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    エッセイ(物語構成)【8】ARAMAKI~4(了)





    (1559字)
     サークルが出来ると決定した直後は特に何も考えず、たまたま隣の机に座っていた若い子らとの雑談で、小説を書くとはこれこれこういうふうな取り組みであってなどと、鹿爪らしく助言やらを口にしていたのだった。書いたことがないから大丈夫かなと心配する相手に対しよく分からない先輩ヅラをして、いま思えばその内容も併せ全く無残で痛ましさに堪え得ない調子に自ら気づかず、もっともらしい(失笑モノの)文学論まがいやらを。
     そんな私から提出されたまずもっての第一段、お試し兼々とはいえ印象付けには最も重要な一週間目の課題が、取り付く島もないほどにクズみたいなものだったらどうしよう。

     ひょっとしたらここに集まっている奴らは後の小説家の卵で、このサークルは伝説の文学サロン的な扱いをのちに受けることになるのではないか、などとはさすがに考えなかったが、とにかくも彼らは書き慣れているのかもしれないと思ったのだ。文章技法に対しての知識はなく読書量は少なくとも、何本も仕上げるだけのことはしてきたのかもしらん。
     そうやってあらぬ想像が膨らんで頭をもたげてくるとさらに碌でもないことに、周囲を見渡してみれば自分はこの中では二番目に年上ではないかと気がつき、どんづまりの崖っぷちにまで自らを押しやる始末となったのだった。
     もしも、やっと捻り出した末に持ってきたものが目も当てられない駄作中の駄作だとの烙印を――しかも場合によっては同情を含ませた無言を添えた上で――押される羽目になったら……。こちらからは控えめにも主張を避けているためか、年長者であるとの一応無視出来ない条件は慎ましさの印象とともに受け止められているであろうものの、結局はそれだけでなんとか保たれている、彼らからの一応の敬意らしきものが失われたらどうしようか。そうだ、ここに集まった連中のこちらに向けられた親密さと、多少期待の混じったかの視線がまるっと入れ替わって、ただ無駄に齢をとっただけのおっさんかよ、といった評価に変わったらどうしよう。
     テーマは「新巻き鮭」だった。私は『ARAMAKI』と呼ばれるコードネームの殺し屋の話でも書こうかしらんなどと、迂闊にも十数分前にはニヤニヤしながら軽口を叩いていたのだ。「それ、おもしろいっすね。もうそこまで考えてんすか、さすがですねぇ」ノリは軽くも、正真正銘感嘆のこもった言葉を四歳下の同級生に掛けられた。ああぁ、どうしよう。どうしようか……。

     こんなふうに、辞書を開いて適当に選んだ単語をテーマにするなんて間違っている。もっと小説って、そうだろ? 小説ってのは……なんていうか、魂の結晶の発露っていうかさ。もっとさ、……もっと時間をかけてゆっくり何度も手直ししながら、それこそ一年くらい掛ければ俺には相当の大作が書けるんだ。いやいやなんて言うか、小説を捉える感覚? 世界との関わり方ってやつ? 合目的的な間主観性あたりがアウフヘーベンじゃないんだ、違うんだよね。俺はさぁ、俺は本当の小説家になりたいんだ。ドストエフスキイを読んだことがあるか? 無いだろう? 俺はああいう作家を目指しているんだからさあ。

     二度目の訪問はなかった。サークルに所属しているクラスメイトに時々「小説出来ましたか? いや、俺なんか全然話が浮かばなくて」などと声を掛けられる度、曖昧な笑みを浮かべてごまかした。いやいや、なかなか難しいよね。
     一ヶ月が過ぎる頃には、私の周囲からサークル活動の話題自体があまり聞かれなくなっていたことに気がついた。どうせ思いつきで始めたものだし、実際には集まってうだうだとすることがメインの目的だったのだろうから、場合によっては近いうちに消滅するかもしれないと。それならそれでいいさ、いやむしろ……。
     その後に『文学実践サークル』がどうなっていったのかは知らない。




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    テーマ : 思うこと
    ジャンル : 学問・文化・芸術

    タイ旅行、後日まとめ記【7月18日分】~21

    (1893字)
     擦れ違うときにやたら愛想の良い彼が渡してきた小さな紙切れを見るに、つまりスーツを安く作る店の紹介状なのだ。受け取るときに何か言われたのは、多分その紙をトゥクトゥクの運転手に見せろといった内容の言葉だったのではないか。
     伊勢丹を探している途中だったので、寺院から少し離れた場所で客待ちをしているトゥクトゥクを適当に見つけて乗せてもらう。もちろんスーツの男からもらった紙は見せなかったが、その運転手は後になって分かったがグルだったのだろう。周囲の数人がマージンを受け、店まで客を運ぶ約束でも結んでいるのかもしれない。客であるこちらの言うことも碌に聞かずに勝手に車を走らせたのだ。不安になりローマ字で伊勢丹という単語だけを大きく書いた紙を運転手に見せるも、振り向いて一瞥した相手はよく分からない鈍い反応しか起こさなかった。
     トゥクトゥクの運転手はおかしなところに寄り車を止めてしまったので、やはりそうだったのかと思い腹を立てたが、同時に自分の迂闊さにもうんざりしないというわけにいかない。なんとも面倒臭そうに指差す運転手の視線の先にはちょっと洒落た感じのしたブティックがあった。車上から確認出来る店頭には男性用紳士服が小奇麗に陳列されているところにして、これがそうなのだろう。私は当然金を払わなかった。無視をして遠ざかると最初のうちは追いかけてきた運転手はやがて諦めたのか、自分の車へ帰りすがらに何か悪態をついているらしかったが……そんなことは知ったことではない。
     
