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    タイ旅行、後日まとめ記【7月18日分】~23(了)修正版






    (1907字)
     考えも碌に定まらずふらふらと20分近く歩いていたところで、路肩に停車しているトゥクトゥクを発見した。もつれ気味の脚で小走りに近寄り、早速運転手に声を掛ける。特に自分一人になってからというもの、色々な人間にいいように騙されているが、それでも気温がもっとも高くなる昼時に右も左も分からない異国の街をうろつく気力は、その時の身体にはほとんど残されていなかった。風の通り道が少なく湿度の高い街中では特に、体力は急激に消耗されたのだった。
     騙されるかもしれない、または向こうにそのつもりがなくても相手に目的地を伝えられないのではないか、先程のやり取りを思い出してみれば面倒に巻き込まれる不安も確かに頭の片隅にはあることはある。ただ、トゥクトゥクの後部座席に身を沈め身体を休めている想像は、段々と疲労の溜まっていく一方の状態では抗いがたい誘惑なのだ。
     脚を掛け乗り込もうとしたとき、ちょうど後部座席の真下あたりから水よりも粘度の高い液体が結構なペースで漏れ続け、地面に虹色の水溜りを作っているのが見えたがまあ気にしないことに。久しぶりに開いたガイドブックによれば、ワールド・トレード・センターという建物名のほうが一般的に知られている旨を確認した私は、早速相手に伝えた。どうやら行き先を理解してくれたようだった。100Bから80Bまでの料金の引き下げ交渉に成功する。

    追記〈4〉 2013・10・10 伊勢丹よりワールド・トレード・センターのほうが外国で一般的に有名なのは、当たり前だ。当時の私はそんなことも知らなかった。 (追記〈4〉了)

     車線数の多い幹線道路をそれなりの速度で走っているにも関わらず、一向に停車レーンに移動することもなく似た景色の中を走り続けていた。想像していた以上に目的地は遠いらしい。周囲の様子からしてすでにバンコクの中心部にいると予想していて、おそらくワールド・トレード・センターもその一角にあるだろうと踏んでいたのだった。さっきの肥った男は歩いて行けと言っていたはず。ところがトゥクトゥクに乗ってからもう30分が経っていたのだ。

     宿のベッドの上でこれを綴っている最中にふと考えたが、山手線の東京駅から新宿駅までを横断したらおおよそ何時間がかかるのか。五時間? 八時間? バンコクの市街地が一体どれほどの広さかはっきりとは分からないにせよ、相当の広がりを持った範囲のはずだ。やはり徒歩で行き当たりばったりの探し方をしていたのでは、半日歩いても見つからなかった可能性があったかもしれない。

     車はワールド・トレード・センターに着いた。壮麗な高層ビルが周囲でも一層と際立ち、右隣りでは巨大なショッピングセンターが口を開け客を待ち構えている、非常に立派な建物だった。名前からして外資系の会社や貿易会社などが入居しているのだろうか。そこからさらに伊勢丹を探すことになった。20分近くかかりなんとか案内板から目的の店を見つけ中に入る。店の中は非常に涼しく綺麗である。一度6階まで上り、再度エスカレーター近くに設置されている案内板を見て行き過ぎたことを知った私は、1階分降りた。ようやっと、苦心の末に紀伊国屋を発見したのだ!!
     店内の内装は日本とほとんど同じ作り。清掃が行き届いた涼しい店内で平積みの日本語の本を眺めているとなにやら、そこがタイであるということを忘れてしまうほどになじみ深い感覚なのだ。ぐるりと店内を一周してから適当に本を物色したが、結局棚から新書の『詭弁論理学』と『こち亀』を手に取ってレジに向かうことにした。

     帰りはバスに乗る。カオサン通りのマクドナルドに行き本を読んで時間を潰した。持参した文庫本の筑摩文庫『太宰治全集』十巻と、ガイドブック以外は全くと言っていいほど、ようするに別種類の日本語に触れていなかったので、なんとも新鮮というか妙な気分だった。
     適当に時間を潰すつもりだったのがすっかり遅くなってしまう。そろそろ今日のベッドについて考えなければならなくなり、と言っても今更新たな宿を探す労力を費やしたくなかったのだ。結局、先日と同じマルコポーロに泊ろうと思い、今度は三泊する。合計1050B。嗚呼堕落、相方がここにいたらなんと言われることか?
     一日歩く以外は特に何もしていなかったが、その割にというかゆえに歩き疲れたのだろう。ベッドへ横になって散々の苦労の末なんとなく手に入れた本のページをパラパラとめくっていると、自然と睡魔に襲われていった。この宿で後二度の夜を過ごせば、ついに私の旅も終わりである。(了)

    追記〈5〉2016・1・21 最終日ファランポーン駅前で無事相方と合流し、帰国の途に着いた。(追記〈5〉了)




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    テーマ : 海外旅行記
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    夢見集【28】~【32】『謎スープ』『誰かの通信簿』/『お茶目なブギウギ』/『どいつもこいつも好き放題言いやがれ』/『バブルのツケを今払え』/『落ちぶれた山師が獲物を探す』





    【28】『謎スープ』(358字)
     黒く大きな虫の入ったスープを皆が美味しそうに食べる。濃茶色でラーメンの汁っぽい。
     中を見ると死んでいるようだが、俺は絶対に食わないし近づけるなと逃げる。ニヤニヤとした顔をしながらこちらににじり寄ってくる友人の一人は、どうやら無理やり食べさせたがっているのだ。彼が敷居に足を引っ掛け、つまづいた拍子で丼が傾き虫が飛び出してくる。生きているかのように爪が服に引っかかり、思わず「おわっ」っと悲鳴を上げて虫を必死に払おうとする私。
     何とかその場から逃げなければと近くに敷いてある布団に潜り込む。ところが、掛け布団を持ち上げた時に作った隙間にそいつらは再び飛び込んで来ていて、奥に入り込んでいた。姿は見えない。体の一部がちぎれた虫五匹がさらに捲り上げた先の方にいるはずだ。恐々確認すると、やはりいた。死んではいたが。





    『誰かの通信簿』(340字)
     薄汚れ、ちょうど真ん中に縦の折り目がついた固紙、大きさはB4くらいか。中は隅々にまで細かく文字が書かれ、右上には四コマ漫画も載っている。左側中央部に数十個の枠で出来た何かの記入欄があり、よく見ると数字が書かれている。欄の一番左端には教科名が印刷されているので、どうやら通信簿のようだ。
     国英社が95~100で右の欄は「5」となっていた。数理は0と20で「1」「2」といった五段階評価。数学はともかくとして理科がこんなに悪かっただろうか、と思う。他にも体育の項目があるがこちらは予想通りの「1」。ただし、横の備考欄に教育委員会に要相談とあるのは少し気になる。

