言い終わった後で、なんとなくバツが悪い気分になった。少し男子相手に動揺している自分が恥ずかしくなり、相手の正面に立ち向かうように顔だけでなく身体ごと向き直った。そして今度は少し後悔した。
    「まあ、それは帰りに話すよ。じゃあ君のクラスにホームルームが終わったら行くから」
     彼は振り向いて帰ろうとしたが、その時自分でも驚くほどの早さで前へと振りだされようとする相手の腕を掴んだ。半ばこちらとしても突然の動作、予期していた以上に強く手首を握ってしまった気がして、意外に細い腕からすぐに力を緩めた。
    「ちょっと待って。名前のことは別にいいけど、帰りの待ち合わせは正門を出たところの横で待っててくれない?」矢継ぎ早[ヤツギバヤ]に、僕からの連絡事項を確認し終えたばかりのその背中に投げかける、もう一言。
    「10分待っててもこなかったら帰るから。……いいよね」
    「必ず行くよ、君より早く」


    〔3〕/〔6〕
     それからは落ち着かない何時間かを過ごした。彼はどうして自分のことを知っているのか、小学校のころに交際があった人間は少なかったし、そうでなくとも何度か話をした同学年生ならば忘れるはずがない。
     相手のほうだけ一方的に知っているというのは奇妙で、少なからず中学3年生の多くの人間が抱く感覚は僕にも同様にあり、世の中のことが大体は分かっていたつもりでいて――これはもちろんただの思い上がりに過ぎないとすぐに分かり、その時だって心の片隅では疑いや不安の意識が全くないではなかったが――、つまり自分がここ数年間に付き合ってきた人間のことは大抵覚えている、どんな人間なのかそれなりに内容を理解出来、普段から関わりのある(あった)身の回りの世界をおおまかに掴んでいると、ある程度は信じていたのだった。

     僕にしてみれば一般的な人間関係というものは、自身が進んで関知していない、あるいは気づかずに相手からまるで一方的に関係を持たれるなどはありえない。
     たとえばそういったものがすでにあるかのよう勝手に向こうが思い込み、またはこちらは始まりの不確かさに困惑しているにも関わらず、それを敢えて僕自身も無視して関係を結ぶことを認めなければならなかったり、訳も分からないうちに相手が持っている(いた)とする関係を通告されるなど、当然あってはならないはずだった。
     正体不明の関係になんと名づけてよいのか途方にくれている間に、カタチ、色合いの掴み難さ不確かさこそが他との違いであって、まるでそこに価値があるなど半ば無茶苦茶な理屈が姿を現してきたりすれば、僕へとさらなる致命的な混乱がもたらされるに違いないだろう。
     名前さえ知らない状態では相手について考えている全てが無意味に違いないし、そんな時には常に受け身の関係になるということだ。相手が何かを言ってきたからこちらも何かを反応して返す、次も、また次もといった感じ。なんだか、嫌な気持ちになる。

     ひょっとしたら、いやこれはあまり可能性はなさそうだったけれど、小学6年から中学3年に掛けて、例のバランスの不均衡なだいぶ急ぎ気味の日々のせいではないかと――休む暇なく夜のあいだに人知れず、頼もしくもあり正体の知れない成長。というよりも変態に近いのかもしれないにしろ――、それは僕が知っていた顔がいくらか硬さを帯び各部位を離れさせ、やがて身体から小学生のころの丸みを次第に失わせ始める。
     それでもまだ生意気で儚[ハカナ]く、愛おしい子供特有の乳臭さがあり、何かに守られていることをおぼろげに感じさせるものだ。時に子供を何よりも愛するそれを唯一のアイデンティティーにしているように、まだ成長途上の身体を強く抱きしめている。自らと他人の区別がつく心身の成長段階(あるいは世界理解)に至った彼らは、その身もまた抱きしめられながら中心の一つをなしていることに気がつく。
     彼らは強く庇護[ヒゴ]されている。弱く傷つきやすい者へと世界から与えられた特権的なプレゼントとして、とはいえそれの使い方を間違えた末に現実の世界で現実的な問題を様々に抱え込んでいくと、特権はやがて彼らを怪物へと変化させる萌芽[ホウガ]の苗床[ナエドコ]ともなる。
     混乱した思考とともにある肉の塊が弱さを隠しつつ押し殺した声に怒りを込める時、半睡[ハンスイ]に慈しまれた世界は狂気へと逆転するだろう。


