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    エッセイ(物語構成)【11】BONBON!~1






    (1817字)
     行きつけの店――なんとも甘美な響きである。八百屋の主人と天気についての話から始まり、最近の景気云々といった頑是[ガンゼ]ない流れ、隣のお茶屋ではいつも暇そうにしている若旦那と趣味の渓流釣りについてひと談義、綺麗な白髪紳士のマスターがいる喫茶店ではほどよい距離を保っての穏やかな笑みの混じった視線が交わされる。
     別に、昔ながらの商店街ばかりにしかそういったことがないわけではない。時々夕方過ぎにふらりと立ち寄る馴染みのゲーム屋などでも同様だ。年代の近い店長は似たようなゲーム遍歴があり、最近発売されたタイトルについての彼なりのレビューなどを聞いてみるのもなかなかに興味深い。栄枯盛衰[エイコセイスイ]を繰り返す多種多様なゲームのハードが今後どうなっていくのかなど、仕入れや販売された数など直に接している人間の意見はそれなりに参考にもなる。
     帰り道では古びた駅ビルの一隅、ひっそり奥まった場所で営業をしている薄汚れた外観のラーメン屋の暖簾をくぐれば、こちらの顔を見るなり味噌ラーメンでいいんでしょ? その一言がなんとも小っ恥ずかしくもあり、と同時に心地良いものでもある。

     二十歳を過ぎた頃には大手[オオデ]を振って外で酒が飲めるということで、随分様々な店を見て廻った。とは言っても、どれも個人経営の小じんまりした居酒屋か、どの街でも同じような外観をしたチェーン店のどちらかだった。スナックやらキャバクラだったりは料金も高く、あくまでも想像だがおそらくつまみがまずいのだろう。また近くに女性がいては、時間を掛け落ち着いて酒を飲みながら友人同士で話をするのには適していない。
     そもそも私は水商売をしている女性全般が苦手で、男に対してしなを作ってみせる積極的な態度を見せたかと思えば、艱難辛苦[カンナンシンク]を乗り越えてきた怒涛[ドトウ]の如きと言い巻いている人生を背景に、突然年下の男に対して悟った風な口調で処世術やら、これからの身の振り方についてそろそろ真剣に考えたほうがいいなどを語られると、なんとも辟易[ヘキエキ]とさせられるのだった。
    『あんたのためなんだから』、などと来るともう聴いていられない。言いたい気持ちはまあ分かるのだが。こういった傾向は当然ある程度年齢を重ねた女性に多いが、若い子の中にも酒が入ると説教節というか、一種の絡み酒なったりするのもいるにはいる。
     なぜそれらの店に行ったことがないのに分かるのかと言えば、元水商売だったという人と一緒に仕事をした期間が長くあったからだ。別にこちらがどうこう評価しはしないが本人は凋落したと思っているのか、どうにも過去を話したがらない人で少しばかり謎めいた雰囲気を感じさせつつも、突然にあの頃を懐かしんで聞いてもいないのに様々なエピソードを口にしだすこともままあるのだった。
     そんなときの彼女たちの表情はまさに七色変化さながらであり、何やら興味深くもあるし少しばかり怖くもある。
     いわゆる一般的にイメージされているようなキャバクラだったらそんなことはなく、楽しく何も考えずに馬鹿騒ぎ出来るのではないかと思われるかもしれない。しかし正直に言って、私は若い女の子の軽薄(良く言えば軽やか、さらに良く言えば天真爛漫)なノリには全くついていけないし、無理に付き合いたくもない。件[クダン]の場面などを友人から聞いたり、TVなどで目にすることがあっても、一切何も惹かれるものがないのだ。