     父にそれを返してくれないかと言われる。何故かと疑問に感じていると、どうやら兄弟の通信簿だったのだ。





    【29】『お茶目なブギウギ』(793字)
     ブックオフっぽいゲーム屋でなにやら物色していると、近くに高校生三人組がいることに気がついた。一人は昔働いていた酒屋でアルバイトをしていた男の子に似ている。何故か彼らに近づき、色々とゲームのことについて話をする。
     眼鏡をかけた彼の家に行くと居間に通される。大きなチョコレートブラウン色のテーブルがあり周囲には椅子が数脚、部屋には物が散乱としていていかにも落ち着く。誰かが帰ってきたようで、鴨居にかかった暖簾を片手で面倒臭げに払い中に入ってくる男が一人。彼の父親らしい。私は土下座をして迎える。どうしてかは分からず自然としていたのは、そうでもしないと許されないと感じたからだ。
     彼の父親は慢性的に何かがあるとすぐ酒を頼る。とはいえ普段は大抵一杯気分で妙なおおらかさをも見せる酒飲みの親父だが、機嫌がいつ急変するのか分からない恐ろしさが嫌な圧力の気配として、近くにいると常に伝わってくるのだった。とりあえず今はろれつの回らない舌でも、つかえつかえにこちらのことまで色々聞いてくるところから気を回そうとしているらしき様子、つまり思考が健全に働いている部分もあるようだった。ぎりぎり程度の悪くない状態だったので私は早めに逃げようと思っていた。

     自宅で寝ている。部屋がノックされたので誰かからまた逃げなければと感じるが、首を出して確認してみれば、窓の外は現実の自室同様に隣家の裏庭までの高さが4、5メートルあるようだ。これは無理かと観念し、仕方なくドアを開けるとそこには現実世界の父親が立っていた。「ここは北海道だからお前の部屋じゃない」と告げられる。
     一瞬訳が分からず後ろを振り返ってみれば、やはり全く私の部屋そのもの。布団の敷いてある位置、窓の高さ大きさ 、家具の種類、色味など全てが。何故北海道に自室と見紛うほどの部屋があるのか不思議に思う。





    【30】『どいつもこいつも好き放題言いやがれ』(814字)
     いじめ撲滅アンケートが学校で採られる。一応書いたが提出期限を過ぎていたために出すのが億劫になり止めてしまう。どこか普段使われない薄暗い教室の一角にあるスチール棚の上段の引き出しに隠すことにする。

     高校同級生W来が空手部を作らないかと誘ってくる。もう高校二年生だし、お前は野球部だろうとあしらうように返事をするが、もう野球はやらないとあっさり答えるのだった。
     どうにも渋った気持ちのままで彼と一緒に暫く廊下を歩いていると、正面玄関付近にまで近づいたところで随分と人が多いことに気がつく。こちらに向かってぶつかりそうな感じに避ける素振りも全く見せず、ぎりぎりのタイミングでさっとよけて振り返らずに行ってしまう、微妙にデザインの異なる制服を着ている男子生徒。少し顔を俯かせ、視線はこちらを眺め値踏みするつもりか、どうやら新入生のようだ。
     さらに下駄箱に近づくと、赤いジャージを来た二人の女子学生が「汗臭い」だの「薄暗いし、ダサい感じ」だのと文句を垂れつつ、やはりこちらに向かってくる。男子がほとんどの高校なんてそんなもんだと口が開きかけるが、やはり余計なことは言わないでいいやと女の子たちの横を通りすぎる。

     続いて、体育会系の部活にでも入りそうな体格のいい坊主頭の新入生とすれ違う時には、「押忍」と声をかけてみると相手も少し驚いた顔で、それでいて一瞬のちニヤリとした顔で「押忍」
     後ろからは先程のいじめアンケートを集計していた男子生徒が現れ、彼と目が合うと廊下の隅に連れて行かれてしまうのだった。あれを提出してくれと十数分前に収めた泣き顔や、大げさな懇願やら随分な義憤やらこちらに対する無限責任追及をするかの勢いで迫るのだ。どこに入れてしまったのか忘れていたし、提出期限も過ぎているのに面倒なやつだと感じながらも、どうやらそれを口にすることは許されないのだろうからと、すっかり弱った気持ちで何とか思い出そうとしていた。





    【31】『バブルのツケを今払え』(872字)
     埼玉の女の子とどこか道端で偶然出会い、今でもかつて潰れたはずのあの会社「N」は存続していると教えてもらう。
     古びた雑居ビルの二階に向かい薄暗いフロアにある一室のドアを開くと、仕事をしている後ろ姿のN野氏。「別に仕事を探しに来たんじゃないんだったらいいよ、ところで挨拶は?」それとも金でも借りに来たのかと、言葉の内容は刺々しくぞんざいなものだったが、こちらに見せた表情が力なく影が差し込んでいるのは日当たりが悪いだけでは無さそうだ。
     仕事があれば呼ばれているはずだし、そうでないということはやはりうちらには仕事を回してくれるつもりはないのか、なんとなく分かっていたが残念な気持ちになった。最近請け負い始めた、ガス会社の警備をしている青いツナギを着た派遣スタッフの男性三人が、いつの間にかN野氏の周りに集まっていたから。
     帰ろうとすると、壁際にロッカーがずらりと並んでいるためひと一人しか通れない道を数人のスタッフらしき人間によって通せんぼされ、特にツナギの若い男は念入りにその役割を果たしていた。自分の前のロッカーに両手を伸ばし、背中を丸めてスペースを出来るだけ開けないようにして通さないつもりなのだ。腹が立ったので、目の前の男性が塞ぎきれていない隙間から手を伸ばすと若い茶髪の兄ちゃんの腰をがっちり掴み、徐々にこちらに引き寄せるとふんぬと力を込めブレーンバスターを掛けた。見事逆さから落ちる。垂直落下式!!
     
     後ろを返り見ると地面に崩れ落ちたその姿があったが、身体の傾きの感じからして首の骨は折れていないみたいだった。少し安心して部屋を出ようとした際に仲間のツナギ連中に呼び止められる。「あいつは前にもやられているんだ、手を出すことはないだろ」「こっちの知ったことじゃない、お前らが悪いんだろうが」と応戦。

    夢を振り返って:N野氏は藁半紙の答案用紙に赤ペンで採点していた。机の右に置かれたものには100点、正面に置かれまとめられたのは60点とどうやら教師のバイトも始めたのかもしれない、と。その姿を見たときは奴さんも少なからず大変そうだと思わずにいれなかったものだ。





    【32】『落ちぶれた山師が獲物を探す』(620字)
     一般的には有名なA駅前は意外と栄えていないと思っている。すぐ近くの私鉄や地下鉄駅のB、C駅の方がずっと人の流れも多いし、店も色々とあると友人に伝える。彼はこちらの話を聴いていない。無表情に正面を向いているだけなので間違ったことを口にしたか、言い方が不味かったかと何かを失敗した気分になり、再び彼の顔をそっと窺う。
     A駅構内を出ると目の前は視界を妨げるくらいの高さの花壇が広がっていた。地面からの高さは2mくらい、横幅は数十mあるようだ。
     ふと視線を上へやると焦げ茶色の旧いビルが見え、屋上の少し下あたりに『デザイン学校』との名称をロゴにかたどったピンク色の文字。中は事務所みたいな造りで雑然としていて、学生の姿は見えない。コピー機の前を一人の男性が行ったり来たりと忙しそう。