    〔4〕/〔6〕(残4458字)
     放課後、いくぶんの気の高ぶりが胸に沸き起こることがなんとなく癪[シャク]になり、反して逸る足の運びを敢えて抑えるために却って動きはぎこちなく、それでもいつも通りに階段を降りていった。多少は駆け足になっていたのかもしれない。
     一気に下まで駆け下りるつもりが下駄箱の見渡せる階段の踊り場で一旦足を止め、少しだけ息を弾ませながらその先にある玄関へと周囲からまたは自分を追い越して向かう足早な生徒たちを目にする。と、何か小さな塊が胸の内で自然に息づきを始め、1分前までの眉間に皺を作りながら何を思うところのない日常に繰り返される僕の下校風景じゃないか、という気分はどこかへと消えた。少しの遠回りもせずに正門を目指した。

     いつの間にかまるで、校長室に呼ばれおそらく直々[ジキジキ]に表彰状を手渡されるんだ、そう信じて足を向かわせている生徒よろしく誇らしげな慎み深い顔をして、それでいて小っ恥[コッパ]ずかしいようなきまり悪さも混じった心境になり――予想通り彼は先に来ていた。
     随分涼しい顔をしていたが、同学年の他のクラスは(後で確認したところによると彼は隣のクラスだった)僕のクラスとほぼ同時にホームルームが終わったはず。壁を隔てた前後の教室でも別の教師の声を皮切りに、忙しそうに椅子を引いたり机を押したりあちこちで会話が始まったりと、突然盛り上がった開放からの喧騒を耳にしていたからだ。
     それなのに、走り終えた直後の荒い息遣いを整え呼吸を落ち着けている時の不自然に胸を大きく上下させる動きはなく、ほんの数分前にはあったはずの走るためのエネルギーが静まり収まっていく過程を示す、微かな余韻もまるでなかった。彼はずっと前からそこで待っていたかのよう。

     学校から一番近くにある自動販売機が、正門から50メートルばかり離れた小さな個人商店の脇に一台だけ設置されている。
     販売機の型は相当の旧式(はっきり言えば二[フタ]時代近くは以前)で、当時でもそこ以外で目にする機会のほとんどなくなったタイプのものだった。整備する人間も5年は来てないんじゃないかと思わせるほどに、ところどころに 大小の凹みがあり、ショーケースのガラスにはいくつものヒビが入っていた。
     排気ガスや犬の小便で全体から特に足元にかけては致命的に汚れきって、すでに打ち捨てられ街中に放置された廃棄物――のわりには意外に綺麗で原型は一応留めている程度――にさえ見えなくもない。
     ただそんな見た目と扱いのわりには何故か、件[クダン]の自動販売機では売られている品目は非常に豊富で最新のラインナップが常に揃っていたのだ。何よりも本体の機能そのものには何の問題もなく、というべきかむしろ優秀過ぎるくらいに、夏は冷たく(『少々冷え過ぎている』と、歯科検診の際に学校指定の比較的温和な歯科医をして、あからさまに顔をしかめるまでにひどい状態の虫歯が長年に亘[ワタ]って放置されていた末に発覚した、小学校からの友人である同級生の言葉を借りれば)冬は充分に凍えた体を内部から温めると約束されていたことは、少数の中学生にしか見向きもされないポンコツの、いわば残された最後の誇りに違いなかった。
     朝夕[アサユウ]に目の前を通る際に確認した限りでは、在学中に自動販売機内のジュースが切れていることは一度も、一種類もなかった。そのことまで観察していたのはきっと僕だけだろう。
     実にどうでもよい話なのだけれど、狭い世界の中で生きている中学生(特に僕)にとってはそういった発見がとても貴重なものであり、他人(特に同級生)が知らないとなれば尚更だったりするのだ。


    〔5〕/〔6〕
     どうも僕は細かいことを気にしすぎるのかもしれない。もう少しこちらから積極的に聴いたほうがいいんじゃないかと思いながらも、初対面というのは大きな要因でもあって口を開くのを憚[ハバカ]られた。何気なしに口にした発言が余計な迂闊[ウカツ]なものだったりすれば、それがのちにまでほんの小さな暗い影を落とす場合もある。自分が慣れていない状況に喋り出そうとする言葉に関しては他人より慎重、というよりもある意味では臆病といえるほどだった。
     たぶん、初対面向けにふさわしい会話を、ヴァリエーションは少なくでも記したみたいな一覧表が僕の中にもあったはずで、ただなんとなく、それを口にする時に感じるよそよそしさが相手に伝わることが、その時に限っては特に間違っているような怖い気さえした。あと、無難でありきたりなやり口で接していくこちらの姿を見て、頭の悪さが相手に過剰に伝わってしまうかもしれない、それも嫌だった。