     チェーン店居酒屋と言えば誰でもがいくつかの似通[ニカヨ]った意匠の看板をまずは浮かべる。そして全国的にかどうか分からないが、各人が利用した限りではグループごとにほとんど共通するメニュー、また人によっては鬱陶しいとすら感じるマニュアル化した過剰な接客スタイルが想像されるだろう。
     確かに、最大公約数的戦略を無難にこなすことに終始しているといった批判は一方で合ってはいても、しかし店々によって当然店員は異なるし、場所が違えば客層も異なってくる。客の感じが違うのは話される内容にも現れ、地域性や周辺にある会社(または学校)から訪れる彼らなのだから、それによっての変化だ。
     店同士の異なる点としてまず、間取りなど一見どうでもいいような部分も、意外と人の心理に与える快不快、あるいは好悪の影響は無視出来るものでもない。なんというか雰囲気それ自体はやはり経年のうちに独特に作り上げられていき、微妙な差であったとしても二つと同じものはない。




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    夢見集【33】~【37】『いやなことを思い出す』/『和解・成長・疑惑再燃・復讐』/『代わりといってはなんだけど』/『濡れた布団もいつかは乾く』/『嘘栄養学入門』『俺は遠慮しておく』





    『いやなことを思い出す』(423字)
     N上とW森、そして私の三人でビリヤードをやっている。初めは順調にゲームを重ねていくが、N上はこちらに対して一人でやれといってくるのだった。何故だと思いながらも一人でやることにすると、二人で女の子についてやら何やら、密談めいた感じで勝手にやり始めた。どうにも気分が悪い。その話には混ぜてくれないみたいだ。
     ビリヤード台のラシャの端あたりには太さキュー一本分と同程度の棒が立っていて、そこに様々な大きさの木材が紐でくくりつけられたりネジ止めされている、一見乱雑に見えるが最終的に示される運動の終着は単純な目的となるところのもの、そのために作られた木製のピタゴラスイッチがくっついていた。邪魔に思い取り外そうとするが、N上は外さないほうがいいと少し遠くから、後ろを見せていた顔を半分だけ向け注意してくるのだった。
     結局何も出来ないしさせてくれない。彼らの関係は時々そんな感じになり、私もまた時々嫉妬をどうにも隠せないほどになることがあるのだ。





    『和解・成長・疑惑再燃・復讐』(1715字)
     かつて働いていた職場でいざこざになった高校生二人組のうち、その片割れの一人と街中で座って話している。
     場所は個人商店の前にある小さな石段。雰囲気はあの街の現地の近くといった感じだ。俺が下から二三段辺りに座り、何故か後ろで脚を広げこちらの体をそのあいだに挟む、妙な体勢でI岡が座っている。元高校生は時々近くの地面に腰を下ろし向かい合い、また背を向け身体を左右に揺らしながら周囲を小さな輪を描くように歩く。
     俺は目の前をふらふらしている相手に、人生ではどれほどの困難が待ち受けているのか、お前たちの知っている世界はどれほど狭く、またどうやって生きていくことが正しいことであるかなどをそれとはなしに語っている。一応話を聞く姿勢を向こうは持っているようだった。当時よりも少しだけ大人になって落ち着いたのか。
     こちらにも怒りや不快感、憎しみなどの感情はあまりなく、であっても話しているときには相手に色々と教えることを通して、どれほど自分たちが無知無力であるかを知らしめさせたいと思っている。それとなく不安や悲観の植えつけによって頭を抑えつけてやれればいいと、ちょっとした復讐心も混じっている。

