スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    案内・告知【2】更新しました


    小説【1】僕、森星~1
    投稿しました

    十年以上前に書いたいわば試し書きの文章です。申し訳ありませんが中途で筆をおいているため未完です。この文章はさらに正直申せば、最後までの筋立てを大まかにでも編んでいなかったどころか、次の一文をも、いえあるいは何が書きたかったのかもはっきり考え定まらないままで始められたものだったのでしょう。果たして瞬間的な思いつきの熱だけで引き回されて(して)いた陶酔と惑溺の時間は原稿用紙二十枚が埋まったあたりで唐突に(全く正当な顔を見せ)打ち切られ、以降のように放っておかれてしまったのです
    今回発表するにあたり、それでもとりあえず腐らせるよりかは……という幾分ケチ臭い理由からがまずなのです。が、外目へ曝すとの変更が条件に勘案されるならば、中には消極的ばかりとも言い切れない「試し」としての意味があるのではないかとも、非常に乏しい根拠ながら一種期待があるのですね
    今回を含め三分割にしました。ともあれ中身と呼べる中身はありませんが、適当に流し読みしてくだされば幸いです



    スポンサーサイト

    テーマ : 更新報告・お知らせ
    ジャンル : 小説・文学

    小説メモ(イメージとしての習作)【1】僕、森星~1






    (2445字)

     なんにしても他愛のないことの数々で、日本中の中学生を二人一組で無作為に入れ替えても特に問題はなく、いくつかの話題に対しての反応は――それらはつまり限られた狭い世界についての、または自分が知っている世の中のごく一部だけ姿を見て、感じたことが大半ではあったが――誰とどこでといった一切の要素など関係なく、ほとんど似たようになされる互いの無理解を理解していない話し合いとして、その際示し合わせたわりにぎこちない笑顔が伴い、あるいは思わせ振りの上手さが競われるだけの結局内容の乏しいやり取りが全ての場所で繰り返されていたに違いない。

     クラスの中の一部の男子がたまたまどこかから入手した男性用避妊具[ヒニング]が、早速休み時間には教室内で行われる秘密の閲覧会の出展作品となっていた。
     順番が回ってきた僕も、それをどうということもないといった風に掌[テノヒラ]の上に乗せいじくり回してみたが、結局どちらが表裏なのかすら分からなかったし、先端の膨らみや、指先に微かに残ったさらりとしたゼリーは何なのだろうかとの様々な疑問も浮かび、周囲で笑い声やら奇声を発する男子生徒の様子から何かが分かるかもしれないと窺ってみることにした。
     ひょっとして体に有害だったりしたらと、いつまでも皮膚の上にあることに対してこわごわとした気持ちもいくらかはある。ただ、それをなんとなく、授業が始まるまでのあと数分のあいだに洗面所で洗い流してしまうのがもったいないような気がして、先程より惜しむ気持ちで多少真剣に匂いを嗅いだり色を確かめているうち、自然と掌全体に馴染んで消えてしまった。
     何も口に出さず誰にも問わず、最後にもう一度だけ根元から先までを眺め手をくるりと返す。裏返した指先が内側からほんの少し熱を発していることが少し怖くもあり、机の下に隠した。

     周囲の世界から差し出される様々な視線や、他人から別の他人に向けて放たれた言葉が口の端をこぼれ僕の耳に滑りこんでくる時、それは曖昧[アイマイ]に意味を持ちながらも不器用に噛み砕かれ解きほぐされて、自分にも何か関係があるのだとするとどのように思えばいいのだろうかと、試行錯誤と理解――大抵は、誤解を繰り返していた。
     青い実は外から触れられるあらゆる手に対して自らの固い皮膚が拒絶と恐れを表すが、それでも少しずつ世界を知り内部の膨張とともに圧力の高まった皮膚は、その力に適応するために段々と世界に馴染みやすい柔らかさに落ち着こうと日々努力する。淡いほんの淡い紅色に染まりつつある時期。
     まだ中学最後の始業式が終わってから1週間も経っていなかったころ、森星に出会った。

     小学生の後半あたりから徐々に肥りだしていた僕は、中学3年に上がる時点でクラスでもかなり大きいほうだった。横幅はもちろん言うまでもないが、身長も後ろから点呼[テンコ]を取ればすぐに返事をする番が回ってくるといった具合に。
     当時はそれでも、自分にはいくらかは格好の良いところもあると根拠の乏しい希望を持っていた。元々は、皆が似たような感覚を持っているのではないかと思えたから、それならば当然、自分にも勝手に信じるくらいのことは許されてもいいはずではないか、と。
     全ての中学生はどこかしら身体のバランスが悪いように見えた。それは疑う余地なく受け入れる事実として僕の前にあった。
     自然な成長過程においてでも、個人間の発達段階に差が生じたりするのは至極当たり前で、さらに積極的な運動やちょっとした生活傾向の積み重ねによって、ある部分だけ大人以上に成長(変化)が著しく起こり易[ヤス]かろうと、むしろ全く珍しくもないのではないかと思う。だから多少の肥満にしても、成長の一過程に大きくは括られる現れでしかなく、僕にとってはちょっとした不都合な面が表に出たに過ぎないと軽く考えていた。
     中学時代にあってはあらゆる部分が決定されてはいなかった。

     当時はたぶんそのことをある程度意識していたはずで、現在でも同じ感じ方を失ってはいない。
     たとえば、黒人解放運動のリーダーになることは出来なくとも、東大文学部に入ってノーベル文学賞を獲るであれば、可能性としては充分あるだろうということだ。何故そんな例になるのかというと、当時から読書が趣味で将来は小説家など文章を扱う仕事に就ければいいなくらいに、漠然とした夢とも呼べない曖昧な空想を抱いていたからだ。ちなみにノーベル文学賞が政治色の強いものであると知ったのは、だいぶ後年のこととなるが。

     森星は隣のクラスの男子で、そのころ小学校の当時から知り合いだった男子と休み時間になれば遊んでいた僕に彼は声を掛けてきた。「ねえ、君は○○だろう? 今日一緒に帰らないか。家が近いはずなんだ」
     あまりに唐突に話しかけられたものだから少し戸惑い、特に乱れているわけでもないはずの鼓動を抑える間をおいてみてから妙に慇懃[インギン]に答えた。
    「君の名前はなんていうの。僕のことは何で知っているわけ?」(今でもそうだが、初対面の人に対しては「僕」と自分のことを呼んでいる)
     言い終わった後で、なんとなくバツが悪い気分になった。少し男子相手に動揺している自分が恥ずかしくなり、相手の正面に立ち向かうように顔だけでなく身体ごと向き直った。そして今度は少し後悔した。
    「まあ、それは帰りに話すよ。じゃあ君のクラスにホームルームが終わったら行くから」
     彼は振り向いて帰ろうとしたが、その時自分でも驚くほどの早さで前へと振りだされようとする相手の腕を掴んだ。半ばこちらとしても突然の動作、予期していた以上に強く手首を握ってしまった気がして、意外に細い腕からすぐに力を緩めた。
    「ちょっと待って。名前のことは別にいいけど、帰りの待ち合わせは正門を出たところの横で待っててくれない?」矢継ぎ早[ヤツギバヤ]に、僕からの連絡事項を確認し終えたばかりのその背中に投げかける、もう一言。
    「10分待っててもこなかったら帰るから。……いいよね」
    「必ず行くよ、君より早く」




    [貴方の応援が励みになります!!]