     信号を渡ろうと、足を一歩進め終えたそのときに中年男性に声を掛けられ、自分は宇都宮あたりに住んでいると突然告げられる。話を聴いてみれば、大学が自分の家だということなのだとか。信号を渡ったところでいい話を教えてあげるとの耳打ちがあり、男性の携帯電話番号をメモするようにと話を継ぐ。怪しく感じるが、番号を聞くだけならまあいいかと画面を見せてもらうことにする。
     自分の電話帳に登録が済むと、目の前の人物の名前として打ち込んだはずの「箱崎」が「箱龍」に勝手に切り替わる。この名前は以前に登録した怪しい男リストの中の一人だと気がつく。やはりそうだったか、と。




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    エッセイ(雑記)【9】休憩室にて(了)





    (1102字/2002年3月記す2013年6月補筆修正)
     今日は朝から鬱々とした気分で最悪である。
     こんな出だしで始まる文章なんかは、自身においてでさえ、再び進んで読み返す気にもならないだろう。ただ、こうやって書くことでしか心情を吐露出来ないような気がするし、大げさでなく身を叩き焼き貫く現実、心へわだかまるあらゆる鬱屈、ここにぶつけでもしないとやっていけそうもないのだ。

    〈本当は大して書くことなどないのではないか〉だから粘っこい、もたついた、『鬱々とした~』などの一見含意のありそうでもあり、ただ放り投げたようでもある、言葉としての責任からは遠のいたものを、それでいて思わせ振りに選んでみせるのだ。こうして徒然なるままに筆を進めていったところで、ようするに書きたい文章や当てはまる内容はまさにあるのか。
     自分にとって本当に必要があるのか分からないのだ。必要が分からないとは、具体的にあらゆる意味で私の心情を少なからず紙面に出すことによって、心の平穏であったり癒しを、またある種の理解を得られるのかという期待と疑いからだ。
     書き出した上で、ある意味での客観性を持って――状態や結果はともかくとして、過程のメカニズムを知り得、感じられると――挑むこと。書くという行為自体どの程度意味があるのか、全くないのかもしれないといささかの疑問があるにせよ、それら仮定的前提に対して問を設定するのは悪くないとも思う。つまり個人的悟性の展開だ。
     少し読み返してみるに、いかにも自分らしいまだるっこいはっきりとしない物言いだなと、どうにも頭を掻き毟りたくなる。

     しかし感情を純粋に文章にするというそもそもが、およそ不可能なのではないのかと最近に至っては考えるのだ。とするとやはり大して書くことなどありはしないとの、ある種失望を抱かざるをえない。こうして書き始めるにしたがって言いたいことが浮かんでくる、真に純粋に〈思う〉瞬間が仮にあり得たとしてそれを捉えられるとでも、……。いや、誰もが見過ごし存在にさえ気づかない、事象の本質にまつわる影のごときものが仮に頭にもたげてこようと、そこへ当てられる光はなく、どの角度から見てもはっきりしないままでしかないのだ。まさに一つの甘えとしての大いに唾棄すべき期待の迷いでしかない。
     大方それは本当に表現したいと思っている感情の〈芯〉とは違った、いわゆる雑事についての意見、感想、想起、分析、論証、いくらか感情の優先した文句、あるいは冷静さを装った注文、提案の類である。そのようなことを文章にする自体に意味があるのか、つまり私がするべき(内的強度をもって迫る、または必然性を有して)必要な行為であるかといったことが、疑問として常に頭の片隅にこびりついているのだ。




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    タイ旅行、後日まとめ記【7月18日分】~22






    (1782字)
     十数分も走らせたので支払いを拒否するのもさすがにまずいかと思い、無言で捨て銭を渡し足早に立ち去るあたりが一番無難だろうと、さすがに私もそう判断しないわけにもいかなかったのだ。ため息を吐きたい気分になりつつも。
     やはり悄然としていたか、あるいは少しばかり興奮気味に見えたのかもしれない。そんな異国人を興味半分で眺めている運転手達のかなり後ろから、肥った背の高い男がこちらに向かって、体を揺らし多少怒り肩を強調するかでポケットに両手を突っ込み、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。
     少し面倒なことになるかもしれないと思い、今まで自分を運んでいた運転手を探しさっさと金を支払おうとした。ところが、彼は自分の車の近くにはいなかった。十数メートル離れたところで雑談をしている他の運転手達にでも訊こうかとしたとき、彼はひょっこり姿を見せた、……が。やっと見つけたかと思えば、直後にその姿は肥ったタイ人に隠れるように後ろに引っ込んでしまったのだ。いよいよまずいことになったと、如何ばかり身構えずにはいられない状況ではないか!?
     
     肥った男「よお、伊勢丹に行きたきゃ100B払いな」(基本的に数字や固有名詞、簡単な動詞は英語、時々タイ語が混ざる)
        私「高すぎる。そんなに払う必要はないだろ」(基本英語で、分からないところは感情表現が伝わることを期待しての日本語)
     肥った男「いやならここで降りて歩け」(〃)
        私「そんな金額は相場からすると高すぎる!!」(〃)
     肥った男「伊勢丹に行きたくないなら、とりあえずここまでの運賃を払え」(〃)
        私「いくらだ」(英語)
     肥った男「ここまでが100B、伊勢丹までさらに100Bだ」(〃)
        私「高すぎる! 目的地にも着いていないのに、ふざけるなよ」(ほとんど日本語)
     肥った男「早く払え」(英語)
     
     周囲の運転手達は、当初の私への興味を徐々に失っていたらしく談笑を交えながら少し遠くで話していたが、さすがに剣呑な雰囲気を感じたのか、再びこちらの様子に関心を持ち今度は二三人でまとまって近づいてくる気配だ。徐々ににじり寄ってくる彼らがどういうつもりなのかは分からず、こちらにしてみればなんとも気味の悪いものになっていた。話し合いの始まる十数分前に比べ、全体の雰囲気として良くないほうへ傾いていくのを感じ取らないわけにはいかなかったからだ。最悪のケースが起こりえるといった想像さえ、突飛な考えとまで言えないくらいの場面ではないか。

     肥った男「とにかく100B」(英語)
        私「いや、ふざけるな。そんなには払わん」(日本語)
     肥った男「あんたさ、長々と車に乗せてもらって金を払わないつもりなのか」   (基本的に数字や固有名詞、簡単な動詞は英語、時々タイ語が混ざる)
        私「30Bまでなら払う」(英語)
     肥った男「なに? 30B? それじゃ足りないだろ」(〃)
        私「ここは伊勢丹じゃない。約束が違う。大体こっちは道を知らないんだから、こんな道端で降ろされても困るんだ」(かなり精一杯の、一応英語)