     現在座っている石段から十メートル程度先に、薄めの灰色によれた半袖のYシャツ、下は群青色のだぶついたスラックスと風采が上がらない男性(ホームレスよりは小奇麗にしているが、生活保護を受け昼間から何することもなく街をふらふらとしているイメージ)がいて、近くの植え込み周辺を手ぶらでウロウロしていた。何かを探しているようにも漁っているかにも見えた。どちらにしろ安酒に呑まれている酔っぱらいの調子で、顔はニヤついている。
     元高校生は当時を思い出させる相変わらずのイヤな顔をしだして、目の前の男性にちょっかいを出そうと窺っているみたいだった。その人に何かをすれば、俺は少年を躊躇なく遅疑なく全力で殴ろうと、自分の中で固く強く決意する。目的もはっきりせず所在なげに、あるいはめぼしいものがないか探しているのかもしれないが、昼間の街中で自らが異様な姿として目立つことすら気付かず、植えこみ周辺をウロウロしているように見える男性の姿は情けなく、醜いと言っていいものだった。
     しかし様々な辛苦を経験してきた人生である。末に現在の惨めとも映る状態になったのだろう。あくまでもおそらくだが。
     家族だったり、例えばだが支援機関の人間や役所の生活保護課の人間に生活態度を指導され、改善を促されるために多少きついことを言われるのは場合によっては仕方ない、あるいは必要であるとも言える。ただ、何の苦労もせずに親に甘やかされ庇護されて育てられてきただけの子供(夢の中では二十歳くらいのイメージ。大学生の雰囲気はなく、フリーターかニートという感じでまだ親の脛かじりをしているようだった)が、彼の存在を否定したり目の前の姿を馬鹿にしたりするのは絶対に許せない。

     後ろにはI岡がいるので、それなりには援護してくれるかもしれない無闇な期待はあった。仮に彼が手を出さなくとも公平な審判者の顔でいてくれるなら、何より巡りが悪く話し合いのきっかけがすれ違うとして、互いからの自棄気味な問題解決という力任せの場面にエスカレートするかもしれない状況を抑える役割を担ってくれるのではないか? それに特にこちらが不利となった場合でも、正当な理由を有する教え諭し、叱りつけの行動であるとする判断の後押しを友人の情において多少の贔屓も期待したかった。
     話し合いや言い聞かせの段階で過剰な暴力的・拒絶的な反応をするなら、とりあえず冷静さを装っていても単純に頭数の問題で相手への沈黙を促せる。また単に無視しようとすれば、I岡の無言に見透かす視線は自分が怒りを込めて睨みつける以上に心中を掻き乱す圧力になることは間違いない。なにしろ、彼は俺や眼の前の冴えない中年男性とは違いまともな側の大人だったから、元高校生のあらゆる点に対して上位に立つ存在なのだ。
     まだ人間的に成長していなかったことに対する苛立ちと、これで事によればぶちのめす正当な理由がつくれたと思い、薄暗い熱に浮かされる。





    『代わりといってはなんだけど』(491字)
     宴会場に入って長テーブル前にまで来るとN上とその姉が座っていた。こちらのことにも気がついたようだ。二人は本当に似た顔をしていて、1.5卵性双生児くらいの感じだ。彼らの斜め前あたりに腰を下ろしたかったが、どうやら駄目らしいというので遠慮しないといけないことが分かる。仕方なく離れた位置に座る。
     なんとなく残念な気持ちでだらりとあぐらをかいて足を休めていると、後ろにも同じテーブルがあって自分の背中越しに中学の同級生Y田部がいるのだった。懐かしい顔だ。あの頃と変わっていない。肉付きの良い大きな四角い顔は当時では老けている印象すら与えたが、時を経た現在となってはむしろ子供っぽい顔付き。彼に声を掛けられるが特に話すこともなく、一応の愛想を込め挨拶だけを義務的に返す。中学時代から特に仲が良かったわけではないから。
     N上と話が出来ないのならしょうがないと恨めしい気持ちを残しつつ半ば諦め、しかしこれじゃせっかくの飲み会なのに話をする相手がいなくなった。一言の短い会話を終えて自分の着く席の方へ向き直ったY田部の肩口を軽く叩いた。再度相手になってくれるように促してみることにしたのだ。