     中学校の正門を出てちょうど二車線を隔て、向かいには小学校のコンクリートの塀が僕の身長と同じくらいの高さに眼前に広がっている。そこの小学校は数年前まで通っていたところではなく、もっと自宅から近くの、ここよりいくらか旧く広い公立校に毎日6年間通い、様々なことをした。
     中身は別として、小学校時代のその建物自体に良くも悪くも特別な思い入れはなかったはずが不意に、かつての校舎は妙に他人行儀[ギョウギ]な姿として頭に浮かんできた。そのまま、いつもの通いなれた道を互いに無言で歩き出した。

     学校から家へは歩いて15分くらい。中学校の校門を出てからほぼ直線に200メートルくらいだろうか、そのあいだに一ヶ所だけ大きめの交差点があって、それ以外には目立つ施設も目ぼしいもの(中学生にとっては)も何もないといっても差し支えないだろう。別に田舎というわけではなかったが、かなりの間隔をおいてまばらに生徒何人かが束になって歩いている姿を目にするばかりなのだ。
     部活をしないで帰る場合の下校時間帯は、用事のある人間はどこかにこもって何かをしているし、用事のない人間はそれを求めてもう少し活気のある、人の集まる場所を目指す。
     女学生特有の嬌声も時には聞こえてくることもあったにしろ、なんとなく想像していた女子高生の通学風景の五月蝿[ウルサ]さや華やかさとはほど遠いものだった。

     僕らは交差点を無言で渡る。その時間帯、特にその日は自宅の方角へ向かう道の交通量はいつもよりさらに少なく、見通せる限りは車はおろか人っ子一人歩いていなかった。このまま直線の端に行くまで誰とも擦れ違わないんじゃないか、ふとそんな風に意味もなく、しかし結果を知るまでのくじの内容を期待することが許されているように、胸に留めてみた。
     交差点を十数メートルも過ぎると、ゆっくりと時には早足に、歩道を縦に横にと二列になりながら歩く。少し前を進む彼はたまにふらふらと蛇行するようにもなり、気がつくと車道の上を歩いたりもしていた。それに倣[ナラ]って、彼の斜め後ろの側道と歩道のあいだの狭い縁石の上をバランスを取りながら少しおぼつかない足取りで追いかけ、時々後ろを斜めに返り見て車が来ないか確認した。
     交差点から300メートル直進した左側には消防署の出張所がある。その少し手前の十字路を右手に3分くらいの距離を道沿いに行くと、僕がのちに勤めることになる郊外型の家電量販店が、立体駐車場を構えてちょうど道の角にK道路へ面して建てられている。


    〔6〕/〔6〕
     そういえば当時、その道がK道路などという名前で呼ばれている理由が理解出来なかった。何かかなり大雑把で適当な名付けに感じられ、続いて不作為さが隠しているのかもしれない奥まった作為について考えてみたが、よく分からなかった。
     結局、目的がはっきりとしすぎているであろう名前にふさわしい特殊な使われ方について想像してみたところで、言うまでもなくやはり見た目も走っている車もよそとあまり変わることもないのだ。他にもしょっちゅう地元の道路の名称を間違え、県道○号線と○号線を逆に覚えていたりなども。そのことで僕は自分の住んでいる土地の道路もろくに知らない奴だと、近所に住む同級生に馬鹿にされた。
     しかし道路の名称やら市役所は駅の東口と西口のどちらから近いとか、ましてこの市の北の方向は本当に日本の真北を指しているのかなど、別に自分の世界には直接――少なくとも今は――関係のないことではないかと思いながらも、結局黙っていた。
     どうして道路や駅それに市役所が突然出てくるのかというと、中学生にとっては自分たちが少しずつにでも周囲の世界に関わりを持てたり、在り方自体について考える時、外につながる分かりやすいものが目印となったからだ。
     世界がこういった形に作り上げられた際にある核のような、または核として知り始め、より大きな物やすぐ隣にあるがなかなか触れる機会のない世界を意識し、社会性を獲得する時期だったりする。同世代の少年少女の中には、そんな事柄自体や隠された関連性を知る行為に過剰なほど価値を見出したがる者も、少なくない。
     どれだけ自分が頭の悪い人間なのかそれなりに分かっていた。
     理解出来る範囲のことは随分と限られているに違いなく、自然に頭と体に染みつき、毎日の生活のうちで積み重なっていくだけでも、充分過ぎるくらいに様々を知っていくのだろう。無駄なことや特に覚えなくてもいいこと、他人に訊ねればすむようなことまでわざわざ苦労をして知ろうとしなくてもいいじゃないか、少なくとも先延ばししてもいい類のものがあると考えていた。
     僕にとってそれよりもまず重要な部分が、確かにあった。