    人気ブログランキングへ
    にほんブログ村 小説ブログへ
    にほんブログ村

    テーマ : ショート・ストーリー
    ジャンル : 小説・文学

    案内・告知【1】


    夢見【1】臭気○○器
    投稿しました

    ただいま投稿の際の書式(主にタイトル周辺)を探り探り考えています。そのため、ある程度の納得した形にまでは細かな部分に修整が入ることになると思われます



    テーマ : 更新報告・お知らせ
    ジャンル : 小説・文学

    夢見【1】臭気○○器(了)


    (2559字)
     私はちゃんとした現実(夢の外側)の私の姿として存在している。とりあえず最初に、切り立った断崖に四方を囲まれた大きな窪地を見下ろしている。
     そこには数人がいて、相手を見つけた同士での殺し合いがすでに行われているようだ。大体は互いの力が拮抗しているが、なかには自分より弱い相手を拒否させずに一方的に選び、痛めつけ、時間や抵抗の差内容の違いこそあれ、最終的に負けた方は必ず命を奪われた。しかも、どれもこれもものすごく残酷な殺し方だった。
     次第に身体を動かせなくなりうなだれふらついている相手を、その場でサンドバッグのように痛めつけている場面から最期に至るまでの、一連の流れがイメージとなって少しだけ伝わってくる。非常に残酷で目を背けたくなる。岩壁の上では肉の切れる音や潰れる音も聞こえ、「胸くそが悪くなる」と吐き捨てる気分で口にしたか、それとも思ったかどっちかだった。
     
     場面は一転する。私はどこかの家の中にいる。見覚えはないが、どうやら現在いる場所は自宅らしいということが次第に分かった。そこは狭く、かつてアルバイトをしていた飲食店を彷彿とさせた。ほとんどあばら家のような感じで、部屋から部屋への通路というものが狭く、天井が低い。ところどころが脂っぽくべたべたしていて気持ちの良い場所ではない。
     父親がいる。実際の(夢の外側の、つまり本当の)父親ではない。母親はこちら側の本当の母親に似ている。

     電球が切れたということで買いに行く。父親にそれとなく言われている。60W100V(実際の家で使っている電球よりも少し大きめな電力消費量だ)を買いに近所の電器屋へ。帰ってきた私は家の電球を換えなければと手を伸ばしたが、切れかかった球もソケットもべたついていてどうにも気持ちが悪い。あまり触りたくないと指先でつまむようにしながら、仕方がないと自分に言い聞かせ我慢して交換は済ませる。
     何故か600円くらい持っていて、300円を親に渡す。仕事をしたつもりになっているものの、何をしたのか本人も知らない。
     親は私から300円を受け取り、それしかあげられなくて悪いという言葉に対して「1クロアチアで定食が食べられるから300円でも充分」と返す。『1クロアチア』とは100円の100分の1の価値になるそうで、つまり1円で定食が食べられる計算になる。

     私は街に出て1クロアチアで定食を喰おうとするが、売り物はいくつか確認した限りでは日本円で売られていた。何軒か見て回ると、定食屋の食べ物の値段は80円から130円くらいとかなり安くは感じられるも、現在の所持金は300円しかないのだ。それに第一空腹ではなかった。
     さらに歩いていると、いくつもの店舗が並んでいるにぎやかな通りが突然現れる。一番手前にある店は宝飾品店らしく、少しショーウィンドウを覗いてみることにした。宝石やネックレスが大体600~2000円、扱っているものはもちろん本物。店々が並ぶ様子は、夜店と商店街をごっちゃにした感じと言ったらいいだろうか。いつの間にか髪の長いメガネをかけた男を見つける。
     そいつはあの、陰惨で目を覆いたくなるような殺し合いの場所(自分の中でのイメージはバトルロワイヤル? しかしもっとやりきれないのは、殺す側は小さな虫を踏み潰すほどの無意味さで、殺される側は最初狂乱の勢いで泣き叫び、やがて鈍麻した感情が身を静かにふるわせているところで息の根を止められる)に、もう一度連れて行ってくれるのではと私ははたと気づき、彼の後を尾けることにした。あの場所に行ってもう一度だけ、何かを確認しなければならないのだ。そのときには誰だかは分からないが友人が一人、自分の脇にいた。……IかFか?
     
     メガネの男を追いかける。街中をうろつく姿は突然小さな交差点の先に現れたり、ピンク色の三角屋根に古びて電飾の切れかかった看板を掲げるパチンコ屋の脇、郊外型のドライブスルーが併設された飲食店の、従業員がバックヤードへの出入りや搬入のために使う通路、――ひと一人がようやく通れるくらいの細い道を歩いていたりした。それらは生暖かく喉に絡みつく嫌な蒸気の出ている、薄暗い汚れた場所だった。最初は夕方で、夜、夕方と変化していく。いつの間にか彼はどこかの店の勝手口の前に立っている(おそらくパチンコ屋)。
     こちらから見て一番手前にはパチンコ屋の景品交換所にも見える小屋。すぐ横に、『臭気○○器』という鉛色をした簡易焼却器が備え付けられ、金属製の箱の天板部分には適当に後から溶接されたであろう煙突がついていた。接合部分が変に歪み、傷痕みたいに盛り上がっている。
     大人一人が入ればいっぱいになりそうな『臭気○○器』の中にメガネの男が入り込んだと思い、私たちは後を追いかけなければと近くにまで駆け寄る。彼が紙のように身体を薄くし、中に吸い込まれながら消えて行った姿が頭に浮かんだのだった。ふと何か騙されている、何かがおかしいと頭によぎり、特にああいった場所に人を連れて行こうとしている人間は残酷な奴に決まっているからと、中に入るのを躊躇う。
     元々興味本位で後を尾けていたのだ。自分はあまりにも深追いしすぎているのかもしれない。

     すると細身のメガネ男はパチンコ屋の横の道から出てきて、「そこに入ったら死んでたよ」と言い残して消える。『臭気○○器』に押し込まれ身動きが取れず、泣き叫びながらゲロを吐いたり血を吐いたり、臭気に蝕まれながら無残に死んでいく姿が目の前にありありと……。危険で分厚い灰色の空気が空間を満たしていくさまが真っ赤な背景を伴って映る。
     友人が犠牲者になる運命だった、かなり高い可能性を退けたのだ。彼が泣き叫びながら助けを求めて来ても、こちらにはどうする手立てもないという光景が頭に浮かぶのだった。額に汗が吹き出し涙目になって狼狽えるだけの自分。もしそんなことが本当に起こったなら、私は例の男を、何があってもどんな手を使ってでも絶対に見つけ出し、絶対に殺すだろう。逆の立場なら同じことをすると友人も思っていた。




    [貴方の応援が励みになります]

    テーマ : ねごと
    ジャンル : 小説・文学

    エッセイ(物語構成)【1】自分がいなかった頃~1



    (1530字)
    1  
     小学校低学年くらいまで、僕は僕のことが分からなかった。自分がどういった人間なのか上手く理解していなかったということではなくて、自分自身を指す枠の範囲がほとんど把握出来ていなかったという意味で。

     自宅に繋がる細い路地を抜けると、目の前は古くからそこに住んでいる家族の一戸建てがあり、左右には道が続いている。右を真っすぐ行って交差点にぶつかるとその斜[ハス]向かいには警察署があって、左を道なりに進めば駅前へと伸びる大通りにやがて接続する、片側一車線の狭い道路に突き当たる。両方とも歩いて二三分以内の距離だったが、友達の家にいくまでにはそんな時間すら必要ないほどに近かった。
     彼と友達になった時期は、これまでの人生の友人遍歴[ヘンレキ]における年表の中でもほぼ最初期に位置していた。まだ幼い僕にとって、『友達』という対人関係は初めて触れるものだったように思う。