     少し歩いていると、路肩に止めた空車のトゥクトゥクの中で弁当を食べている若い運転手の姿。試しにエラワンプームに連れて行って欲しいと頼んでみた。運転手は食事を途中で切り上げこちらに座席に乗ってくれと促すのだった。ふたを閉じた弁当箱を脇に置き、やがて軽いエンジン音をさせ静かに走り出す。
     しばらく中心市街地の整備された幹線道路を走っていた。街中は白を基調にした建物が多く、左右を見ても高層ビルや瀟洒[ショウシャ]なホテルの他にもブランド品を扱う店が立ち並び、整然とした町並みを形成していた。私は場違いな世界にいるような、少し居心地の悪い気持ちになっていることに気がつくのだった。
     旅の間に随分と慣れ親しんだカオサン通り周辺は、お世辞にも綺麗とはいえない小規模の各種商店がでこぼこに並び、各々が大きさや色合い匂いを勝手気ままに自己主張をし、それでいて確かに混沌を積み上げた秩序のような何かがある。一種のカオス的なコスモスとも表現出来る街並みがトゥクトゥクやバスの車上から次々に目に飛び込んでくるとき、少々の背徳感が伴ったなんとも言えない楽しさというか高揚を感じたものだ。
     カオサンの周辺は道路も特に混雑しており、マナーの悪いタクシーや自家用車が我先にと道路にひしめきあい、さらに渋滞をひどいものにさせていたのだった。タイの車の排ガス規制がどうなっているのかは分からないが、まるで二昔前の日本のディーゼルトラック同様に濃厚な煤塵[バイジン]をそこら中に撒き散らしている。対策として交通整理をしている警官は皆、顔の半分近くを覆うしっかりとしたマスクをしていたのだ。

     10分程度車上で揺られていると、視線の先に日本の駅前にあるタクシー乗り場のような小型のロータリーが現れた。ロータリーでは十数台のトゥクトゥクが思い々々に過ごしている。近くに運転手の見られない車も数台あり、大抵は車から身体を乗り出したり寄りかかったりしながら運転手同士で雑談をしているのだった。
     運転手は二列に並んでいる縦列駐車の最後尾に向け減速を始め、ときどき見知った顔の同業者に挨拶を交わしているようで、最後尾に着くとこちらを振り返ることもなくあっさりとキーをひねり、完全にエンジンが切られてしまうのだった。ここ数日は、声を掛けたり掛けられたりした人間に半ば当然のように騙されていたせいもあり、まあこんなものかもしれないと諦めることに、とはいえ、ツイていないときにはとことんまでツイていない。

     私は周囲のビルを見回し、やはりガイドブックに掲載されている商業ビルの外観はどこにも見受けられないのを確認する。先ほどまで雑談をしていた集団がこちらの様子をちらちらと伺っているであろうこと、それが手に取るように分かるのだ。ただし無知(カモ)な旅行者を眺めにやにやとしている感じでもなく、突然自分達の居場所(一種の休憩スペースなのだろう)にひとりきりで現れた外国人を少しばかり怪訝としている様子ではあった。という点では、場合によっては多少心強くというか、敵にも味方にもなり得る可能性はなくもないが。

    テーマ : 旅行記
    ジャンル : 小説・文学

    タイ旅行、後日まとめ記【7月15日/7月18日分】~20





    (1464字)
    23日目 ほとんど1日寝ていた。彼がいたらこの姿を見て発狂するか、蹴り殺されるかもしれない。いや、愛想をつかせてさっさと私の元から去っていくことだろう。午後八時頃に目が覚めた。九時になって食事のために下に降りる。日本語のメニューのある店でラーメンとシンハビールの大瓶を飲んだ。ほろ酔い加減でコンビニへ寄り、酒とつまみを買ってホテルに戻る。部屋で飲んで寝る。


    24日目 昼前に起きて水を一杯だけ飲んでからタバコを吸い、カバンの中身を取り出していちいち確認をしながら途中まで整理をする。残りはベッドの上に置いたままに、昨日まで書きつけた枕元の日記を手に取り軽く見直し、そばにある窓から外を見たりと特に何もせずにボーっとしていた。
     ふとナイトテーブルに視線をやると空のコップが一つ伏せられ、その隣りには昨晩自分が何かを書いたメモが一枚置かれていたのだった。メモを遠目に眺めてしばし、やがて内容を理解すると眠気は一瞬にして吹き飛ぶ。
     チェックアウトの時間が寸前に迫っていたのだ。そのことに唐突に気づかされ――ここの宿泊費をさらに追加で払う羽目にでもなれば帰国までの金がやばくなるかもしれない。早くしないと強制的に料金が発生しかねない、と考え出すと途端に頭が真っ白になりかかる自分なのだが、それを落ち着け、冷静にまず散らばっていた手荷物を纏め上げなければならなかった。こちらが時間が近づいてもカウンターに姿を表さないので、延長するのかと思ったのであろう受付にいよいよ内線電話で呼び出される。早口のたどたどしい英語で断るとすぐさま、受話器を置き急いで部屋を出た。
     宿を後にして色々歩き回った挙句に結局カオサン通りにトゥクトゥクで行き、マルコポーロというホテルに泊ることにする。その日は特に何も無い。一泊で250B、加えて300Bが鍵の保証金だとか。