     結局30Bを強引に手渡し、私は足早に彼らから遠ざかることにした。
     いざこざを終え憤然とした気分を抑えては、それでも半ば自棄になって当てずっぽうと勘を頼りに街中を歩いていると、朝から直射日光に当たりっぱなしだったせいか頭が痛くなり始めるのだった。
     地図を利用すれば徒歩でも何とかなると思われるだろうか? 確かにそれは、地域から地域へといったスケールの大きな移動に関しては問題は無いかもしれない。しかし、とある街のとある任意の通りを目的地にしようとすると、程度適当に方向を掴んで感覚的に動くやり方では難しい。ましてや今回は○○通りの○○ビルという一点を目指さなければいけないのだ。
     というわけで、旅のあいだ基本的によく利用していたガイドブックの地図のページは、役に立てそうもないのでもう数時間前から開かれていなかった。
     なにしろ日本のように、そこかしこに住所表示があるわけではない中での道探しだ。数少ないガイドを頼りにするのはいかにも心もとない。当てをつけての運任せや微細な地磁気を感知しての『地球の歩き方』など自分には出来そうもないのだ。自認している極度の方向音痴は、実際に地元近辺でさえたまには迷子になることからしても証明されていたのだった。何よりも、正直に言って整然と区画整理された街中は私の方向感覚を不確かなものにする。




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    エッセイ1話まとめ(物語構成)【8】ARAMAKI





    ~2002年あたりを振り返り~

    (6923字)〔1〕/〔4〕
     大学に行かず就職せず、私は日々をそれとなく過ごしていた。時々日雇いのアルバイトで働いては数万円の収入を得て、働いた日数の数倍近い時間を少ない蓄えを節約しながら使うことによって無駄に費やした。
     なんというかそう、もうすぐ二十三歳になってしまう。その歳はあくまでも私の中でしかない感覚ではあったが、かなりやばい年齢の一つだった。大学を順調に卒業した友人が次々に就職を果たし、気づけばあっという間の一年が経つ。
     それならば、現在の自分が最後の数週間を名残惜しそうに引きとめようとしている(せめて時間よゆっくり進めと)、二十二歳のほうが切羽詰まった気分にならないかとか、二十一歳のほうがさらに、いや、大学に行かなかったのならば十八十九ですでに進学した人間が当分棚上げにし、彼らが得ることの出来ないものを積極的に求めていこうとしなければ四年後に一気に逆襲を受けるだろう、などなど。

     それは非常に強力でこちらの一歩に対して常に二歩で迫る(または差を広める)。こちらの一つ目の準備としては、かなり消極的でクソみたいな考え方がある。例えば彼らが、場合によっては三流四流の大学に入学しただけで満足し、学校での複数年を無駄に過ごして気づいた時には何も社会に出ていく際に役に立つ能力を身に着けていなかったという、そんな人間が一人でも多く最高学府から排出されればいいと密かに願う、後ろ暗い祈り。
     もう一つは心頭滅却、滅私奉公といった具合に下働き同然の数年であったとしてもひたすらコツコツと経験を積み――最終的には大卒に生涯年収を抜かれるのだとしても――、それなりに安定した立場を築こうとするやり方だ。経年の末にしか積み重ねられない歴然とした技術の取得を目指し経験知を求める、前向きで建設的な考え方といったところか。
     私はどちらも望んだり目指したりもせず、ただ日々を喰い潰していた。

     とはいっても、一年に一回づつ年齢を重ねていくことはこの地上に生きている限り避けられない。日めくりカレンダーの薄く儚い紙の重みをもって、一日一日は非常に軽く、ほとんど何の意味もなく切り取られ引っペがされる。ただ、その虫の死骸のごとき重さが一年をかけて、じわりと知らず知らずに積もり続ける。
     就職を先延ばしにするためもあったが、以前就いた仕事の失敗から数少なくも学んだ事実として、どうやら年齢的にも高校卒業後ホヤホヤの十八歳の若者と肩を並べるような仕事は不利だろうと――つまりそういった職種は私には向いていないのではと――感じ、入学試験の必要ない専門学校に進学することにしたのだ。
     専門学校を卒業すれば短大の準学士と同等の資格が得られるらしく、自らが望めば大学三年次編入も出来るし公的な資格の受験資格もいくつか得られるはずという算段。まあ、どちらにしろ場合によっては在学中に自分にあった仕事が見つかれば、それはそれでいいではないかとも。

     いくつか候補はあり、それまでは就職について少なからず考慮することも念頭に置き、会計などの資格を手にするための勉強が出来る場所にしようかなどと考えていたのだ。が、結局すべりこみでたまたま取り寄せたパンフレットを目にした瞬間に全く別ジャンルの学校に決めたのだった。
     私はどうしようもない無能な人間で何の経験も技術もこれまでの生活で身に付けてこなかったし、ちょっとでも仕事へ活かせる趣味の類があれば良いのだが、そんなものは一切持ち合わせていないのだ。大体の問題として、多少固まりつつも同時に複雑な面もある性格、年齢的にもまだまだ難しいところのある彼(彼女)らを同級生としてやっていけるか?
     いやそんな心配をする前に、まず実際の最大の欠陥として私には人に好まれるための基本的な人間的魅力が残念ながらないのだ。
     さらにもうひとつの悩むべき点。仮に再就職を目指すかまたはでなくとも、あまりにまともそうな人間の集まるお堅い感じの学校では、自分は目的意識の希薄さから勉強についていけないのではないか? 周囲から浮き上がってしまい居心地の悪い思いをするのではと、多少考えすぎの感もある不安はあった。
     一方最終的に選んだそこは雑誌の編集やカメラマン、ライター養成のための専門学校だったので、自分の唯一の無為な趣味である読書を活かせる機会があるかもしれないと思ったのだ。集まる人間もいくらかちゃらんぽらんなのではないか、と。胸を張って口に出して言える恥ずかしくない夢(本当はあらゆる意味で恥ずかしがらなければならないことを知らぬ、世間知らず故か)といえば、小説家になるということだけだったから。
     いつか小説家になる、成れる成ってやると心の中でだけは大言壮語を繰り返していたのだ。まるで子供がヒーローになるといった可愛らしい夢と似たり寄ったりの実現度なのかもしれないと、認める現実は避けつつに見つめる、もう一つの現実。


    〔2〕/〔4〕
     都内某所に学び舎はあった。その街は現在では渋谷の次に嫌いな街だが、当時はいかにもな人々が集まるいかにもなエリアとして、私は好んで街中をぶらついたものだった。
     集まる若者は良く言えばくせ者、悪く言えばはみ出し者。どちらにもその振り幅が大きくないのは現代の若者特有の保守さや臆病さの性なのかもしれないと感じながら、それでもなかなかに面白い空気を醸し出しては、彼らはそれを小器用に身に纏っているかにも見えた。