     T君は饅頭[マンジュウ]のようなまんまるとした顔をしていた。でこは広く、目は仔猿のようにキラキラと周囲の対象に忙しく注がれ――、そして彼の話す言葉は大体が理解出来なかった。それは、現在では忘れてしまっている分もあることはあるにせよ、それよりどんな目的で彼の家に遊びに行ったのかがどうしても思い出せない。さらに言えば、遊びにいくという行為が何を指しどのようなことを意味しているのかすら、本当に当時の自分が分かっていたのか疑わしいのだった。
     彼の家は三部屋かひょっとしたら二部屋くらいで、お世辞にも広いとは言えない間取りだった。集合住宅特有のなんとも形容しがたい臭いは後年まで僕の苦手なものだったが、初めてそれを嗅いだのは多分T君の家のドアを開け、一歩足を踏み入れたときではなかったか。
     部屋の中では、ファミコンゲームを彼がやっているところを黙って見ていた。母親の姿は見えなかったので共働きだったのかもしれない。それはウチも一緒だったので、周囲に家族がいないのかとを気にしてみたりもなかったが。
     そこで結局、僕は何もしなかったような気がする。本当を言えば『友達』などという関係に勝手に当てはめたのは現在の僕であって、当時はそんなこともよく知らなかった。自分とTくんとの間柄については、街ですれ違う年齢の同じくらいの他人とは当然異なるし、それでいて、学校で別クラスの同じ人間を何度か目にした際に「ああ知っている顔だ」として一瞬だけ心に立ち止まる関係とも違うと、そういう風に感じたことは一度もなかった。

     彼の家に遊びに行ったのは二三回だったろうか。いつから関係が途切れたのかも分からないし、それを惜しみもしなかった。寂しいといった感覚も正直に言って一ミリもなく、正確に言えば、彼についていつの間にか全く関心がなくなっていた。よく分からない関係が勝手に始まり、気づかないうちに終幕が迎えられたという説明が最も正しく表している。
     後に親から聴いた話によると、彼の家族はいつだったかにその部屋から引越しをしたのだとか。何かトラブルがあったみたいだという話をどこかで耳にしたそうだが、あまり定かな内容については知らなかったようで、それ以上詳しく尋ねることもしなかった。
     親が知っている断片的な情報の中に、転居先は二つ上の階の以前より通りから奥側に引っ込んだ部屋だという異様な顛末[テンマツ]が含まれ、しかしさすがに子供心には理解をはるか超えていたというのもあり、確かなこちらからの反応といったものはなかった。それよりさらに、彼のことについて一切興味がなくなっていたからとの理由もあったから。
     横目に見た母はおかしな話ねなどと口にしていたが、『友達』の顔は輪郭を残して暗転したま
    ま、やがて窓から覗く青空に馴染んで姿形は見えなくなっていった。




    [貴方の応援が励みになります]
     

    テーマ : エッセイ・散文
    ジャンル : 小説・文学

    まずは


    Ununzです。小説(多分短め)・エッセイ・他雑文・日記etc.を一応順繰りで週二回、長めの連載が同時進行になる場合は週三くらいのペースで更新するつもりです。
    ※更新ペースはもう少しゆっくりになってます(2016/6/8現在)

    にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
    にほんブログ村
    にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりごとへ
    にほんブログ村
    にほんブログ村 その他日記ブログ 気ままへ
    にほんブログ村


    テーマ : 更新報告・お知らせ
    ジャンル : 小説・文学

    日記2004を通しで【4】輪郭が風化する。残されたものは





    (6777字/2004年3月1日に記す/2013年10月補筆修正)
    〔1〕/〔5〕
     今日はこんな話。
     戦時中に仲間をくじ引きの結果殺し、その肉を食べた人の話。
     元戦友の一人をついに執念で探し出した当ドキュメンタリー作品の主人公である老人(O氏)。居場所を突然尋ねられ運命の忌まわしき日のことについて詰め寄られた老人(?氏)はO氏以上に随分と弱弱しい様子で、はっきり言えば病み老いさらばえた悲しい老人としか映らない。しかし相対する二人は、かつて残酷にもくじ引きで生死のやり取りをした、固い絆に結ばれた部隊の仲間であった。

     彼らは一体どんな戦場を体験してきたのか? それはもちろん私にも現代の若者にも分かりようが無い。旧友でありかつては戦場で命を預けあった仲間の家を初めて尋ねた彼は、土産一つ持たず玄関の前に仁王立ちになった。老人同士の挨拶ついでにといった具合に、ありふれた昔話を持ち出して話の端緒を作り出すことも一切せず、蒲団に寝付く老人に早速詰め寄る。
     O氏の表情や言動からすると、やはりどうしても当事者である元戦友が忘れてしまったり、遠い過去の出来事として、価値のないものであると打ち捨ててしまったりを断じて許さないという、決然たる様子なのだ。自分たちが平穏な世界で安逸に生きることは許されないとし、また過去の罪業を背負った形であれ、それを一人で胸のうちに隠し続け、人生もろとも墓場に持っていく貝の如き罪人の真似も認められないと頑なに主張をするのだった。

     O氏は当時の出来事を白日のもとに晒す中で、戦争を幻想化し兵士と戦場を美化する傾向のある当時の若者に、実際にあった現実の不条理さや残酷さを伝えんとしたらしい。
     言動は一見すると冷静で、過去の自身の行為に強い自責を感じ、そのような行いにまで至った部隊に所属する同僚の極限的な心理状況を理解すること、つまり過去を振り返り真摯に現実へと向き合うことが最も重要だと考えていた。どうして最悪の結論を導いてしまったのかについて理由を、自分自身の記憶やある意味では煎じ詰め過ぎた観念だけでなく、当時の共犯者の話を聞き明白にしたいというのだった。
     その姿勢自体は自分たちの行為の罪深さを真正面から見つめ、最大のタブーとされる一線を何故踏み越えてしまったのかを、自身に向かってひたすら問うているようにも見える。
     罪を受け入れ、受け入れつつも一瞬のちには再び罪を犯せずにはおれない人間の原罪ともいえる愚かさ、とある瞬間に突然姿を表す我が身を滅ぼしかねないほどの強烈な生への執着、そういったものから目を逸らさずにいる、あるいは何かを見出そうと希求する精神をO氏に見ることも出来なくもないが……。
     何かにつまづいたかのように、少しよろめきながら前のめりになる勢いもあってか玄関から土間を一気に渡りきった。氏は至って冷静な顔をしているとも見えたが、やはり内心は名状しがたい想いに囚われていたのではないか。蒲団に寝入る、見るからに病身と思われる戦友に掴みかかったのだった。


    〔2〕/〔5〕
     周りの(クラスの)人間は「いきなり今さら来られたって」とか「迷惑なだけだ」などと口々にする有り様。とはいえありがちな、予定調和へ傾いた波風の立てない反応を試し々々口にしたのだろうと理解したところへ、しかし結局、彼らから期待に続く言葉は発せられなかった。比較的席の空いていた昼下がりの教室では各々、あくまでも自由な楽な姿勢でテレビに身体を傾けていた。
     クラス全体で見ると残っているのは半分の人数しかいなかった。元々人気があるとは言い難い講義だったし、後の半分近くは早々に学校から立ち去ったか、家に帰るか街中でうろうろとしていたのかもしれない。

     話を戻すとつまり、戦争を共にした男たちにはO氏と同じく過去の現実が現在にまで重みとしてのしかかるべきであって、決して忘却のかなたへと逃げ去ることは許せなかった。おそらく自分自身に対してはさらなる苛烈さでだろう。
     時代も異なる当事者でもないこの身で、責任意識を感じてみる困難さ、自ら判断をせずにいられる立場にあることで私に差し迫る息苦しさは無く、目の前に示されたO氏からの要求・糾弾を受け入れるか拒否する以前に、ひとまず冷静に考えられる幾分かの距離感を少量に意識しつ、それでもやはり至極当然だと思えた。