     
    【7月18日】記 25日目について
    25日目 朝から歩いて伊勢丹の紀伊国屋を探した。途中寺院に立ち寄り、たまたま声をかけてきたシンガポール人(彼曰く)と少し話をした。自分の着ている立派なスーツのことや奥さんのことなど。話をしているうちは人懐っこい笑顔でいい人なんだろうと感じていたが、話を一方的に聞かされているうちに段々と彼の身に着けているスーツが話題の中心になり始めた。君も自分のようにいいスーツを着ればもっと見栄えが良くなるとか、女の子にももてるとか大方そういった類の文句を喋っていた、と思う。
     嫌な予感が的中したみたいで今まで好意的に見えていた彼の笑顔が、営業用にわざとらしく誇張されたものだったことにようやく気がついた。だらだら話を引き伸ばされるとペースに乗せられてしまう可能性があると思い、撤退の瞬間を見極めることにする。
     携帯電話の呼び出し音がポケットの中で鳴る。私の携帯電話はとある準備をしなければ海外で使えないので、日本に置いてきていた。なので目の前の男のものに違いないだろう。誰かと電話をしているあいだ、次に話す内容でも頭の片隅で考えているのか、またはタイミングを計っていたのかは分からないが少し遠ざかるその隙を見計らい、彼に笑顔を見せアイム・ビジーと言い放ち後ずさった。

     結局、寺院で1Bを賽銭として投げ入れるだけして帰ることにした。帰り際には入って来たときとは反対の出口を選んだのだったが、運悪くスーツ営業の男に見つかってしまう。私と目が合って手を振ってくる彼に対して軽く一応の笑顔を返し、あまりに遠ざけるとこちらの不信感が強烈に伝わってしまい具合が良くないと、近くを自然に通り過ぎることにした。




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    テーマ : 海外旅行記
    ジャンル : 旅行

    エッセイ(物語構成)【8】ARAMAKI~3





    (1420字)
     早速一定の自治権を獲得して、それを遂行出来る立場の学生となったであろう自分たちが最初にすることといえば、安直な発想かも知れないが、まずは教室以外で自由に放課後集まれる場所を確保することだ。候補は校内ではほとんどなかったので、選ばれたのは自動的に多目的室となった。
     入学してからわずかの間に早速出来上がりつつあった二三の仲良しグループが連れ立って、事務所隣のがらんとした30m2程度の広さがあるいくつか長机が置かれただけの部屋に集まり、中にはどのグループにも所属していなそうな人間もいたがそれはもちろん誰も気にしない。全く排他的な集まりではないし、とりあえず今は一番近くに自分を最も理解してくれそうな仲間を配することにはなるが、さらに外周にはどんな奴でもエニィ・タイム・オーケーだというのが大体彼らのスタンスだった。
     中にはお試し期間を設けて、それを過ぎるまでに相手に魅力を感じなければ後腐れなくおさらばしましょうねといった、ある意味では軽妙ある点では惰弱なシステムを採用している奴らもいる。何につけ面倒と苦労を避けたがる現代っ子の一面が、こんな半分社会をドロップアウトしたような連中にすら多少は見られるのは、最早致し方ないことなのかもしれない。

     部屋に集まった数グループ同士で緩やかにつながる大きめの集団をともあれ無目的に形成していた。のはずが、長テーブルに座り例のガタイのいい年下の彼と雑談をしていると、中でも主流になりつつあるとでも言おうか、なんにつけ声の大きな遠慮という言葉を知らない若手の固まったグループ内の何人かで、先行して意見をまとめサークルを結成しようと決めたのだった。いや、正確にいつ決まったかよく憶えていないが、碌に彼らのやり取りに気を向けていないうち、知らない間にそういった流れ以外無くなっていったのだろう。
     その名も『文学実践サークル(略称ブンジツサー)』、小説・詩・エッセイなどをテーマに沿って一週に一篇書いて発表するのが設立趣旨の集まりなのだという。少しばかり面倒な事になったと思い始める。
     活動の大まかな内容はまあいいとして、私はそれまで、小説を一篇たりとも最後まで完成させたことなどなかったのだ。唐突に頭に浮かんだ、または以前からずっと囚われていた観念やら感覚を小説的なものとして表現するため、相応する断片的な場面のいくつかを捻り出して文章化し、短いストーリーをその瞬間ばかりはさらに良い物に繋がりそうだと、いくらか信じられるひらめきのまま書きつけてみたりは何度もあった。とはいえ、ある程度まで行くと決まってアイデアと情熱が失われ、机の引き出しに原稿用紙ごと放り込んだ。
     誰に読ませる宛ても読まれる期待もない文章に向かい合い、丹念に時間をかけて表現を選び推敲を重ね、魂を込める(!?)作業。
     せめて一ヶ月に一篇にするとか、いやそうじゃない。そうじゃなくて、活動内容が決まってからの彼らの話に耳を傾けていると、どうにも小説を書くことに関しての感覚が軽いというか、日記でも綴る程度にあっさりとスラスラ出来るとでも言いたげで、なんだか自分が浮いているような気分になってくるのだ。
     毎回、原稿用紙数枚になんとなくそれらしい文章をちょこちょこと書いてくるだけなのだから、難しく考えなくてもいいじゃないかと同級生どもは軽いノリでいるのだろうか。段々と不安になると同時に、彼らに自分が書いた文章を見せるのが無性に恥ずかしくなり、その時の場面を想像して暗澹たる気分になっていた。



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    テーマ : 思うこと
    ジャンル : 学問・文化・芸術