     駅から続く大通りから一歩入った小汚い店の集まる細い通りに屯し、思い々々に談笑し時に何かを見定めるように一瞬空を見つめる彼ら。
     ふと見るとそのうちの何人かは学校で使うらしい教本を時々は眺め、未だ鬱屈としたところは多少残しながらも、芯の堅さのためむしろ生き伸びたのかもしれない色が確かに戻る。もう何年かは使い込まれているのであろう、色の褪せたトートバッグを肩にかけ、ルーズな上着に実用性重視のジャージをはいた連中が集団でふらつくその姿。実は雑駁な印象からだけでは隠しきれぬ、筋骨たくましい身体は程良く張り詰めた首筋や二の腕から分かる。古着屋で仕入れた一万五千円そこいらのライトグレーのジャケットにユニクロのチノパン、女は雑誌あたりで得た知識を用いて中でも安上がりで年齢相応に可愛く、そして少しばかりの上品なセクシーさと知性の両立を演出しながら、同じ学校に向かうらしい二人は笑顔で語り合い、時に親密な目配せをし手を握っている。 
     私はそんな彼らを傍目に捉え、自然に口元が緩む。ああ、なかなか悪くない。世界も捨てたもんじゃない。彼らは人生を楽しんでいるし、それでいてほどほどに謙虚であるし意欲も向上心もある。勉学の重要さが頭の片隅にすら残っていないほどの痴れ者ではない。

     駅から平坦な道を左、右と順に曲がり学校が見えてくる。小さな校舎だった。敷地も狭くキャンパスなど当然ない。近くにあるコンビニが購買部代わりというのも仕方のないことだ。専門学校で広いキャンパスを持っているところといえば、都内某所のあそこくらいしか知らない。
     綺麗どころの女性が楽しげに談笑しながら丁寧に刈り込まれた芝生の間の道を縫うよう、一緒に写る隣の友人とついでに虚空へ向かって笑顔を浮かべながら歩いている姿。そんな洒落臭いものが某専門学校のポスターデザインだったのを最近確認したが、皆の理想として紹介されてきたキャンパスライフ、あるいはエンジョイライフつまりエンジョイキャンパスを今でも大学に求めているわけで、それは学生数を少しでも確保したい少子化の昨今では大学に限定されたものではないとのイメージ戦略である、といった感じか。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。

     入学して数日が過ぎていた。私はクラスでも四番目(同率四位だが)に年嵩の兄貴分あたりに位置していた。
     長老を始めとする四五人がゆるいグループを作り、人数が少ないながらもクラスの中心の一角を担っていた。他にも腐女子っぽい子が三人くらいいつもくっついていたので、彼女らも熟しすぎて何かを失い代わりに何かを手にした仲間を見つけたのだろう。あと、メンヘラ気取りの面倒くさそうで薄っぺらそうな詩人気取りは、安っぽい表現に堕しているだけの、ありふれた病的な空気を周囲に振りまいていた。それでもクラスの特に感化されやすい――あるいはそのために来ている――若人たちに、普通な神経を持つ人間には苦笑を抑え切れない影響力を増大させていった。

     私の最初期から卒業まで続いた友人は、結局連中の中ではかなりまともな人間だったことは間違いない。
     ラノベが好きらしかったが、卒業と同時に趣味の活かせそうな小さな出版社に就職した年下のガタイのいい彼。また入学前から既にバイトをしていた空調設備関連の仕事に本格的に骨を埋めようかと思っているんだと、一学年の途中で口にした色男はこっちの業界には別にそこまでこだわっていないらしく、随分あっさりしていた。忘れてはいけないのは、卒業後に大阪の小さな編プロに就職した憂いの睫毛が背筋に何かを感じさせる、〇〇王子君(こんな呼称は私が考案したものでも密かに心の内で名付けていたわけでもなく、一部の女子が勝手に呼んでいたのだ)だ。しばらくして彼はその事務所を辞めたが。
     他に現在でも連絡を取ることのある同級生は、皆まともな人間だった。卒業から数年の月日が流れたというその確かな時間的要請を受け入れ認め、生活基盤を得るための別の活動(仕事)へとより力を傾け始めたことをきっかけとして、踏ん切りをつけたのだろう。若さ故のほとばしる、あるいは暗く淀んだ暗流のような想いは現実の変化とともに昇華していったのではないか。あるいは、そう思いたい。
     それでいいのだ。才能もなく、そうであるならば努力を人の十倍もしないくらいの人間が小説家に成れるはずもない。つまり長老一派の中の数人や誰とはいえないが腐った彼女とか、なにより私のような奴は。


    (残2979字)〔3〕/〔4〕
     早速一定の自治権を獲得して、それを遂行出来る立場の学生となったであろう自分たちが最初にすることといえば、安直な発想かも知れないが、まずは教室以外で自由に放課後集まれる場所を確保することだ。候補は校内ではほとんどなかったので、選ばれたのは自動的に多目的室となった。
     入学してからわずかの間に早速出来上がりつつあった二三の仲良しグループが連れ立って、事務所隣のがらんとした30m2程度の広さがあるいくつか長机が置かれただけの部屋に集まり、中にはどのグループにも所属していなそうな人間もいたがそれはもちろん誰も気にしない。全く排他的な集まりではないし、とりあえず今は一番近くに自分を最も理解してくれそうな仲間を配することにはなるが、さらに外周にはどんな奴でもエニィ・タイム・オーケーだというのが大体彼らのスタンスだった。
     中にはお試し期間を設けて、それを過ぎるまでに相手に魅力を感じなければ後腐れなくおさらばしましょうねといった、ある意味では軽妙ある点では惰弱なシステムを採用している奴らもいる。何につけ面倒と苦労を避けたがる現代っ子の一面が、こんな半分社会をドロップアウトしたような連中にすら多少は見られるのは、最早致し方ないことなのかもしれない。

     部屋に集まった数グループ同士で緩やかにつながる大きめの集団をともあれ無目的に形成していた。のはずが、長テーブルに座り例のガタイのいい年下の彼と雑談をしていると、中でも主流になりつつあるとでも言おうか、なんにつけ声の大きな遠慮という言葉を知らない若手の固まったグループ内の何人かで、先行して意見をまとめサークルを結成しようと決めたのだった。いや、正確にいつ決まったかよく憶えていないが、碌に彼らのやり取りに気を向けていないうち、知らない間にそういった流れ以外無くなっていったのだろう。
     その名も『文学実践サークル(略称ブンジツサー)』、小説・詩・エッセイなどをテーマに沿って一週に一篇書いて発表するのが設立趣旨の集まりなのだという。少しばかり面倒な事になったと思い始める。
     活動の大まかな内容はまあいいとして、私はそれまで、小説を一篇たりとも最後まで完成させたことなどなかったのだ。唐突に頭に浮かんだ、または以前からずっと囚われていた観念やら感覚を小説的なものとして表現するため、相応する断片的な場面のいくつかを捻り出して文章化し、短いストーリーをその瞬間ばかりはさらに良い物に繋がりそうだと、いくらか信じられるひらめきのまま書きつけてみたりは何度もあった。とはいえ、ある程度まで行くと決まってアイデアと情熱が失われ、机の引き出しに原稿用紙ごと放り込んだ。
     誰に読ませる宛ても読まれる期待もない文章に向かい合い、丹念に時間をかけて表現を選び推敲を重ね、魂を込める(!?)作業。
     せめて一ヶ月に一篇にするとか、いやそうじゃない。そうじゃなくて、活動内容が決まってからの彼らの話に耳を傾けていると、どうにも小説を書くことに関しての感覚が軽いというか、日記でも綴る程度にあっさりとスラスラ出来るとでも言いたげで、なんだか自分が浮いているような気分になってくるのだ。
     毎回、原稿用紙数枚になんとなくそれらしい文章をちょこちょこと書いてくるだけなのだから、難しく考えなくてもいいじゃないかと同級生どもは軽いノリでいるのだろうか。段々と不安になると同時に、彼らに自分が書いた文章を見せるのが無性に恥ずかしくなり、その時の場面を想像して暗澹たる気分になっていた。