    追記 2013・10・20  クラスメイトへ手前勝手な弁解を少ししたい。当時の私は正直にいえばこんなこともまず感じた。
     古いフィルムへ着実にその場で動くことなく封印された、古い空気や彼から主張される熱気もまるで位相がずれていて、現代人に理解しづらい昔流行った感情表現のように阻害要因としてあり、色彩の不鮮明な牧歌的なカラー映像は妙に読み解きの難解な錯綜したグロテスク映像と勝手に受け取れつつ、同時に一歩間違えば滑稽さに転落しそうな暗黒シュール劇の雰囲気に拍車をかけているふうに、まずの第一印象として持ってもいたのだった。 (追記了)

     彼はそれを明確に意識していて、一方で目を背けようとする――ほとんど忘却の彼方の出来事として――元戦友の精神の深く底流にも、薄まり弱まったとはいえ未だ流れているもの、一言でいえば〈呪い〉だ。
     これは主に日本古来から存在している、例えば密教や陰陽道等の教えの中で取り扱う、特殊な儀式を行うことで超自然的な力によって現実に影響を及ぼそうとする呪術のことを指しているのではない。
     いわば宗教的特殊技能の一連で体系化されたオカルト的力能ではなくもっと原初的な、つまり死者の感情。〈呪い〉とは、死者の記憶が然々であったに違いないという強い囚われから逃れられない心理状態を指し、またそこから発生する。

     死者であるがゆえ感情の行き場も収まりも無く、結局は感情の質や方向を想像する(考える)生者側から産み出された想起である。しかし生者が一方的に見出した感覚であっても、死者の感情(どこまでも想像でしかないが)から生者の想起へと、単に偶然の思いつきによって見いだされたわけではないのだ。
     死者の感情は当然形がはっきりしない。ただ、起因も理由もそれからであったにしようとも、関係性の深浅に関わらず、受け取れる人間と受け取れない人間がいる。共鳴する周波数(これを規定するのも生きている受け取り側、正確に言えば意識・無意識的にせよ受け取りたい側ではある)を持つ死者と生者の同調によって増幅され固着化した想念と感覚、それが〈呪い〉なのだ。
     氏の過去を悔いる感情が強ければ、また死んだ戦友についてを考えれば考えるほどに自身を囚らえ、苦しめる。一方、寝床で過去を忘却の彼方に葬り去ったことさえもしばしのあいだ失念としていた戦友は、老体に及ぶ自然な生理としての忘却が理由ではなく、資格を喪失または放棄した者となったからこそほとんど受け取る(〈呪い〉を実感)ことが出来ない。
     ゆえに、失望と怒りが今にも覆い尽くさんとする身を以ってして、彼に思い出させたい、せめてこの現実が「あの」過去から続いているのだと認めさせたいのだ。


    〔3〕/〔5〕
     兵士たちを代弁するという形で彼は熱に浮かされ、数十年前に死んだ若き日の戦友が乗り移ったかに激越して力強く、生き残りの老人に問いかける。映像を見た限りでは元戦友は半身に不自由を感じさせる身体を寝床に横たえていた。
     何故あのような行動に出たのか――ついに掴みかかろうとするところはさすがに相手の状態を考えれば暴挙としか言えないが、であろうとどうしてもせざるを得なかった――、それが分からない人間には後のことも、取っ組み合った事情も理解出来ないはず。O氏は一見すると、というよりもあの場の相手からは狂人じみて見えたに違いない。しかしもちろん彼は狂人なのではなく、ただ単に、純粋にと言っていいほど戦中の忌まわしい事件について究明したいとの気持ちと、さらにより強い謝罪心だけが――本当は自殺願望だったのかもしれないが――前面にあったのではないか? 
     もはや戦後四十年ののち、自らを騙し々々それすらも到底意識に上らなくなった戦友たちや、直接関係の無い家族にしてみれば、突然の不吉な訪問者の行動は「なぜ今さらそんな話を?」「わざわざ思い出させないでくれ」と戸惑い、疎ませるものだったかもしれない。
     確かに家族は実際当事者でないのだからとしても、やはり親(親世代)の体験を記憶することが望まれる責任に近いものを負っているし、老人に対して酷な言い方かもしれないが――当事者に至っては絶対にそのことを忘れたり(忘れた振りをしたり)、無視をしていたりするのが許される問題でないことは言うまでもないのだ。


                    3月5日

     Hello!! (ひさしぶり)
     一連の行為は戦争犯罪というものなのではないだろうかと設問し、そもそも戦争犯罪とは何であるかについても考えを及ばせつつ(可能ならば)、さらに如何ばかりか筆を進めたい。
     私は元戦友の居場所を突き止めわざわざ老身を推して迫り、さらに掴みかかろうとするまでに至った行為を呪いと書いたが、それを証明したり裏付けるとでも言おうか、囚われていると感じさせるような実際の行動を画面で目にした。彼からはしきりに「天罰」という言葉が口をついて出、あなたが足を悪くしたのも「天罰」だし、こうやって戦後四十年近く経って、なおも思いを吹っ切ることが出来ずにいる自身も同様であるとO氏は断言する。
     天罰とはなんとも耳慣れない言葉であるし、贖罪[ショクザイ]を求める人々の頭を押さえつけまたは罪人を裁くための口実としては最適のものだ。私は最初ここに胡散臭さを見たことは確かだ。彼自身(O氏)仏教徒であれキリスト教徒であれ、神仏を熱心に拝している場面であったり、直前までの言動からしても深い帰依[キエ]をしているところは窺えず、少なくともそんな様子は映像内には表れない。
     突然「私がこうしているのは――」とまではいいとしても、続いて本来は感情を伝えるのみでなく自分の行動が意味するところへと理解を求め、思い出し振り返って真に過去を認めさせなければならないはずの相手に向かって、何故天罰という目に見えないまるで一足飛びの論理を持ち出し、それを求めるものにとって都合の良いかなり強引な言い方に変えてしまったのか。
     しかも、実際に身体を悪くし長い間苦労を味わっている人間に対して、「あなたの足が悪いのは」天罰が理由だなどと言ったら、とりあえず心証を悪くすることは間違いないのだが。実に不思議でもあり、多少滑稽にも映るといった反転した印象は避けがたい。
     それらの見方でいると、ついに足の悪い戦友を殴った行為や警察を呼んだ行為も白々しい茶番のように見えてしまうのだった。つまり、彼は自分自身の気分を完全には整理も出来ず、仮に相手へ伝えても罪の意識を植えつけるだけの効果が無いこともなんとなく分かっていた。


    〔4〕/〔5〕(残2517字)
     何よりも相手は色々な理由を並べ ――平穏な生活を営む一人間に対しては、過去の罪過を何とかしてまで突き止めていくのが(外圧・内圧を問わず)難しいのも当然ではあり――、彼の言う贖罪をどうあっても頑として撥ね付けるだろう。
     それら態度は、第三者の目から見れば仕方がないのではとも思わざるを得ない。もっと根本的なレベルで言うと、やはりそれを認めてしまえば、現在の自分を否定することになりかねない感覚を危惧したと想像するのは容易い。 
     理屈はおろか感情すらも伝わらない歯がゆさはO氏自身にあったとして、にしても実はかなりの程度で目の前の反応が当然なのだろうと、あらかじめ察して(諦めて)いた部分があったのかもしれない。
     そこで彼は「天罰」という言葉を持ち出してきたわけだが、かなり場違いな感じと言ったらいいか、口にした自身にすら、半ば自棄になって口をついて出てしまった瞬間のちに、後悔か羞恥かせいぜいバツの悪さを抱かせはしなかったか。