     出張所を左手に見送って200メートルばかり直進すると――学校からかなり離れてはいるが本当に真っ直線の先に、公民館の左側に一セットとして建てられている学童保育施設までを見通せる。ただし僕の弱った視力では先のほうはぼやけてしまい、なんとなく不確かに浮かんでいるように見えるだけだ。
     学童施設の手前には学校からすぐのものに比べると3分の1くらいのスケールしかない交差点があって、そこではよく信号を無視した。大した長さではないし、交通量もそれほど多くもない。何故か遅刻を人よりもいくらか敏感に恐れていた。
     少し家を出る時間が遅くなってしまった時など、白線の手前では左右の確認もせずに、アスファルトを刻み近づいてくるタイヤの音を耳で拾い、車両の重量により当然違ってくる音程や地面の振動などから、おおよその距離を把握しつつ少し斜め前方をにらみ小走りに渡った。

    「なあ、君の家はそこを左に曲がって、それからあそこを行くんだろう」といってポケットに突っ込まれていた手を前方に開き、指をどうとでも取れる方向へ差した。
    「あ……そうだけど、君は僕の家とは違う方向なの?」
     その場にはいつのまにか自然な会話の流れが存在していて、図らずも互いに息を合わせる親密さの芽吹きを思わせる雰囲気はありながら、相手との距離感みたいなものの変化に違和感も戸惑いも一切みることがなく、会話が終わりかけたころに僕はその妙な心地のよさに気がつくのだった。
     空の端にある流れの早い雲を追いかけるように、森星の顔は上空に向けられたままゆっくりと揺らめいた。
    「少し君の家に寄ってもいいかな」




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    テーマ : 自作小説
    ジャンル : 小説・文学

    小説メモ1話まとめ(イメージとしての習作)【1】宛先のない手紙





    (4222字)
    〔1〕/〔4〕
    『この手紙を受け取った人へ、僕のことをどうか探さないで下さい。あなたが誰であろうとも、僕には会う資格はありません。ただ、何故このように最後の手紙を出すことになったのか。その理由だけは伝えておきたいと思ったからです』
     この手紙を書いている者はもはや落伍者、いや廃人も寸前。あのような悲劇に見舞われるとは思いもしなかった。ああ、運命とは時に狂気の牙を向き、その憂うべく餌食となったのは、力なきこの僕だ。
     悲劇、いや喜劇と人は呼ぶだろうか? とりあえず今一度、これを最後にあの記憶をたどってみたい。この身にとっては無意味な拷問であり、残酷な、歴史の姿です。

     僕はとある村の村長の義理の息子という立場でした。そこではほとんど有史以来といっても良いくらい、争いが絶えることのなく繰り返されている村だったのです。
     いえ、別に村の中での争いごとではありません。それは隣村との土地のことや川の水を効率よく引くための水路のこと、他にも争いの種になりそうな案件は山ほどありましたが、結局はそのどれにしてもがおそらく、外の人間からしてみれば大した問題ではないと感じられる程度のものなのかもしれないと、特にこの手紙を書いている現在の僕にとっては認めないわけにもいかないのでしょう。最近でははっきりした理由もなしに隣村との争いが起こるという状況になっていました。
     ですがそれでもひとつ言えることがあるとすれば、元々の原因はこちらではなくあちら側にあるのです。つまり隣村の連中のほうにあったと、伝えられています。皆と同じく当然それを信じていました。
     村では戦への機運が高まりつつあり、そのようなことは村長の義理の息子でもある僕の耳にも毎日のように入ってきました。
     それから数週間が過ぎて、ついには自身も出征すべき状況であると判断しないわけにはいかないところまできてしまったのです。義理の父の村長は総大将の跡目が死んだらこの村は終わりだと言い、なんとか止めようとしているようでした。ですが、この村の勇士は数多の歴戦によって皆華々しく散ったというのが伝えられ、それが子供の頃に昔話として読み継がれていた際には、なんとも体が打ち震えるような感動を覚えたものです。自分もいずれは彼らと同じく勇者の末席にと当時に考えていたことを忘れていません。僕は戦場に赴く決意をしました。