    タイ旅行、後日まとめ記【7月15日分】~19





    (2156字)
     なかなか自分の見知った場所には着かない。途中「NASA」という建物を横目にした。郊外地に突如として現れた看板は周囲の住居や商店からはだいぶ浮いている異質な様子、一体なんの建物だろうか。少し気になったが、すでに日は暮れかけていたので足を止めずに歩き続ける。後でガイドブックを確認したが紛らわしくもディスコとのことだ。ネーミングセンスが微妙である。
     
     道の途中でコリント様式(?)の立派な建物の銀行を見つける。一旦休憩しようと階段に座る。しばらくすると婆さんと少年が寄ってきて金銭をせびって来るのだった。こちらの片言の英語が全く通じず、「I’m Poor」と何度も繰り返したがやはり無駄らしい。見るからに向こうのほうが現実的で恒久的な逼迫状態にあえいでいるようだったし、こちらは相方に乗せられて始めたこととはいえ、すき好んでの貧乏旅行だ。
     100Bを渡すと喜んで何度も礼を言われた。正直に言えば感謝され悪い気はしないという結構な内心でまずいたので、行為の直後から発生した自らを咎める内心こそが一番意味のない、正確には自分のズルさなのだと思う。
     金を受け取った婆さんは、私の目の前で意味不明のジェスチァーをするのだった。どうやら感謝の気持ちを伝えるものだろうかと最初は考えていたが、ところがいつまでもしつこく繰り返しているのでその表情や手元の動作を見ると、どうやらもう少し欲しいとする要求みたいだった。
     どうにも閉口し寸前の罪悪感やらを完全に失い、しかしいまさら文句を言う資格はないのかもと、なんだか付け込まれた側の弱気にもなりつつであった。旅ももう終わりだしこの国の通貨もあまり必要ないかもしれないなどと考え、あくまでも自身の決定であるとしたい最後の抵抗のため改めて少し悩んでみることにする。もちろん日本円に両替も出来るとはいっても、元々10万円分も持ってきていなかったしそれも使い切りそうだったので、帰るまでに全て吐き出すつもりでいたのは以前からまさに思っていたのだ。ただこの老女に金を渡すタイミングが、旅の所持金を使い切る皮切りになっていいのか、どうか。
     実際には迷うほど何かがあるのかはっきりしないまま、まあいいんだと納得する。言葉の通じない相手に目の前で懇願され待ち続けられる圧力に耐え切れず、深く考えることを止めにして二度目の100Bを渡す。ついでにやり取りを始めたあたりから思いついた目的を果たすため、いや今では唯一残された失地回復の交換条件として婆さんに道を尋ねることにした。少しだけ体力の回復した私は、階段から立ち上がりもう一歩きするつもりだった。照明が届いて文字が読める程度に明るい建物の下にまで婆さんを呼びよせ、ガイドブックの該当箇所に指をさすが……。

     やはり、婆さんは目の前の若者が指差している場所が分からないようだ。少しばかり残念な気持がないわけではなかったが、そもそも地図が読めるのかどうかも疑わしい老女なのだ。
     仕方なく歩き出し数十メートル先、ふと後ろからする声が気になり振り返ってみる。婆さんとモトサイ(有料バイクタクシー)の人間がなにやら話しているのが見えるのだった。しばらくその様子を伺っていると婆さんが私を手招きしてきた。近づいて行く最中にも何やらの手振り、30Bで地図の場所まで乗せてくれると教えてくれているのかと思い、少し迷ったのち財布から30Bを出そうとすると、婆さんは50B出せと言っているのか指を五本私の顔の前に広げた。釣りを出すことをこちらに伝えようとしている意図も理解出来た一方で、……ほとんどいやな予感しかしない。
     モトサイのオッサンの胴に手を回し乗っていると、出発して数分でバイクは減速し路肩に向かって行った。やけに早いと思ったらただのデパートだったにも関わらず、彼はそこに降りろと釣りも返さずにそのままどこかへと走って消えてしまったのだ。奴らグルだったのかあるいはこちらの発音でも悪かったのか、しかし確かに「ファランポーン」と旅のあいだ現地の人に何度も通じた発声でもってゆっくり言ったはずなのに。

     腹を立てながらも、仕方なく大きな道路を真っ直ぐ歩いていたところでトゥクトゥクを見つけてそれに乗る。行き先を告げ料金を決めずに猛スピードで走りだす。3~40分は走ってからトゥクトゥクは止まった。
     料金を交渉したら150Bと言ってきたので、高過ぎると80Bにまで値切ってみると運転手はそれじゃ無理だと最初驚いてみせた顔をして、続いて絶対に無理だと意思表示のために顔を大きく左右に振るのだった。100、110Bと少しずつ相手の様子を見ていたが、120Bとする向こうからの返答以降全く折れることなく、ただし相手は強気で交渉してくるというより、次第には懇願するような表情なのだ。
     段々悪いことをしている気分になる。質の悪いスレたバックパッカー気取りになってしまったようで、少し反省した。つまり、現地の人にとって生活の糧である各サービスへこちらから支払う対価であるバーツを、妥当な金額以上に値切れるだけ値切るしか考えない、自分にとってのまるでゲーム感覚に、薄ら寒い痩せ細った楽しみを見出すかのような行為に対し。
     確かにファランポーン駅の目の前、私は例のステーションホテルに2泊することにした。金に関するなんやかんやの日であった。




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    テーマ : 海外旅行記
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    エッセイ(物語構成)【8】ARAMAKI~2