     事件が事件として意味を持つのは、一定の規則と合意によって秩序が定められ、多数の人間によって求められる姿が平時であると仮定している状態に対して、それを乱すことやまたは否定したときである。
     しかし今回は戦争という異常な状況の中で起こったとされる事件であり、となると変化が乏しくとも平穏安寧が最大の価値であるとする主張で形成された秩序の意味と、それが保たれている日常とは異なる規則と論理が戦争に存在することは、無視して論じたりは出来ない。確かに戦場での個々人の行為は軍規や戦争法によって厳しく戒められている一方、正式な手段を用いれば合法的に殺人が認められている状況は、常に人間性の逸脱を孕んでいると言っていいのだ。
     較べれば、憎しみや金銭に絡む個人の利害による殺人はある意味では健全ですらあるのだ。普段生命の尊厳や個人の権利の尊重をひたすら主張し、いずれ全地球人類に適用されるべき価値があると理念に掲げているはずの国家が一転、突然掌を返したように殺人を肯定(推奨)する。
     今回の事件(?)は、後数日で餓死するであろう現実を前にし人肉を口にしたという話だ。
     戦況の絶望感は生きる気力を失わせるほどであり、それでもやはり生存への欲求といったものはかなり強く、空腹になるにつれ増大する飢餓感は、あるいは戦場で生き残ることだけを正義とする一兵卒の倫理ではなく、またのみならず、ただ生きたいと願い行動する人間の最大最後に表れる欲求ではないだろうか。そう考えると、例の事件(?)を起こした当人を責められるのか、そもそもそれを事件と呼べるのだろうかという疑問に突き当たるのだ。


    〔5〕/〔5〕 
     ミッドウェイ海戦以降急速に制海権の範囲を狭め、補給路を立たれた南方戦線に向けて次々と送り込まれた兵士たちは、劣勢を告げられずにたどり着いた戦地で惨状を確認することとなった。
     銃弾で身体を貫かれ地雷で吹き飛ばされることは苦痛であっただろうが、一瞬で死んでしまうならばまだマシだったのかもしれない。
     南方戦線では物資の不足は食料どころか薬品にもおよび、赤痢やマラリア等の伝染病に長期間にわたって苦しめられた末に、なんの手も打てずに衰弱して亡くなっていった兵士が相当な数に上るといわれている。運よく病気に罹らなかった兵士、何とか病状を押さえ込み部隊に随伴する半死半生の敗残兵、現場では士官すらも空腹にあえぎ一兵卒ともなれば尚更であったと思われる。

     人間の掌を縦半分に切断してそれを口にするとき、結果的に元の形が分かれば分かるほど当然食べづらい。まずは人間の肉を口にすることに対して口腔や消化器内部からの拒絶感が、そして消化されるに従い自ら全体(身体・心・存在)が穢れへと苛まれる感覚があり、よしんば現在身体の一部になり命を繋いでいるものだとしても、やはり〈呪い〉の発生源の一つだといえるかもしれない。
     人間として「人間の倫理に背き、また純粋に沿い過ぎた行為」よって、身体性の保持の過程から統合に至る観念的なレベルの――O氏の場合あるいは越えた感覚で――異物・違和感、一種強烈な穢れの意識が引き起こされているのではないか。

     いつまでも打ち捨てすることを許さず(許されず)囚われた想いに従うが正しいと信じ、そうせざるを得なくなった彼はさらに自身に追い討ちをかけるように同じ言葉を発する。どこまでも自分を強迫・服従させ続けんとする、それが正に〈呪い〉なのだ。
     言葉で言い表せない感情は、元上官(病身の戦友とは別に訪ねた)との面会の後日にその長男を拳銃で撃ってしまうという、悲しき凶行の形で表わされたのだった。
     もはや、彼らの戦時中の行為を――特に組織的に行われたわけでない、個人的生命における最後に発せられた要請の末の蛮行であるとすれば――断罪することの不可能性について考えを及ばさなければならないのかもしれない。
     そこで彼にはいわば苦し紛れというかある意味のすがりつきとして、「天罰」という形で自らも戦友ももろともの断罪に最後の望みを託す以外、選択肢は残されていなかったのではないだろうか? 
     しかし「天罰」が覿面[テキメン]に彼ら(O氏はおそらく、自分の罪はもっとさらに重いと考えていたから)を罰してはくれない以上、ああいった全国行脚[アンギャ]のようなことをさせる自身の暗流とも表現出来る囚われの極まりに生きるしかなかった。結局は〈呪い〉からの解放を願い救いの求めすらも許されない、無間[ムゲン]地獄の絶望にしか居場所を見出だせずにいる姿、はっきりとした「天罰」の訪れをひたすらに待ちわびるむなしい姿だけがある、と感じてしまうのだ。

     戦場から数十年経て、法は変わり人心はそれを状況として認めざるを得ないか目を背けた。戦争犯罪人として最終的に総括されなかった者、特に一般兵、現代ではそんな罪無しの罪を裁く方法はない。
     彼が求める限りには自ら明確に残された輪郭も、ただ外側の人々にとっては色褪せた時代が後退する速度に付随して風化する。その中身(極限状況下における人間の「異常」心理)に理解の試みを全く止めた以降の時代では、元から存在していないとさえ見做されるかあるいは永久に棚上げされた罪だからなのだ。




    [貴方の応援が励みになります!!]

    エッセイ・随筆ランキングへ
    にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
    にほんブログ村

    テーマ : エッセイ
    ジャンル : 小説・文学

    エッセイ1話まとめ(雑記)【4】ヨッチャンと不良子供





    (2002字)
    〔1〕/〔2〕
     顔を歪め顎をしゃくりながら、「ヨッちゃんがよぉおー」と苛立ちを込めた声を発しつつ腕を伸ばし、全く身構えることなくいた私の腹をおもいっきり掴んだ上級生は一体誰だったのか。顔はなんとなく憶えているが、名前は分からない。おそらく不良予備軍のようなものではなかったのか。向こうは六年生、こちらは三、四年生くらいだと思う。
     ちなみに「ヨッちゃん」とは前年か当年度あたりに着任した新校長である。下の名前からそういったあだ名を勝手に彼がつけたのだと予想した。
     一教師に対してなら場合によっては親しみの視線とともにあるいは皮肉や嘲り蔑みを込めて、特に後者の場合結局は直接的過ぎてひねりのない、または身体的な特徴などから安易に考えだされた幼稚な名前が与えられることもあるとはいえ、小学生が校長にあだ名をつけようとする自体が普通はありえないだろう。
     一番の理由としては相手の反応が帰ってこないからまず面白くもないし、仮に学年中に広がり自分が言い出したことがもしバレでもすれば、上からの叱責を恐れる(この部分の場合によってシビアな関係性は、小学生ではあまり理解していないかもしれないが)担任にひどく怒られるかもしれない、と子供特有の空想的な慴れの感情があるきっかけで突然に生まれ形を成し、わずかにでもそれに思い至れば。

     校長という存在は自分たちのクラスを受け持つ一般教師とは異なり、接点を持つ機会がない。
     それにある意味では、人生で初めて身近に接する『偉い人』である。自分たちを教育する教師の上に立ち、まとめ上げ命令を下す――従来までは大人である担任の先生であっても、接する機会の多い人間に対しての情を基にした関係性から、相応程度の親密さを込めたコミュニケーションを取ることが出来たとして、校長にはそれがほとんど難しい。彼らにとっては校長への距離は限りなく遠いのだ。
     まるで社会の厳格さを表す最も外側の殻を初めて目にする現実でもあり、自分のような子供のことなど歯牙にもかけない人間によって構成されている、社会の成り立ちの強度を、また『偉い人』のいる場所は一見近しく感じられながらも、越えがたい壁の分厚さがあるのだと思い知らされる。小学生ごとき者にとっては不可侵な存在といっても言い過ぎではない気がするのだ。