    〔2〕/〔4〕
     4、5キロ手前の野営地で一晩を明かし、最低限の荷物だけを抱えて力なくうなだれ乾ききった灌木たちの無人の荒野を抜けていきました。
     戦場はひどく荒れていました。足下の砂と細かい石に少し気を取られながらも一歩を踏み出し、再び顔を上げ周囲を見渡したのです。瞬間、目の前で何が起こっているのか理解出来ずにいました。が、しばらくして次第に目が馴染んでくると、そのあまりにも凄惨な光景に今度は思わずめまいを感じてしまい、近くにあった朽ちかけた木の柵へ手をついてしまいました。恥ずかしながら、なにやら膝が勝手に震え止まらなかったことも今でも覚えています。
     ですが額の汗をぬぐい顎をひき唾を飲み正面を向き直りました。決して二度目は俯かず、睨みつけ、いえ……見据えてやったのです。そうです、勇気を取り戻したのです。この身に鞭を与えたものは、自分自身が少年時代の頃のあの勇士に対する憧れと、それだけではなく、立派に恥じない働きをし彼らとともに永遠に天の世界で生きようといった、希望によってなのでした。さらにその足をもう一歩二歩と踏み出しました。
     歩けど進めど死体ばかりでした。泥にまみれ自らの血液に窒息しそうなほどに血を流し、伏せ倒れた兵士。塹壕の縁に上半身を載せそのまま息絶えた兵士。彼らの体は風が吹くたび子供たちが向かい合って座る遊具のように、ゆっくりと行ったり来たりを繰り返していました。酷たらしくも体の各部のいずれかをかなり失い、生あるうちに苦しみに死んだのかと想像されると、僕は自分の目頭を押さえずにはいられませんでした。ですが乾ききった砂では一時的に弔ってあげることすら出来ません。彼らの死を称え報いつまり先へ進むが、そのときその場にあるものの生なのです。
     我が軍の前線部隊が一旦撤退し現在はにらみ合いの状態だったのでしょうか、激戦の間隙を縫うことに成功したのかもしれません。敵陣には難なくたどり着いたのでした。一時は強かった風も急に収まり、戦場を炎熱と死臭の坩堝と化していた太陽さえも静かな暗雲に身を隠しました。この人生の最後に向けて自然でさえ、なにかその活動を遠慮しているかに思えたほどです。


    〔3〕/〔4〕
     僕は当然死ぬ覚悟でした。こちら方の劣勢は村長の重い口取りや、近所の主婦がする会話の端々からも、またこの場の味方らしき死体の数でわかっていましたから。
     腰に巻きつけた手榴弾のピンを外し、その塊を敵の総指令として指揮を執る、隣村の村長がいる本部に目掛けて投げつけました。遮蔽物のないきれいな空に放物線を描きやがてボトリという音を立て、たった数秒のはずですが不気味なほどの沈黙は随分長く感じられたのです。そのとき遠くで、群れを作って南を目指す数羽の渡り鳥らしい鳴き声がしました。なんだか可笑しなものですね、人間の争いなどどこ吹く風といった具合に本当に平和そのものの声なのです。しだいに鳥達の群れは遠ざかり、その声も空に反響して消えてしまい……。
     やがて沈黙を打ち破る炸裂音と同時に本陣の壁は瓦解し、そこから中が見えたのです。とはいっても中は煙が立ち込めていたので僕は陰からしばし様子を窺い、期を見て突入することに決めました。近くにもぬけの殻のトーチカを見つけたので、まずはそこに隠れることにしようと。
     五分もじっとしていたでしょうか。少しのあいだ目を離していた僕は再び崩れた敵本陣の壁の穴から中をのぞこうと、自分の隠れているトーチカから首を伸ばしました。次の瞬間、首筋に冷たく硬いものが押し当てられたのです。僕は観念しました。父よ、すいませんでした。力ない息子を許してください。ただ、これで勇者の末席です。誇ってください。それから、村のみんな、先にいっているぞ。