    〔4〕/〔4〕
     サークルが出来ると決定した直後は特に何も考えず、たまたま隣の机に座っていた若い子らとの雑談で、小説を書くとはこれこれこういうふうな取り組みであってなどと、鹿爪らしく助言やらを口にしていたのだった。書いたことがないから大丈夫かなと心配する相手に対しよく分からない先輩ヅラをして、いま思えばその内容も併せ全く無残で痛ましさに堪え得ない調子に自ら気づかず、もっともらしい(失笑モノの)文学論まがいやらを。
     そんな私から提出されたまずもっての第一段、お試し兼々とはいえ印象付けには最も重要な一週間目の課題が、取り付く島もないほどにクズみたいなものだったらどうしよう。

     ひょっとしたらここに集まっている奴らは後の小説家の卵で、このサークルは伝説の文学サロン的な扱いをのちに受けることになるのではないか、などとはさすがに考えなかったが、とにかくも彼らは書き慣れているのかもしれないと思ったのだ。文章技法に対しての知識はなく読書量は少なくとも、何本も仕上げるだけのことはしてきたのかもしらん。
     そうやってあらぬ想像が膨らんで頭をもたげてくるとさらに碌でもないことに、周囲を見渡してみれば自分はこの中では二番目に年上ではないかと気がつき、どんづまりの崖っぷちにまで自らを押しやる始末となったのだった。
     もしも、やっと捻り出した末に持ってきたものが目も当てられない駄作中の駄作だとの烙印を――しかも場合によっては同情を含ませた無言を添えた上で――押される羽目になったら……。こちらからは控えめにも主張を避けているためか、年長者であるとの一応無視出来ない条件は慎ましさの印象とともに受け止められているであろうものの、結局はそれだけでなんとか保たれている、彼らからの一応の敬意らしきものが失われたらどうしようか。そうだ、ここに集まった連中のこちらに向けられた親密さと、多少期待の混じったかの視線がまるっと入れ替わって、ただ無駄に齢をとっただけのおっさんかよ、といった評価に変わったらどうしよう。
     テーマは「新巻き鮭」だった。私は『ARAMAKI』と呼ばれるコードネームの殺し屋の話でも書こうかしらんなどと、迂闊にも十数分前にはニヤニヤしながら軽口を叩いていたのだ。「それ、おもしろいっすね。もうそこまで考えてんすか、さすがですねぇ」ノリは軽くも、正真正銘感嘆のこもった言葉を四歳下の同級生に掛けられた。ああぁ、どうしよう。どうしようか……。

     こんなふうに、辞書を開いて適当に選んだ単語をテーマにするなんて間違っている。もっと小説って、そうだろ? 小説ってのは……なんていうか、魂の結晶の発露っていうかさ。もっとさ、……もっと時間をかけてゆっくり何度も手直ししながら、それこそ一年くらい掛ければ俺には相当の大作が書けるんだ。いやいやなんて言うか、小説を捉える感覚? 世界との関わり方ってやつ? 合目的的な間主観性あたりがアウフヘーベンじゃないんだ、違うんだよね。俺はさぁ、俺は本当の小説家になりたいんだ。ドストエフスキイを読んだことがあるか? 無いだろう? 俺はああいう作家を目指しているんだからさあ。

     二度目の訪問はなかった。サークルに所属しているクラスメイトに時々「小説出来ましたか? いや、俺なんか全然話が浮かばなくて」などと声を掛けられる度、曖昧な笑みを浮かべてごまかした。いやいや、なかなか難しいよね。
     一ヶ月が過ぎる頃には、私の周囲からサークル活動の話題自体があまり聞かれなくなっていたことに気がついた。どうせ思いつきで始めたものだし、実際には集まってうだうだとすることがメインの目的だったのだろうから、場合によっては近いうちに消滅するかもしれないと。それならそれでいいさ、いやむしろ……。
     その後に『文学実践サークル』がどうなっていったのかは知らない。




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    タイ旅行、後日まとめ記【全7月11/15日分】






    〔1〕/〔4〕
    【7月11日】記 16~20日目について
    (1650字)
    16日目 トレッキング(定義はよく分かりませんが、ちょっときつめの行程などが含まれた泊りがけのハイキングみたいな感じでしょうか?)の予約をしました。二人で3200Bというのはタイの物価からするとかなり高いようでもあり、しかし今回の旅で事前に計画していた数少ない予定のひとつなのです。なにしろひたすら節約貧乏旅行をしてきたわけですから、私たちの意見は一致したもので少しくらい奮発しても罰は当たらないだろう云々。
     だいぶ粘ったところで値切りは200Bが限界だったでしょう。そもそも、ガイドや宿泊施設の利用費がどうしても掛ってくるので値切りは無理があるのではないかとも考えていましたら、彼は例によって値切りを敢行したのでした。確かに旅の最初の頃は、店の主人などを相手にしつこく交渉する彼の姿を恥ずかしく思うことが多かったのですが、最近ではそれにも馴れ今回はどれくらい値切るのかと、初めから交渉すらしなかったりすると少し物足りない気分にさえなったりして、一種の中毒症状があるのかもしれません。

     ともかく、トレッキングガイドを紹介してくれる宿を探すためにチェンマイの駅前をうろうろとしていた際、たまたまこの宿の看板を見つけたのです。運良く宿には日本語を話せるチーフスタッフ(主人?)がいたことも、そこを選んだ大きな理由の一つではありました。件の日本語の達者なスタッフもしくは主人かもしれませんが、その人は穏やかな笑顔をした中華系の可愛らしい女性だったのも、選考基準に加点されたことは確かです。
     ガイドブックによれば、さらにもう少し安いトレッキングプランを提示する宿もあるらしいのですね。というわけでその晩泊まる場所とは別になるか一緒になるかは分かりませんけれど、場合によりけりそこでの宿泊料が高ければ利用せず、代わりに直接出発地点に朝集合のトレッキング単体で請け負っている宿はないかと、当初駅から街に向かう路々で彼と相談してしていました。
     ただ駅前周辺はバンコクとは較べるまでもありませんが、前回今回に訪れたタイ・マレーシアのどの都市よりも田舎なのですね、はっきり言って。値段や内容等々、具合の良いのを提示してくれるところはどこだと悠長に街中を探し回っているうちに、下手をすると初めて降り立った土地で宿すら見つからずに日暮れを迎えてしまうのではと、私は恐れていたのです。