    〔2〕/〔2〕
     校長に対して多少でも小学生が負の感情を持つこと自体がかなり珍しく、具体的に何かを言われたり、あるいは新任の校長にいきなり目をつけられるくらいの悪ガキだったのだろうか?
     彼が相当の札付きであったととしても所詮は小学生である。どれほどクラス内で粋がってみせようが、やはり特に大人側の教師からは子供の悪ふざけ程度にしか映らないわけだ。
     しかし、学校の中で最高の権威を持つ校長をあえて「ヨッちゃん」などと軽々しくあだ名で呼ぶとき、実は一見親しみの感じさせる呼称の裏に校長の個的な人格に直接触れることを期待する、いわば一線の踏み越えといった彼の密かな企みがそこに発揮される。立場や権力によって虚飾された権威の一部分を剥ぎ取り、自分と同じ一人間にまで引きずり下ろし相対化し自らに近づける。
     その結果、期せずして周囲の児童からの「恐れ知らず」という評判を手にすることが出来る。また教師は恐慌や腹立ちよりさらにも、自分が全てを把握し調整、操作可能な、どこまでいっても所詮子どもという枠を半歩でも踏み越えた者に対し、実際には全体像を掴み切れていないと思い知らされたことへ、根源的な気味悪さを覚えたのではないか。つまり彼という児童から提出された、無力な付き従うのみの存在として規定した大人への、一つの反抗の態度だったのではなかったかと私は見て取るのだ。
     あくまでも憶測、というよりかは現時点の私から見た面白がりとしての視点であり、それにしても彼をある意味で買い被り過ぎといえるかもしれないが。
     確かにいくらかの子どもでは社会の強固さを知り驚かされると同時、自らの無力さとの兼ね合いからそれを無視するか認めないか、または理解が及ばないままではあっても脊髄反射的な、あるいはもう少し根源的な要請からとりあえずの、しかし止むに止まれぬ攻撃性・嫌悪を代表的とされる対象へ向けることもある。余程こじらせない限り、そう遅くない時期に誰もが悟らされるにせよ。

     大体彼と私にどんな関係があったのかを全く憶えていない。そういえばそれが行われた場所は、確か人気のあまりない校庭の裏側だったはず。学校を囲う壁とグランドの間には緩衝地帯のような小さな森があり、そこを訪れると静かで気持ちが落ち着く場所というわけでも全然なく、むしろ日中は鬱蒼とした木々に日を遮られ昼間でもただ薄暗い、少しばかり陰気な感じのするところだった。
     中程まで行くとちょっとした庭園風の小さな池があるのだが、欄干のない古びた石橋が架かった袂近くでの出来事だったと思う。一度あったきりで、以降声を掛けられたこともない。




    [貴方の応援が励みになります!!]

    エッセイ・随筆ランキングへ
    にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
    にほんブログ村

    エッセイ1話まとめ(雑記)【3】NHK教育と無頼派





    (1942字/1998年10月に記す/2012年06月補筆修正)
    〔1〕/〔2〕
     特に休日の予定もなかった私はたまたまその時間まで惰眠を貪り、目を覚ましたと同時に寝床の近くに転がっていたリモコンを手さぐりで探し当てることをした。ついでに電源ボタンを押したのちしばらくしてから枕に片肘をつき、日曜の朝の退屈なTVを視聴するかなどと思っていたのだ。
     チャンネルを回した時にほんの瞬間将棋の番組が目に止まり、一人の男――棋士の顔がアップに、続いてズームが引かれるやいなや咥え煙草をしたのである。私は唐突に目にしたその光景が、初めて目にした日曜の朝の健康的な囲碁将棋番組(視聴者もそれなりに健全な暇人であるはず)にはなんともふさわしくないものだなと、可笑しくも感じてしまったのだ。
     もう一方の対局相手も同年代らしい男で、咥え煙草の男が考え込みだしたら途端に正座から――人目を気にしてみせ多少周囲を窺いながらも――、出来るかぎり小さな動きを心掛けつつといった様子で足を組み替え、あぐらにもっていく按配[アンバイ]だ。どうにも調子が掴みづらく、見ているこちら側も恐々とであっても、次に何をするのだろうかとを期待している部分もあることはある。

     私は初めて観たNHK教育の昼前の番組に対し、随分とざっくばらんに進行しているなあと相変わらず無責任な面白がりのうちにいたところ、ふとその奥、テレビ視聴者側からしてもやはり奥に位置する場所に、若く美しい女性がいることに気がついた。
     正確な名称は分からないが、対局者が一手打つ毎に残り時間を告げる係の二十二、三歳くらい人は静かに座り、果たしてよく見ると顔全体は小さく均整が取れ、顎はすっきりと頬は柔らかな血色[ケッショク]を湛えている。目は比較的切れ長なつくりだったが明るめの化粧のためか、年齢に相応しい愛嬌を見せるものだった。
     品の良さは感じさせるも、それと同時に現代風の若者にも通じる気兼ねなさもある。あくまでも私の偏見として言わせて貰うと、そのように綺麗な人が将棋の世界にいるとは思っていなかったのだ。


    〔2〕/〔2〕
     気になって見やると、初めて観ていたのでTV中継をされる際のルールそのものを知らなかったのだが、隣りに座る人はどうやら譜面を読み上げる仕事で、先手○○、後手○○などと進行状況を逐一口頭で読み上げていく係のようだ。

     棋盤を前にして対峙[タイジ]する中年に差し掛かった、TVに映っているにも関わらず野暮ったいとも言える見た目をほとんど気にすることもない男性二人と、奥で神妙な面持ちに対局の補佐的な役割をしている彼女とでは全く人種が違う、といった感じを受けたのだ。それは私が持った印象を素直に口にするという意味では、決して嘘や大げさなものではないと言ってもいい。
     改めて男女を見比べて、前面にいる対局者の中年棋士が妙に淫猥[インワイ]な雰囲気を伴わせているのだ。一人の髪はちぢれボサボサであちらこちらに乱れ放題――そしてしょっちゅう頭を掻きむしり、時間が経過して少しだけ落ち着いてきた髪は、またしても破滅的な髪型に逆戻りすることになる。
     また、無精ひげもまさに何も手を加えずに放っておいてある無頼の風体[ブライノフウテイ]とでも表現しようか、自分の身の回りに敢えて一切気を使わず、さらに言えばそんなことを気にする必要もない、暇が、意味がないとでも主張しているのだろうか、しかし表情には一切の堅さもなければ険もなく、想像する年齢の割に肌ツヤだけは悪くない。ほのかに赤らんだ血色のお陰かシワも目立たず、随分と力が抜けて気楽にも口角を片方上げ、周囲の空気全体を冷やかしながら楽しんでいる。
     まずは汚らしい風貌のオッサン、というのは事実ではあっても同時に表面的な印象でしかなく、隠されたその奥は何であるかと、画面を見守るこちら側にじわりと染み込む存在感をもって確かに差し迫るのだ。
     もう片方は見た目は対局者ほど強烈なものではないにせよ、それでも綺麗に揃えられた口ひげが逆に卑猥な印象を少しだけ与えもしたが。とにかく棋士二人がなんとなしに、ただ確実に時計係の女性に対して目には見えない性的な匂いとでも表現したらいいか、そういったものを発して――彼女も十二分に理解して、同時に敢えて素知らぬ振りをし続けて――いるように感じたのだ。

     朝からなんとも馬鹿馬鹿しいことを考えてしまったと、我ながら呆れてしまったのを認めつつも、いかんせんそう受け取るほかなかったのだから仕方ない。
     おそらくあの人は、いや間違いなく中年棋士に抱かれている、と。綺麗な黒髪をした静かな印象の女性が声を押し殺し、髪を振り乱して無頼派棋士の背中に手をひしと絡めている姿が、否応[イヤオウ]なしに自動的に頭の中に浮かんできたのである。そう、確かに単なる妄想でしかなかろうと……全く振り払うことの困難な随分強固なものとして。(了)




    [貴方の応援が励みになります!!]