    『その後敵陣に連れていかれました。一気に処刑されるのか、残忍な隣村の連中にふさわしくじわじわと殺されるのか。腹を決め黙ってなにも喋らずに殺されようと、死んでいった彼らに誓いました。敵軍の中の一人、おそらく隣村の村長である男はゆっくりと背後に回ってきました。恐ろしい男だとは噂に聞いていましたが、そのときばかりはなんの恐怖心もなかった。そいつに殺されるのです。こちらの手を取り、縄によって縛られた部分を丹念に調べ始めて。やがて、……彼の手によって紐を切られて自由にされ、なんのつもりだろうと訝っていると周りの男達が僕を囲み脇を抱えて持ち上げたのです。そして村長は顔をこちらに近づけこんなことを言い放った。「……もう、終りにしたいんです」僕は――』


    〔4〕/〔4〕
     記憶のままに子供時代からあった隣村との争いの様子を描き、現在の顛末までに筆を進ませた。自らは英雄への憧れが変わらずに青年に至り、むしろ大きく膨れ上がった空想の中に生きてきただけの無力な男だったのかもしれない。手紙を読み直し最後こう付け足した。

    『もはや死に場所を失いました。死んでいった仲間になんて言ったら許してもらえるでしょう? そんな言葉はありはしません。おお、偉大なる勇者達よ、このあわれな男の命を、どうかあなた方に差し上げてしまいたい。しかし二度と叶わぬことを悲しみ嘆く資格すらこの身にはない!! 尊敬する父よ、あなたにこの世で二度と会うことはないでしょう。あなたの幸せと健康、そして村の繁栄を祈っている。最後にこの手紙を受け取った誰か、もしあなたが手紙を書いた人間のことが誰か分からないなら、いや、もしも僕のことを知っているならば、そっとこの手紙を焼き捨てて欲しい。何故なら刃が届くほどの距離に、目の前にいたはずの宿敵の村長を殺せなかったばかりか……』
     身体中の臓物がひきつるような強い緊張から随分開放され、いえ、実際にはいつの間にほとんど抜け落ちてしまっていたその時の僕は、喉の渇きを密かに覚えていました。とっさにそのことを感づいたのか後ろに控える部下に指示することもなく、自らでよく冷えた甘い匂いの酒と、あの場所のライ麦で作ったとされる固パンをすぐに運んできたのでした。

     現在ライ麦は互いの村の境あたりの一角で細々とだけ採られています。昔は畑の広さも今よりずっとあって、農繁期に限っては休戦にしようとの決まりがいつからあったとか、ここ二十数年来では失われた取り決めが随分長い間あったというのまでは、我が村に関する歴史として子供の頃から聴かされていました。
     そして彼、………敵の村長の話によれば、銃や爆弾を鎌や穂打ち棒に持ち替えた彼らはどちらでもよく収穫し、活き活きと働く農夫同士は取れ高を競い、また各家族を養うためにある程度均等に麦束が均された、のだと。
     ある年など、すぐ二三日前には戦闘が局地戦からの拡がりをいよいよ本格的に迎えていたとされる状況にあっても、それは例外ではなかった。年に一回の隣村との共同刈り入れの際には大々的に数週をかけて行い、普段は畑に足を踏み入れられない子供に農作業から身を引き小屋の中で手仕事をしている老人まで、全てが楽しみしていた祭りのようだったということらしいのです。
     現在でも特に理由は分からないが暫定的な非武装地帯とされ、数代に亘る両村長が長年のうちに行った数多くの仕事において、当該事項を含む協定の有効期限の更新だけは何故か滞らせたことの一度もなかったという、あの場所。

    『――とっさに伸びそうになる手を引っ込め、返す刀で睨みつける僕へと向けられた隣村の村長の顔は、だいぶ削げた肉に若干の土汚れで黒ずんだ頬と、随分と放って置かれた白い無精髭の目立つものでした。そのあいだから見え隠れする、ひび割れた唇が静かに開かれているのでした。まるで馬鹿馬鹿しい言い方ですが、それは穏やかに何かを諭すかの顔にも見えたのです。あるいは自分の息子に対し厳しい叱責の言葉を発さず鷹揚な父のように、ただ目の前にいて何かを促しているとでも見えるものでした。……そして、僕はついに我慢出来ず相手の施しを受けてしまった。敵であるこの身へ彼の目を背けんばかりの一見親切心と、底意は知れませんが巧妙に誠実さの装われた人柄にほだされ、懐柔されてしまったのです。いや、あの男の意のほどは分からない。ただ僕は父の村長に無断で……愚かにも終戦の合意書にサインをしてしまったのだ』




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