    (1966字)
     都内某所に学び舎はあった。その街は現在では渋谷の次に嫌いな街だが、当時はいかにもな人々が集まるいかにもなエリアとして、私は好んで街中をぶらついたものだった。
     集まる若者は良く言えばくせ者、悪く言えばはみ出し者。どちらにもその振り幅が大きくないのは現代の若者特有の保守さや臆病さの性なのかもしれないと感じながら、それでもなかなかに面白い空気を醸し出しては、彼らはそれを小器用に身に纏っているかにも見えた。

     駅から続く大通りから一歩入った小汚い店の集まる細い通りに屯し、思い々々に談笑し時に何かを見定めるように一瞬空を見つめる彼ら。
     ふと見るとそのうちの何人かは学校で使うらしい教本を時々は眺め、未だ鬱屈としたところは多少残しながらも、芯の堅さのためむしろ生き伸びたのかもしれない色が確かに戻る。もう何年かは使い込まれているのであろう、色の褪せたトートバッグを肩にかけ、ルーズな上着に実用性重視のジャージをはいた連中が集団でふらつくその姿。実は雑駁な印象からだけでは隠しきれぬ、筋骨たくましい身体は程良く張り詰めた首筋や二の腕から分かる。古着屋で仕入れた一万五千円そこいらのライトグレーのジャケットにユニクロのチノパン、女は雑誌あたりで得た知識を用いて中でも安上がりで年齢相応に可愛く、そして少しばかりの上品なセクシーさと知性の両立を演出しながら、同じ学校に向かうらしい二人は笑顔で語り合い、時に親密な目配せをし手を握っている。 
     私はそんな彼らを傍目に捉え、自然に口元が緩む。ああ、なかなか悪くない。世界も捨てたもんじゃない。彼らは人生を楽しんでいるし、それでいてほどほどに謙虚であるし意欲も向上心もある。勉学の重要さが頭の片隅にすら残っていないほどの痴れ者ではない。

     駅から平坦な道を左、右と順に曲がり学校が見えてくる。小さな校舎だった。敷地も狭くキャンパスなど当然ない。近くにあるコンビニが購買部代わりというのも仕方のないことだ。専門学校で広いキャンパスを持っているところといえば、都内某所のあそこくらいしか知らない。
     綺麗どころの女性が楽しげに談笑しながら丁寧に刈り込まれた芝生の間の道を縫うよう、一緒に写る隣の友人とついでに虚空へ向かって笑顔を浮かべながら歩いている姿。そんな洒落臭いものが某専門学校のポスターデザインだったのを最近確認したが、皆の理想として紹介されてきたキャンパスライフ、あるいはエンジョイライフつまりエンジョイキャンパスを今でも大学に求めているわけで、それは学生数を少しでも確保したい少子化の昨今では大学に限定されたものではないとのイメージ戦略である、といった感じか。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。

     入学して数日が過ぎていた。私はクラスでも四番目(同率四位だが)に年嵩の兄貴分あたりに位置していた。
     長老を始めとする四五人がゆるいグループを作り、人数が少ないながらもクラスの中心の一角を担っていた。他にも腐女子っぽい子が三人くらいいつもくっついていたので、彼女らも熟しすぎて何かを失い代わりに何かを手にした仲間を見つけたのだろう。あと、メンヘラ気取りの面倒くさそうで薄っぺらそうな詩人気取りは、安っぽい表現に堕しているだけの、ありふれた病的な空気を周囲に振りまいていた。それでもクラスの特に感化されやすい――あるいはそのために来ている――若人たちに、普通な神経を持つ人間には苦笑を抑え切れない影響力を増大させていった。

     私の最初期から卒業まで続いた友人は、結局連中の中ではかなりまともな人間だったことは間違いない。
     ラノベが好きらしかったが、卒業と同時に趣味の活かせそうな小さな出版社に就職した年下のガタイのいい彼。また入学前から既にバイトをしていた空調設備関連の仕事に本格的に骨を埋めようかと思っているんだと、一学年の途中で口にした色男はこっちの業界には別にそこまでこだわっていないらしく、随分あっさりしていた。忘れてはいけないのは、卒業後に大阪の小さな編プロに就職した憂いの睫毛が背筋に何かを感じさせる、〇〇王子君(こんな呼称は私が考案したものでも密かに心の内で名付けていたわけでもなく、一部の女子が勝手に呼んでいたのだ)だ。しばらくして彼はその事務所を辞めたが。
     他に現在でも連絡を取ることのある同級生は、皆まともな人間だった。卒業から数年の月日が流れたというその確かな時間的要請を受け入れ認め、生活基盤を得るための別の活動(仕事)へとより力を傾け始めたことをきっかけとして、踏ん切りをつけたのだろう。若さ故のほとばしる、あるいは暗く淀んだ暗流のような想いは現実の変化とともに昇華していったのではないか。あるいは、そう思いたい。
     それでいいのだ。才能もなく、そうであるならば努力を人の十倍もしないくらいの人間が小説家に成れるはずもない。つまり長老一派の中の数人や誰とはいえないが腐った彼女とか、なにより私のような奴は。




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    テーマ : 思うこと
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    夢見集【23】~【27】『ついにこのときがきたか』/『焚き火と音楽と破れた世界』/『かなり単純な連打ゲー』/『昔の友達待ち惚け』/『真夜中ァ~電気ィ~保安ン協会♪』