    エッセイ・随筆ランキングへ
    にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
    にほんブログ村

    エッセイ1話まとめ(物語構成)【1】自分がいなかった頃/修正版





    (3447字)
    〔1〕/〔3〕  
     小学校低学年くらいまで、僕は僕のことが分からなかった。自分がどういった人間なのか上手く理解していなかったということではなくて、自分自身を指す枠の範囲がほとんど把握出来ていなかったという意味で。

     自宅に繋がる細い路地を抜けると、目の前は古くからそこに住んでいる家族の一戸建てがあり、左右には道が続いている。右を真っすぐ行って交差点にぶつかるとその斜[ハス]向かいには警察署があって、左を道なりに進めば駅前へと伸びる大通りにやがて接続する、片側一車線の狭い道路に突き当たる。両方とも歩いて二三分以内の距離だったが、友達の家にいくまでにはそんな時間すら必要ないほどに近かった。
     彼と友達になった時期は、これまでの人生の友人遍歴[ヘンレキ]における年表の中でもほぼ最初期に位置していた。まだ幼い僕にとって、『友達』という対人関係は初めて触れるものだったように思う。

     T君は饅頭[マンジュウ]のようなまんまるとした顔をしていた。でこは広く、目は仔猿のようにキラキラと周囲の対象に忙しく注がれ――、そして彼の話す言葉は大体が理解出来なかった。それは、現在では忘れてしまっている分もあることはあるにせよ、それよりどんな目的で彼の家に遊びに行ったのかがどうしても思い出せない。さらに言えば、遊びにいくという行為が何を指しどのようなことを意味しているのかすら、本当に当時の自分が分かっていたのか疑わしいのだった。
     彼の家は三部屋かひょっとしたら二部屋くらいで、お世辞にも広いとは言えない間取りだった。集合住宅特有のなんとも形容しがたい臭いは後年まで僕の苦手なものだったが、初めてそれを嗅いだのは多分T君の家のドアを開け、一歩足を踏み入れたときではなかったか。
     部屋の中では、ファミコンゲームを彼がやっているところを黙って見ていた。母親の姿は見えなかったので共働きだったのかもしれない。それはウチも一緒だったので、周囲に家族がいないのかとを気にしてみたりもなかったが。
     そこで結局、僕は何もしなかったような気がする。本当を言えば『友達』などという関係に勝手に当てはめたのは現在の僕であって、当時はそんなこともよく知らなかった。自分とTくんとの間柄については、街ですれ違う年齢の同じくらいの他人とは当然異なるし、それでいて、学校で別クラスの同じ人間を何度か目にした際に「ああ知っている顔だ」として一瞬だけ心に立ち止まる関係とも違うと、そういう風に感じたことは一度もなかった。

     彼の家に遊びに行ったのは二三回だったろうか。いつから関係が途切れたのかも分からないし、それを惜しみもしなかった。寂しいといった感覚も正直に言って一ミリもなく、正確に言えば、彼についていつの間にか全く関心がなくなっていた。よく分からない関係が勝手に始まり、気づかないうちに終幕が迎えられたという説明が最も正しく表している。
     後に親から聴いた話によると、彼の家族はいつだったかにその部屋から引越しをしたのだとか。何かトラブルがあったみたいだという話をどこかで耳にしたそうだが、あまり定かな内容については知らなかったようで、それ以上詳しく尋ねることもしなかった。
     親が知っている断片的な情報の中に、転居先は二つ上の階の以前より通りから奥側に引っ込んだ部屋だという異様な顛末[テンマツ]が含まれ、しかしさすがに子供心には理解をはるか超えていたというのもあり、確かなこちらからの反応といったものはなかった。それよりさらに、彼のことについて一切興味がなくなっていたからとの理由もあったから。
     横目に見た母はおかしな話ねなどと口にしていたが、『友達』の顔は輪郭を残して暗転したま
    ま、やがて窓から覗く青空に馴染んで姿形は見えなくなっていった。


    〔2〕/〔3〕 
     T君と束の間にあった出来事の後だったのか、それとも以前に起こっていたのかなんともはっきりしない。
     その子の家は同様に僕の自宅から非常に近く、歩いてすぐの距離にあった。
     今回の話には関係ないがそのアパートの目の前には同級生が住んでいて、周囲には他にも学校で知った顔が住んでいることはのちに知るところとなったが、今でも同じ家(実家)にいるのかどうかは別にして、自宅から歩いて数分以内に同級生の住んでいる家がかなりあったように思う。近所の範囲が公立の学区に含まれているのだから当然といえば当然としても、兄弟・姉妹含め学年並びで同じ学校に通っている家も多かったとまでなると、その頃は現在よりも子供の数がいくらか多かったからなのかもしれない。

     当時鍵っ子だった僕が学校を終えて家にまっすぐ帰ってきても、誰も家にいないことが多かった。一番早い時間に仕事を終えて帰ってくるのは祖母だったが、その頃はまだ老人と呼ぶには少しばかり早いような年齢と健康な身体をしていた彼女は、駅前の食料品店の事務所で毎日15:00過ぎまで働いていたのだ。父親は言うまでもなく、母が仕事帰りに買い物を終えて帰ってくるのも、季節によってはそれなりに日が沈みかけた頃になる。
     一人でいるときはいつもそうで、何かすることなど何も考えつかなかった。TVを観ていても、特に夕方前の時間帯の番組は面白くもなくすぐに飽きてしまったし、誰もいない部屋でぽつんとしていると時間が過ぎるのがとにかく遅く感じられた。何より、寂しいような心細いような気分でどうにも落ち着かない。
     僕はとりあえず外に出てみようと、窓に向かって外の天気を確認した。ひょっとしたら家から駅方面に続くまでの直線の道のりで、家族のうちの誰かを迎えることになるかもしれないとの期待も併[アワ]せて。
     玄関までの階段を降りるとき、出来るだけ足音を立てないようにした。マジックテープ式の靴をゆっくりと履いているあいだに、自宅に続く路地辺りかせめて近くで自転車のブレーキの掛かる音がすればいいと耳を澄ませた。数分後には靴のつま先を地面に軽く打ち付けてから玄関の引き戸に手をかけ、相変わらず外からは何の気配もしない。

     その頃の僕の行動範囲は――少なくとも現在から手繰[タグ]る記憶の中では――、学校への通学路を除けば随分と狭かったのだ。自宅目の前の直線に伸びる道路と、そこを警察署方面に歩いて50メートルくらいの間に四カ所枝分かれしている細い道の、特に手前にある二本の路地くらいは突き当りまで行ったことはあったが、奥の方は大抵途中くらいしか歩いてみた覚えがなかった。
     その日は何故か急に思い立ち、いつもは最後まで歩き通すことのない奥側の分岐点の先を覗き込み、しばらく考えてから真っ直ぐ伸びる突き当たりまでの100メートルくらいを冒険してみようかと考えた。――自分の胸に霞[カスミ]がかったような不安と期待の入り混じった小さな決意があるのを知り、そんな気分を不思議にも眺めながら落とし込む。
     歩き始めると普段知っている道からはすぐに離れてしまい、それぞれ少しだけ雰囲気が違う周りの家の外灯やポスト、門扉[モンピ]など、目に飛び込んでくるどれもが見慣れたものとは違って奇妙な形に見えた。さらに左右を見回して歩いているうちに、初めて見る駐車場や頭の中に無かったはずの細い道などが眼前に迫ってくると、段々と不安になっていることに気がつくのだった。
     気持ちを宥[ナダ]めるつもりとそのような不安など元々ないといった自身への騙し合いのさなかで、いくらか逸る気持ちを抑えてゆっくり後ろを振り向くと、見慣れた曲がり角はさっき通過したばかりでまだ30メートルも離れていなかった。僕は少し安心して、今いるところを真っ直ぐ進んでもまだ大丈夫だろうと自分を奮[フル]い立たせ、黙っているとすぐにでも湧き上がる怖さに先行しなければとわざと小さく頷いてみる。