     そういえば宿で産まれて初めてドリアンを食べました。ドリアンがどのようなものであるかはTVなどで聞いてはいましたが、戦々恐々実際鼻に近づけると確かに何かが発酵したような強いニオイはしたものの、大袈裟に言われているくらいにひどくはありません。味は粘っこいほどに濃厚で、口に入れてしまうとニオイは気にならなくなりました。
     ちなみに宿で食べたドリアンは、日本のスーパーなどでよく目にする発泡スチロールパックにサランラップが被せてある切り身のタイプでした。部屋で一旦落ち着いてから、旅の途中どこか(忘れた)で購入したサンダルに履き替えナイトバザールへ出かけたのですが、ドリアンを買ったのはそこです。それ以外に土産品として、オレンジ色の開けづらいビニールに包まれた魚肉ソーセージのような見た目の、紡錘形に包装されたドリアン練り飴も一本購入しました。日本の一般家庭の冷蔵庫にほぼ常備されていると言っていい、アレに似た感じのです。
     後日談になりますが、バンコクで買ったインスタント・タイ・ラーメンはともかくとして、練り飴のほうは独特の香りがさらに強められていたせいか、家族には不評という残念な顛末でした。
     次の日朝早く目覚めると、枕もとのナイトテーブルの上に置かれていた食べかけのドリアンに数百匹の蟻が群がっているという、女性ならば悲鳴を上げるか卒倒しかねない現場を目にすることになります。そんなことも露知らず、夜の熱帯にべたついた肌を窓から通り抜ける風が撫でつけ、次第と穏やかに熱を冷まし、深い眠りへと誘われていく心地よさにうっとりとしていた私なのでありました。


    〔2〕/〔4〕
    【7月15日】記 21~24日目について
    (1783字)
    21日目 そろそろ帰国も近いのでリコンファームは早めに済ませようとスリウォン通りを調べ、バスを利用して最寄らしき地点まで移動することにした。最後は徒歩で探し、昼の1時を回った頃にようやく見つける。リコンファームには少々時間が掛かるがなんとか終了する。
     近くで見つけた「ねぎらーめん」という店に入り食事を摂ることにした。なかなか美味かったが、客は日本人ばかりで相方は週刊誌を読み続け、目の前のラーメンに進んで手を付けない。口に合わないのかと訊いてみると、すでに満腹だとのこと。旅の間小食だったので胃が小さくなったのだろうか。
     その夜は宿を散々探し回った。あらかじめ目星をつけていたチャイナタウンにある宿は歩いていける距離のはずだというに、どこにも見当たらず、トゥクトゥクの運転手に宿の名前と大まかな住所を教えて車で運んでもらう。
     運転手は何度も後ろを向いて道を尋ねてくるが、結局相手も場所が分からずにお手上げ状態。本当に分からないみたいで、土地勘があまりないと伝えたがっている必死な様子からこちらにも理解出来た。文句を言ってても仕方が無いのでファランポーン駅の近くにあるステーションホテルに運んでもらい、そこに一泊することになった。


    22日目 朝になって彼が分かれて行動しようと言いだす。私にとっても旅の間には何度か考えていたことなので、突然の申し出には一瞬言葉を探す時間を要するも反対する気にはならなかった。ただ、向こうのほうから言い出す形になったことについてはちょっと気になった。
     二日前の昼にも利用したファランポーン駅の二階オープンカフェ、以前にも落ち着いた雰囲気を好んでこの店で電車が来るのを待っていたことがある。そこのテーブルに一人座る。

     とりあえずはファランポーン駅から113番のバスに乗り、一時間半近く座席にずっと座っていた。適当なバス停で降りてバスの進行方向とは逆に歩く。
     途中、学生街っぽい雰囲気の通りにあるベンチで休んだり、軽い食事を取ったりもした。国際電話をかけられるテレホンカードは一度も使われずに財布の奥にしまいこんであったが、初めてそれを取り出し公衆電話から日本の自宅へ電話でも掛けてみることにした。一人になって心細かった部分も多少あり、同時に開放感からやろうやろうと思いながらやっていなかったことをこの際というのもあった。または結局やるべき何かが目の前に用意されていなかったため、なのかもしれない。自宅の電話は誰も出ず、父の携帯電話に掛けるとそういえば仕事中の時間だったのか、やはり繋がらない。ちぐはぐな気分だ。
     虫除けを初めて使った。効果は良い。持続時間は分からないが3~4時間はもつだろう。完全に何の目的も無く、ひたすら歩いた。途中セブンイレブンを見つける。セルフサービスのドリンクコーナーがあり、17BでLLサイズのカップにコーラを購入。コーラの飲み過ぎだと思うが腹を下してしまい、近くの大きなスポーツ用品専門店にお邪魔する。トイレはとても清潔だった。
     トイレから出た後、数時間前の行動を再び繰り返すよう、バスで運ばれてきた道を引き返すことにした。しばらく歩いたところで喉が渇いてきたのでビールとつまみを買った。道路の脇の石段で休憩をしようと座り飲み始めて数分後、雨が少し降ってくる。

     私が歩いている歩道の隣は都市近郊の幹線道路といった感じの、交通量の多い通りだった。片側三車線で頑丈そうなコンクリート製の中央分離帯は幅一メートル、高さ三十センチ程度のしっかりとしたものだ。排ガスにまみれた近く家屋の外壁に較べると真新しい分離帯は随分と白く、周囲には工事中を示すコーンが等間隔で置かれている。ある地点まで行くと道は二股に分かれていた。
     見通せる範囲ではどちらの道が正しいかいまいち分からなかったが、しばらくその場に立ち、何か手がかりを探すでもなしに周囲の様子を適当に眺め冷やかして突っ立っていると、二股の片方から先ほどに乗ってきたと同じ系統のバスがこちらに向かってきたのだった。数字を確認してバスと擦れ違うほうへ歩き出す。さらに進んでいくと何度か分かれ道に差し掛かり、その際はバスの系統などは確認しなかった。おそらくバンコクの中心街には近づいているはずなので、高層ビル群の方角を遠目に確認しつつひたすら目指すことにした。


    〔3〕/〔4〕
    (1684字)
     なかなか自分の見知った場所には着かない。途中「NASA」という建物を横目にした。郊外地に突如として現れた看板は周囲の住居や商店からはだいぶ浮いている異質な様子、一体なんの建物だろうか。少し気になったが、すでに日は暮れかけていたので足を止めずに歩き続ける。後でガイドブックを確認したが紛らわしくもディスコとのことだ。ネーミングセンスが微妙である。
     