     
    【23】『ついにこのときがきたか』(544字)
     雨の中暗い道を歩いていると段々と身体がだるくなり、近くの電柱に凭れ掛からなければ倒れてしまいそうなほどになっていた。
     しばらくじっとうつむいていると、被っていた帽子を後ろから歩いてきた女子高生にひっペがされる。帽子を指先につまみながら暗闇に向かって遠ざかり、笑い声を上げている。黒い傘を持っていたはずだったので、それで殴りつけて奪い返してやろうと思った。

     目の前に、太いマジックインキで乱雑に殴り書きしたようなぐちゃぐちゃな文字、または記号ともはっきりしない線の集まりや模様らしきが現れる。B3サイズ画用紙に書かれていたが、しばらく見ていると突然に回転したり拡大や縮小を始めた。続いて何も描かれていない部分、入り組んだ線で作られた模様の空白部分が激しい明滅を繰り返す。紙の中心には何も記されておらず、そこにいつからかボールペンで書いたくらいの細い文字が現れる。何とか読めるかどうか、文章として意味が解読出来そうだと感じる。

     夢と覚醒の境で、もう一度あそこに行って今度こそ絶対女子高生に復讐しようと頭に浮かんだ。恥を雪がなければ自分も許せない、世界も許せない。

    夢を振り返って:紙の中心に文字が現れたあたりから、ああ、ついに頭がおかしくなったかとそんなことを思っていた





    【24】『焚き火と音楽と破れた世界』(1438字)
     旧いタイプのラジカセから初音ミクの歌が流れる。
     曲名は分からないが現実に存在する、私の知っている歌だった。
     しばらく耳を傾けているとステレオのスピーカーから父の声が聴こえてくる。「ここが聞こえたら録音して欲しい」
     私はその二秒後くらいに録音ボタンを押した。父親がどこからともなく歩いてきて隣に立つ。「普通、声がした直後に押すよね」とさも当たり前のことのように言ってきたので、イラッとして「だったらだったら、だったら――これからやるからってさ、巻き戻して録音するように言えば良かったんだ。あの、あれだよ、そもそもさ、」と言い争いになる。どうやら父が旧友のYさんに頼まれていたらしいのだ。
     感情が先走って言いたいことが言葉にならないと自分でも分かる。まだ余裕のありそうな平静を装った向こうの顔を見ると、なんとも口惜しく自身に対しても腹立たしい気分になった。いつもこんな感じだ。
     スピーカーからの声を聞き取り、理解して行動に移す一連の流れが二秒くらいで出来たのだから、問題はないじゃないかというのが私の本音だった。

     場面は変わり大地震か戦災の後の世界。目の前には壊れた世界の現状を表すかのように地図が広がる。どうやらそこに示されている範囲は、町の丁目単位がいくつか一緒になった広さくらいか。色彩は乏しく青みがかった灰色の地面、数十年前のコンピュータで描かれたものに見えなくもない粗末なCG画だった。ファミコンのゲームグラフィックと似たりよったりな感じかもしれない。
     上部中央あたりと、それぞれ左右斜め下の地面の部分が破れギザギザになっている。少なくない土地が失われ、地上から消滅したのだろう。示されたいくつかの地点は地図で確認した限りでもある程度の広さを持っていたが、孤立したそれぞれを繋ぐ部分は一二箇所しかなく、しかも道幅は狭く頼りないものしか残されていないようだった。

     目の前が真っ暗になり、白い文字が画面の端から縦書きで現れ始める。何故こんな世界になったのか説明がされた。どうやら中国とどこかの国が争っていた、とか。日本はどちらにも与しないという風に思われ、適当に扱われて放っておかれたとのことだ。そういったわけで我々は、なんとか被害を受けながらも生き残ったのだ。

     壊されたスーパーマーケットで食料を千人分くらい確保する。私は家族とともにいたようで、発見した物の奪い合いや分配についてを気にする必要はないと知りつつも、とりあえず三十人分をまとめて貰うことにする。早速手をつけ始めると、腹が減っていたせいもあってすぐにでも一食分を平らげてしまいそうだったのだが……。
     ­­夢中になって齧り付いていたところで何気なく顔を上げる。手を休め周囲を見渡し、次いで店の外の荒廃した光景を遠目にするうち、食料に限りがあるだろう現実に改めて実感が至るのだった。もはや原材料の生産地はことごとく荒れ果て、収穫・加工・物流に至るまでのほとんどの供給システムが機能していないのではないか? 市場に出回る段階にまで完成した商品を調達することはおろか、穀物や菜物の自給さえ適わないほど世界が破壊や汚染を受けている可能性も否定しきれない。
     最後の方は噛みしめ味わいながら、出来るだけ満腹感を得られるようにゆっくりと食べることにした。そんな自分に少し笑ってしまうのだった。

    夢を振り返って:食べていたものはきしめんで作られたインスタントの鍋焼きうどんだったと思う





    【25】『かなり単純な連打ゲー』(537字)
     陸上競技トラックの上でスポーツ刈りの短髪高校生と向かい合い、彼の肩を殴る。向こうが後退りするのに対して、一方的に何十発も同じ場所を。上空に半透明の枠が現れその部分が電光掲示板のようになっているが、相手の体を打つ度に数字が表示される仕組みらしい。枠の下の方では累計値も分からせるためにか、同時に計算され数字が加えられ続けている。
     高校生もやがて応戦してくる。向こうのほうが若干パンチ力が強い。今では互いに肩を打ち合う格好だ。【私】197:【高校生】203くらいの値だった。こちらのほうが分が悪く、少しずつであるが徐々にHPの減りに差が開き始める。ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれないと、私の頭によぎる後悔。