    『濡れた布団もいつかは乾く』(916字)
     所長のH守氏から私へ、あの組織で働くことの社会的意義についてありがたい話。

     彼は盗んでいないと、面と向かい一度も目を逸らさず至極冷静に、一切言葉をつまらせることもなく、穏やかな抑揚で告げた。そうなんだ――……だとしたら誰が。

     正座をした人の腿の上に正座をして座っている。目の前は幅十数メートルの擬似レンガ造りの階段の下り。右と正面にも同様の階段があり、それらに囲まれるようにして広いスペースの踊り場には、色とりどりの花が植えられた花壇は材質をやはり一[イツ]にしてある。顔を上げると奥には四、五階建ての巨大ショッピングセンターがある。最上階は庭園となっていて、一階下の外周もぐるっと囲む形にテラスとなっている。その外壁には地の色がピンクに、踊る勢いの白い筆記体で宣伝文句が書かれている横断幕。雰囲気は何故か厚木か海老名だ。
     布団を四つ折りにして脇に抱え件の階段を降りていく。乾燥機にかけ終わったので家へ帰ろうと思っている。途中で誰かに呼び止められ、今自分が運んでいるものが姉のものだったと知らされる。

     場面変わる。結婚式場なのだが、キャンドルサービスのために部屋の照明が消され、正面の新郎新婦と彼らの両親が座るテーブルだけが地面に埋め込まれた数個のスポットライトによって、光に浮き上がっているのだった。
     いつの間にか集合写真を写すために、列席者が全員三列に並んでいる。金ボタンの紺色ジャケットを着て蝶ネクタイに半ズボン、という出で立ちの小学生が視線の外から突然表れ、新婦に向かってにやりとして話しかける。どうやら初夜はどんな具合だったかとか、そんな感じの下卑た話題だ。周囲の人間は止めようともしないで無表情にカメラのレンズを見つめている。新婦だけが口に手を当てたり顔を背けたり、目尻の涙をショールで拭ったりしている。この地方の全く馬鹿げた習慣とかで、しかも子供達も最初の幾分かおどおどした、命令されて仕方なしにやっているいたずらといった感じはすでになくなり、彼自身が十二分に楽しんでいる実にグロテスクな光景だ。彼女は外から来た人間なのだろう。
     集合写真の最前段には黒い留袖を着た私の祖母が写り込んでいた。





    『嘘栄養学入門/俺は遠慮しておく』『嘘栄養学入門』(333字)
     ビタミンDやカルシウムなどといった栄養素は体にとって非常に重要なものであるが、一見バランスよく食事を摂っているつもりでも、どうしても当該物質に関しては身体に取り込まれる量が長じては過多となってしまう。
     その場合「酢」を食事に加えることによって、体に吸収される量が適正なものとなる。「酢」の『ケンドロース』という成分が影響しているからがその理由なのだ。しかも吸収量は抑えられつつも、それを摂取しない時に比べてより短時間で効率的に身体に摂り込まれる、至れり尽くせりの成分だ。
     仮に知らずにいて、または怠ってしまうと最大で20倍くらいの不要な栄養素が体の中に入り込み、高ビタミンD症や高カルシウム症に罹るのだとか。

    夢を振り返って:もちろん正しくない情報だ。 





    『俺は遠慮しておく』(494字)               
     下水道を通り、通路の進行を塞ぐ赤錆の浮き上がる鉄柵の前に設けられた、一時水量調整池の前で一旦足を止める。水深は50cmもないだろう。手にしていた中ジョッキにはビールの素と呼ばれる粉末があらかじめ入れてあって、しゃがみ込んで下水を直接容れ物に取る。そうすることによって綺麗なビールが出来上がる。
     泡立ちも細く、柔らか。ジョッキの外には細かな汗をかいている。居酒屋に入店直後の彼らが抱え今にも轟かんばかりの興奮の高まり、それらをうまい具合になだめ落ち着かせる最もふさわしい飲み物として、『乾杯』という一言がおもむろに弾け、続いてたおやかな笑顔が互いに交わされる。爆発と収束の混在とした一杯が空気を満たす。そのために運ばれてきた、キンキンに冷やされ黄金色に輝くアレだ。匂い立つような、労働者の命の水といっても良い、いかにも美味そうなビールだった。
     あくまでも見た目はそう映るだけであって、私は勧められても絶対に口につけるつもりはなかった。
     お笑い芸人のHは手に持ったジョッキを傾け実に美味そうに飲む。私は一瞬見た目に騙されそうになったがやはり中身は下水ではないだろうかと、信じられない気持ちになる。