     100メートルばかり進み辿り着いたのは、初めての曲がり角。一息ついてなんとなく上を見上げると、金属部分のあちこちが凹んでいるオレンジ色に塗装された古いカーブミラーがひっそり、何の親しみも感じさせずに立っていた。目の前は高い塀とその上に顔を覗かせる太い幹の青々とした樹木のある、立派な石造りの門構えの家。
     当たり前だが、2.5メートルくらいの高さにあるカーブミラーの真下に立つ僕の姿は映っていなかった。そして、その代わり鏡に映る微妙に歪んだ世界の方にある道は、今まで歩いてきたはずなのに見覚えがなく誰一人そこにはいなかった。自分がおかしなことや間違えたことをした罰として、鏡を通して偽物の世界に皆が消えてしまった後なんだ、もうこっちには僕しか残されていないんだと、目の前へ取り返しのつかない現実を唐突に突きつけられた気持ちになった。当時はそれが怖かった、とても。
     首を傾けた先に待ち構える左側の通りは、自分の知らないところだった。
     人が住んでいるはずなのに、全然自分とは違う人が住んでいるようで親しみの感じさせない家や、時間の進み具合が少し周囲と異なって見える洋風建築の古い開業医院、それに店の間口が閉じられひっそりと静まる、寿司屋や居酒屋らしきからは声一つ漏れ聞こえず、それぞれの庇の下から突き出して掲げられた、年季の入った看板はへこみが方々にあり形は歪み、印刷された人の奇妙な笑顔は顔半分を不吉に錆[サビ]が覆っている。
     さらに道の先、経験したことのないゆるやかな角度の坂道を登り切ると、高い柵に囲まれた孤独な鉄塔が浮き上がっているのだった。
     早歩きでもと来た道を戻った。周りから見れば、口をぽかんと開けた小さな少年が小走りに道を急いでいるように見えただけかもしれないが、僕はほとんどそのときには泣きそうだった。しかしそんなことをしているよりも、気持ちを我慢して少しでも早く逃げないと手遅れになるかもしれないと、随分と必死に。ふと気になり、それでも絶対に振り返って鏡を見てはいけないと自分に言い聞かせた。

    〔3〕/〔3〕
     いつもの場所に帰る突き当りのT字路まではまだ遠い。何かが後ろから迫ってくるような不安な気持ちになり、いま自分がいる直線上にはずっといてはいけない、そうやって正体の知れない何かを想像しては、より一層気味の悪い視線を受けていると気付かされる。
     どうしても我慢が出来なくなって、途中で目の端に止まった脇道に入ろうと右に反れることにした。そこもあまり利用した記憶のない通りだったが、距離としてはより自宅に近づいたはずなので僕はだいぶ安心した。
     少し足を緩め左右を確認していると、さっきまでの気分はすっかり忘れてしまい妙に落ち着いていることに気が付くのだった。もう家族が帰ってきているかもしれない。
     十数メートル進んだところで、左斜め先には以前にも何度か目にした覚えのある、多少馴染みの屋根付き駐車場があった。そこを曲がると自分の家の目の前に出る。ほんのちょっと怖い思いもしたが冒険は半分成功した、その頃には自分の成長を少しだけ感じていたような気がしていたのだった。女の子に声を掛けられた。

     初めて見た顔。同い年なのかどうかも分からない。学校で会った感覚も、余韻もない。その子は自分が住んでいると突然に告げてきた後ろに佇むアパートに、僕はお呼ばれをされたのだ。
     ドアを開けるとすぐDKになっていて、玄関で靴を脱ぐと早速目の前の洋風テーブルの椅子に腰掛けるようにと促された。内装は綺麗に統一された白一色だ。それこそ家具も、テーブルクロスもカーテンから食器に至るまで。間取りは、当時ではまだ若い夫婦だった団塊[ダンカイ]か少し上の世代がニュータウンに購入した、団地住宅に近いものではなかったか。現在になっては二[フタ]時代昔の懐かしいTV映像を伴っている。
     そこで確かケーキと飲み物を出されたはずだ。僕は少しの恐縮と、大いなる困惑の間をさまよいながらもそれを平らげたのだろう。何を話したのかは全く憶えていない。何も話していないかもしれない。冗談を言っているのではなくて本当に話すことなど無かったような、当時のこの身体の中には、赤の他人に語る言葉どころか接し方の目録みたいなものすらなかった。
     変な言い方になってしまうが、この心も身も、つまり欠片が何とか寄せ集められただけの、間に合わせに人らしい姿を留めているだけの状態だったのだ。まだ低学年の小さな子供にはそういった面が程度の差こそあれよく見られ、僕にしてからは、大げさに言えば世界のとりあえずのあり方や自身の位置、安定した折り合いの仕方を理解をしたりしっくりこない感じに抵抗を試みるどころか、違和感を覚える頭すらなく、ふらつく意識を付き従えまたは振り回されながらただ目を開いて、薄い膜の張る世界を眺めていた。

     女の子の顔について現在になって思い浮かべてみようとしても、どうしても不確かな表情と声と突然に無人の部屋の風景がごっちゃになってしまい、昼間の強く眩しい光が夏用の薄いカーテンを通り抜け部屋の家具やその子の顔、僕の手をひたすらに白く染めていたという風に、目が醒めた後に夢の姿をしばし紡[ツム]ぎだすようにしか辿ることが出来ない。
     微かに頭の片隅へ残っている彼女の顔と言えば、綺麗な卵型をしていたことと穏やかそうな性格をいかにも表しているかのゆるやかな眉毛、そしていくつかのほくろがどこかにあったことだ。おそらくバイアスがかかっている記憶であると承知の上で敢えて付け加えれば、残されたイメージの中では確か白いワンピースを着ていて、台所のすぐ傍[ソバ]にある、木製で背もたれのついたアンティーク調の椅子に座る様子を目の当たりにしていた。

     彼女の苗字がAというのを現在では知っているが、最初にいつそれを知ったのか、やはり分からない。自分とは同級生ではないのかもしれないと感じていた理由の一つとしては、僕は誰に対してもそうだったがそのときも女の子に圧倒されていて、まるで数年年長の姉に色々と教えられてはその姿を真似してみたり、言われた通りに何やら恐る々々従ってみる態度だったからだ。自分の無知・無力さをつねづね思い知らされ、自発的に物を考えることもあまりしない癖のついた年少者にありがちの。
     ひょっとしたら、彼女は僕が誰であるかなどは全く知らなくて、たまたま目の前を歩いていた少年を招いてリアルなおままごとごっこをしたのではないかとも、いま現在になってふと考えたりもしてみた。しかし、さすがにそれは無理があるだろう。
     そういえば家に招かれて色々と接待をされていた際、彼女の両親の姿その影かたちさえも一切目にすることがなかった。あるいは、同様に寂しさややるせない気分を抱えていたのか。
     その子とは二度会うことはなかった。




    [貴方の応援が励みになります!!]

    エッセイ・随筆ランキングへ
    にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
    にほんブログ村

    テーマ : エッセイ
    ジャンル : 小説・文学

    天気予報

    -天気予報コム- -FC2-
    プロフィール

    Ununz

    Author:Ununz
    Ununzです。自作小説・エッセイ・他雑文・ 夢日記・旅行記を発表していきます。御用の方は[junejulyonline55@gmail.com]か、ページ下部にあるFC2メールフォームからお願いします

    なおリンクを随時募集しております。相互リンクを御希望の際はカテゴリ【リンク関連】へコメントを頂ければ助かります

    ランキングに参加しています
    まだまだ、もっと大きくなります。これからです
    最新記事
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    全記事表示リンク

    全ての記事を表示する

    お気に入り 修正版
    登録&ひろがるリンク(BlogPeople用)
    ブロとも一覧

    LEVEL1 FX-BLOG
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    CustomRssReader
    村内回覧板
    QRコード
    QR
    カウンター
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。