     道の途中でコリント様式?の立派な建物の銀行を見つける。一旦休憩しようと階段に座る。しばらくすると婆さんと少年が寄ってきて金銭をせびって来るのだった。こちらの片言の英語が全く通じず、「I’m Poor」と何度も繰り返したがやはり無駄らしい。見るからに向こうのほうが現実的で恒久的な逼迫状態にあえいでいるようだったし、こちらは相方に乗せられて始めたこととはいえ、すき好んでの貧乏旅行だ。
     100Bを渡すと喜んで何度も礼を言われた。正直に言えば感謝され悪い気はしないという結構な内心でまずいたので、行為の直後から発生した自らを咎める内心こそが一番意味のない、正確には自分のズルさなのだと思う。
     金を受け取った婆さんは、私の目の前で意味不明のジェスチァーをするのだった。どうやら感謝の気持ちを伝えるものだろうかと最初は考えていたが、ところがいつまでもしつこく繰り返しているのでその表情や手元の動作を見ると、どうやらもう少し欲しいとする要求みたいだった。
     どうにも閉口し寸前の罪悪感やらを完全に失い、しかしいまさら文句を言う資格はないのかもと、なんだか付け込まれた側の弱気にもなりつつであった。旅ももう終わりだしこの国の通貨もあまり必要ないかもしれないなどと考え、あくまでも自身の決定であるとしたい最後の抵抗のため改めて少し悩んでみることにする。もちろん日本円に両替も出来るとはいっても、元々10万円分も持ってきていなかったしそれも使い切りそうだったので、帰るまでに全て吐き出すつもりでいたのは以前からまさに思っていたのだ。ただこの老女に金を渡すタイミングが、旅の所持金を使い切る皮切りになっていいのか、どうか。
     実際には迷うほど何かがあるのかはっきりしないまま、まあいいんだと納得する。言葉の通じない相手に目の前で懇願され待ち続けられる圧力に耐え切れず、深く考えることを止めにして二度目の100Bを渡す。ついでにやり取りを始めたあたりから思いついた目的を果たすため、いや今では唯一残された失地回復の交換条件として婆さんに道を尋ねることにした。少しだけ体力の回復した私は、階段から立ち上がりもう一歩きするつもりだった。照明が届いて文字が読める程度に明るい建物の下にまで婆さんを呼びよせ、ガイドブックの該当箇所に指をさすが……。

     やはり、婆さんは目の前の若者が指差している場所が分からないようだ。少しばかり残念な気持がないわけではなかったが、そもそも地図が読めるのかどうかも疑わしい老女なのだ。
     仕方なく歩き出し数十メートル先、ふと後ろからする声が気になり振り返ってみる。婆さんとモトサイ(有料バイクタクシー)の人間がなにやら話しているのが見えるのだった。しばらくその様子を伺っていると婆さんが私を手招きしてきた。近づいて行く最中にも何やらの手振り、30Bで地図の場所まで乗せてくれると教えてくれているのかと思い、少し迷ったのち財布から30Bを出そうとすると、婆さんは50B出せと言っているのか指を五本私の顔の前に広げた。釣りを出すことをこちらに伝えようとしている意図も理解出来た一方で、……ほとんどいやな予感しかしない。
     モトサイのオッサンの胴に手を回し乗っていると、出発して数分でバイクは減速し路肩に向かって行った。やけに早いと思ったらただのデパートだったにも関わらず、彼はそこに降りろと釣りも返さずにそのままどこかへと走って消えてしまったのだ。奴らグルだったのかあるいはこちらの発音でも悪かったのか、しかし確かに「ファランポーン」と旅のあいだ現地の人に何度も通じた発声でもってゆっくり言ったはずなのに。


    〔4〕/〔4〕
    (1260字)
     腹を立てながらも、仕方なく大きな道路を真っ直ぐ歩いていたところでトゥクトゥクを見つけてそれに乗る。行き先を告げ料金を決めずに猛スピードで走りだす。3~40分は走ってからトゥクトゥクは止まった。
     料金を交渉したら150Bと言ってきたので、高過ぎると80Bにまで値切ってみると運転手はそれじゃ無理だと最初驚いてみせた顔をして、続いて絶対に無理だと意思表示のために顔を大きく左右に振るのだった。100、110Bと少しずつ相手の様子を見ていたが、120Bとする向こうからの返答以降全く折れることなく、ただし相手は強気で交渉してくるというより、次第には懇願するような表情なのだ。
     段々悪いことをしている気分になる。質の悪いスレたバックパッカー気取りになってしまったようで、少し反省した。つまり、現地の人にとって生活の糧である各サービスへこちらから支払う対価であるバーツを、妥当な金額以上に値切れるだけ値切るしか考えない、自分にとってのまるでゲーム感覚に、薄ら寒い痩せ細った楽しみを見出すかのような行為に対し。
     確かにファランポーン駅の目の前、私は例のステーションホテルに2泊することにした。金に関するなんやかんやの日であった。


    23日目 ほとんど1日寝ていた。彼がいたらこの姿を見て発狂するか、蹴り殺されるかもしれない。いや、愛想をつかせてさっさと私の元から去っていくことだろう。午後八時頃に目が覚めた。九時になって食事のために下に降りる。日本語のメニューのある店でラーメンとシンハビールの大瓶を飲んだ。ほろ酔い加減でコンビニへ寄り、酒とつまみを買ってホテルに戻る。部屋で飲んで寝る。


    24日目 昼前に起きて水を一杯だけ飲んでからタバコを吸い、カバンの中身を取り出していちいち確認をしながら途中まで整理をする。残りはベッドの上に置いたままに、昨日まで書きつけた枕元の日記を手に取り軽く見直し、そばにある窓から外を見たりと特に何もせずにボーっとしていた。
     ふとナイトテーブルに視線をやると空のコップが一つ伏せられ、その隣りには昨晩自分が何かを書いたメモが一枚置かれていたのだった。メモを遠目に眺めてしばし、やがて内容を理解すると眠気は一瞬にして吹き飛ぶ。
     チェックアウトの時間が寸前に迫っていたのだ。そのことに唐突に気づかされ――ここの宿泊費をさらに追加で払う羽目にでもなれば帰国までの金がやばくなるかもしれない。早くしないと強制的に料金が発生しかねない、と考え出すと途端に頭が真っ白になりかかる自分なのだが、それを落ち着け、冷静にまず散らばっていた手荷物を纏め上げなければならなかった。こちらが時間が近づいてもカウンターに姿を表さないので、延長するのかと思ったのであろう受付にいよいよ内線電話で呼び出される。早口のたどたどしい英語で断るとすぐさま、受話器を置き急いで部屋を出た。
     宿を後にして色々歩き回った挙句に結局カオサン通りにトゥクトゥクで行き、マルコポーロというホテルに泊ることにする。その日は特に何も無い。一泊で250B、加えて300Bが鍵の保証金だとか。




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