     何度か連続して殴られているうちに、こちらの疲労が溜まり手が出なくなる。一方的に攻撃されることになってしまい、HPがどんどん無くなっていく。元々は3000くらいのものが1000を切ると自動的に回復するとはいえ、その回復値は2000……1800……1500といった具合に小さくなる。つまり上限が下がってくるのだ。
     何度も繰り返しているうちに、次第にほとんど回復しないところにまで追い詰められる。私は肩を殴られながらひたすら陸上トラックを後方に押され続けた。




    【26】『昔の友達待ち惚け』(439字)
     弟の友人が迎えに来た。数十年前に一緒に遊んでいた彼らだった。しかし、イマイチ気が乗らない。停車中のバスの中で待っているというが、それらは一般的な大型路線バスのように見える。一番後ろに座り、窓枠に肘をついて手のひらで頬を支えている、いくらか暇そうな憂鬱そうにも映る横顔。多分二人いるはずだったが一人の姿しか確認出来ない。
     そういえば自分と同年の友人と遊ぶ約束をしていたことにふと気が付き、外に出ようかとするが思い留まってやはり止めてしまう。

     仕事の時間が迫っているので、弟に対してはバスの中の彼らには会えないと伝える。大文字のFの形に配置されたボロい木製の桟橋にはいくつかの手漕ぎボートが係留されている。下に覗ける海は底まで透き通る、とても綺麗な水色だ。海の上に掛かる桟橋の上を歩きながら仕事に向かおうとするが、後ろで何もせずに突っ立っていた弟から突然に文句を言われたのだった。
     時間は07:28だったので、その感じからすると以前勤めていた工場だったのだろう。





    【27】『真夜中ァ~電気ィ~保安ン協会♪』(1947字)
     知らないバアさんの家。築十年も経っていないか、壁にはシミ一つなく、いくつかの洋服タンス等の家具は現代的でお洒落なデザインだ。おそらく後ろを振り向けばいわゆる機能的なキッチンがあるだろう。
     時間は夜10時以降、天井の一箇所だけが消されずに残され、暖色系の白熱灯が広い部屋の隅を柔らかく包み、そこはフローリングの床になっていて直接布団が敷かれている。バアさんは上掛けをまくり上げてちょこんと座り込んでいる。
     なにやら心配事があり眠るに眠れないのだとか。話を聴いてみると隣家の住人が大きな声で自分や自分の家族の悪口を言っているのだというらしい。突然、玄関に通じるドアの上部に設置された機器が作動すると、凄まじい音がなり、しばらくすると自然にドアが外側に向かって開いたのだった。
     新手のガス検知器なのだろう。そして、機器が誤作動を起こすのは隣家のせいなのだと。だったらコンセントを抜けばと応じるが、本来動く時の目的と状況(つまりガス漏れ)を考えると抜けないと首を力なく横に振る。最近はずっと寒さも続いてガスストーブを使っているので心配なのだ。ただやはり大音量が鳴り響くのと、ドアが何度もバタンバタン十数分ごとに強制的に開けられるのが気になってバアさんは眠れない。というわけで、どうしたら良いか分からない八方塞がり状態だった。

     同じ部屋で私も寝ることにしたようだ。本当に検知器はそんなに頻繁に鳴るのか調べるため、またドアを開けたままにしてどれくらい寒いか、また開けっ放しにすれば勝手に閉まったりはしないのか調べるためでもある。部屋を真っ暗にして寝っ転がり、横を向いて顔を上げてみるとガス検知器が正常の待機状態である証しの、緑色の常時灯が数メートル先に見える。
     しばらくそのままでいるとランプが点滅を始め、やがて赤色に変わった。私は例の大音量を思い出し、起き上がりすぐに駆けつける。近くにおいてあった三段梯子に昇り、コンセントを外してしまおうと触った瞬間にかなり強い電流が流れていたと気づくがすでに遅し、感電する。体中がしびれ、痛みが走り、指先を自由に動かすことも出来ない。何とか我慢しながら力を振り絞って、ぎこちなく時間をかけながらもコンセントを抜くのには成功する。
     体のしびれは徐々に時間を経るにつれて抜けていくが、その間梯子の上でグルグルと回っては周囲の光景を見ているのだった。普段視線の届かない冷蔵庫の頭頂部や、寝る前に脱いでおいた上着が食器棚の半分開け放たれた開き戸にかかっているところやら、回転している最中にも新手のガス検知器に肩がぶつかりそうになるが、触れればまた感電することになると思い、回転自体は止められないので遠心力に逆らって、ぎりぎりの間隔で何とか体を反らせて避ける。
     
     父方の祖母が登場。再び寝床について検知器を見上げ、とりあえず修理をするか漏れの心配のない新品でも買うかしてしまおうと考える。そして今日のあいだはガスストーブも、当然ストレスの元となる騒音機器は消してしまおう。面倒な機械は半永久的に停止してしまったっていいんだ。
     実はコンセントの横にはスイッチもあり、それを押せば感電もせずに電源を落とせるのだと、いつの間にか知っていたのだ。ハシゴに登ると動かないように祖母が押さえてくれているみたいだった。早速スイッチを切ろうと手を伸ばそうとした時、足下から声がかかり白いビニールに包まれた手のひらくらいある大きさの、ヒヤリ冷たい物を手渡される。いわゆるアイスノンだ。
     どうやら誤って加熱したコンセント周囲の部分に触ってやけどをしないために、本体も冷やしたほうがいいと考えているのだろう。しかし温めて表面に水分が滲んでくると感電してしまう。こんなものを使うと逆に危険ではないのかと、もしもの想像を巡らせた瞬間におののきを覚えては、それでも怖々本体に当ててみれば、あっという間に冷たく固まっていたアイスノンが柔らかくヘタってしまうのだった。ということはかなり熱いのだ。祖母は経験的にかあるいは勘か、とにかくを知っていたに違いない。……これは、やはり冷やすべきか?

    夢を振り返って:そういえば以前、天袋に閉まってある荷物を整理したいだとか、タンスの上を掃除したいなどの言葉を顔を合わせるたび祖母がしきりと口にしていて、なにやら難儀なことを言っているなあと思いつつも、時には一念発起して手伝いをしたのだ
    足腰の悪い祖母に変わって私が梯子や椅子の上に乗り作業をするのだったが、その際には下で支えてくれながら「○○(私の名前)あっちはどうだろうかね」「あのさ、おばあさん、もうこんなもんで良いんじゃないか?」などとやり取りをしていたものだ。そんなことを思い出した




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    タイ旅行、後日まとめ記【7月15日分】~18





    (1783字)
    【7月15日】記 21~24日目について
    21日目 そろそろ帰国も近いのでリコンファームは早めに済ませようとスリウォン通りを調べ、バスを利用して最寄らしき地点まで移動することにした。最後は徒歩で探し、昼の1時を回った頃にようやく見つける。リコンファームには少々時間が掛かるがなんとか終了する。
     近くで見つけた「ねぎらーめん」という店に入り食事を摂ることにした。なかなか美味かったが、客は日本人ばかりで相方は週刊誌を読み続け、目の前のラーメンに進んで手を付けない。口に合わないのかと訊いてみると、すでに満腹だとのこと。旅の間小食だったので胃が小さくなったのだろうか。
     その夜は宿を散々探し回った。あらかじめ目星をつけていたチャイナタウンにある宿は歩いていける距離のはずだというに、どこにも見当たらず、トゥクトゥクの運転手に宿の名前と大まかな住所を教えて車で運んでもらう。
     運転手は何度も後ろを向いて道を尋ねてくるが、結局相手も場所が分からずにお手上げ状態。本当に分からないみたいで、土地勘があまりないと伝えたがっている必死な様子からこちらにも理解出来た。文句を言ってても仕方が無いのでファランポーン駅の近くにあるステーションホテルに運んでもらい、そこに一泊することになった。


    22日目 朝になって彼が分かれて行動しようと言いだす。私にとっても旅の間には何度か考えていたことなので、突然の申し出には一瞬言葉を探す時間を要するも反対する気にはならなかった。ただ、向こうのほうから言い出す形になったことについてはちょっと気になった。
     二日前の昼にも利用したファランポーン駅の二階オープンカフェ、以前にも落ち着いた雰囲気を好んでこの店で電車が来るのを待っていたことがある。そこのテーブルに一人座る。

     とりあえずはファランポーン駅から113番のバスに乗り、一時間半近く座席にずっと座っていた。適当なバス停で降りてバスの進行方向とは逆に歩く。
     途中、学生街っぽい雰囲気の通りにあるベンチで休んだり、軽い食事を取ったりもした。国際電話をかけられるテレホンカードは一度も使われずに財布の奥にしまいこんであったが、初めてそれを取り出し公衆電話から日本の自宅へ電話でも掛けてみることにした。一人になって心細かった部分も多少あり、同時に開放感からやろうやろうと思いながらやっていなかったことをこの際というのもあった。または結局やるべき何かが目の前に用意されていなかったため、なのかもしれない。自宅の電話は誰も出ず、父の携帯電話に掛けるとそういえば仕事中の時間だったのか、やはり繋がらない。ちぐはぐな気分だ。
     虫除けを初めて使った。効果は良い。持続時間は分からないが3~4時間はもつだろう。完全に何の目的も無く、ひたすら歩いた。途中セブンイレブンを見つける。セルフサービスのドリンクコーナーがあり、17BでLLサイズのカップにコーラを購入。コーラの飲み過ぎだと思うが腹を下してしまい、近くの大きなスポーツ用品専門店にお邪魔する。トイレはとても清潔だった。
     トイレから出た後、数時間前の行動を再び繰り返すよう、バスで運ばれてきた道を引き返すことにした。しばらく歩いたところで喉が渇いてきたのでビールとつまみを買った。道路の脇の石段で休憩をしようと座り飲み始めて数分後、雨が少し降ってくる。

     私が歩いている歩道の隣は都市近郊の幹線道路といった感じの、交通量の多い通りだった。片側三車線で頑丈そうなコンクリート製の中央分離帯は幅一メートル、高さ三十センチ程度のしっかりとしたものだ。排ガスにまみれた近く家屋の外壁に較べると真新しい分離帯は随分と白く、周囲には工事中を示すコーンが等間隔で置かれている。ある地点まで行くと道は二股に分かれていた。
     見通せる範囲ではどちらの道が正しいかいまいち分からなかったが、しばらくその場に立ち、何か手がかりを探すでもなしに周囲の様子を適当に眺め冷やかして突っ立っていると、二股の片方から先ほどに乗ってきたと同じ系統のバスがこちらに向かってきたのだった。数字を確認してバスと擦れ違うほうへ歩き出す。さらに進んでいくと何度か分かれ道に差し掛かり、その際はバスの系統などは確認しなかった。おそらくバンコクの中心街には近づいているはずなので、高層ビル群の方角を遠目に確認しつつひたすら目指すことにした。




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