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    日記帳から2003-2004【5】元女王~5(了)







    (3878字)
     世の中で本当に何が起きているかにほとんど関心がなく、政権与党・大企業の広報機関としてのマスメディアの報道にどっぷり浸かり、疑うことすらしない人々がいる。メディアから発せられる情報の読み取り力の低さへとりあえず注意喚起しつつ、彼らも前述したように、具体的にあるいは自分の生活へ直接関わってくる問題については、しっかりと知っておく必要はある。
     しかし、多少乱暴な物言いであることは覚悟しているが、それ以外の毒にこそなれ決して薬にはならない、つまり大衆を煽り昂ぶらせ俗物精神を養うだけの役割しかなく、またそれらが目的とされる類の記事(番組)など、敢えて目にする必要がない。
     俗物主義を自分たちの宿唖であるかのように公言している週刊誌は、世の中には不必要な情報は無く(その姿勢はある意味では評価出来るが……)、低俗・劣情を認め受け入れた上で世の中を論じるといったことが基本的なスタンスになっている。
    そんな彼らに対し私の言葉は空しく響くだけだろう。
     また、TVや新聞等マスメディアは自らが第四の権力として存在しなければならないとする厳然とした役割があるにも関わらず、権力への監視という仕事はしっかりと果たしているのだろうかと、疑いの目を向けざるを得ない。むしろ権力に取り込まれ、互いの既得権益を守り誘導することだけを目的とした報道協定がそこでは遺憾なく発揮されているのではないか。
     官庁に出入りを許された多くの馴れ合い記者クラブから、政府・与党に都合の良い情報のみが天下りされるのだ。あくまでも政府からメディアのフィルターを通しての報道であり、国民までの一方通行、上意下達[ジョウイカタツ(ジョウイカダツ)]のシステムである。それらはいってみればすでに検閲の行われた報道なのだ。

     メディア側からの積極的な操作の結果として、一億総「窃視」化社会が徐々に無批判・無警戒に人々に受け入れられてしまっている。現状受け入れ主義が自覚的かつ意志的である人々、または一歩先の見通しも利かない無知蒙昧[モウマイ]な盲目的大衆の場合、あるいはどちら側でもなく軽薄で敗北主義的な現状肯定論者、つまり三者のタイプに大方の国民が大別されるが、それらの人々は戦後教育やメディアのあり方を端的に表す写し鏡ともいえるだろう。

     私は危機感を持っている。ある人は情報に躍らされ周りを異常に気にし、またある人は世間の出来事に全く関心を持たず自らのことしか考えられないようになっていく。メディアに対して受動的に(つまり伝えられるだけの一方的な関わり方では、そういう症状は早々に出やすくなる)関わる時間が多ければ多いほど、人間としてのまともな感情システムが加速度を増して侵されていくのだ。
     前述した窃視的な感覚というものは、あらゆる選択に対して大勢の顔色を窺い倣うの態度を常とする消極的な無名者か、半自覚的な、場合によって生ぬるい自己卑下のポーズを以って慰みとする人らの感情なのである。
     前者後者どちらも、結局拠りどころの不確かな感覚に長時間浸され、外気を感覚出来ないたるんだ皮膚に、長い長い夢を今でも見させられ続けている。ふやけた頭を持った状態でメディアを通すことでしか世の中が見えない。それが前提となっているのだ。またはかような見方以外の世界は馴染み深いものでないし、自らに深く問いかけ、深く傷つけるかもしれない。だから与えられた安穏とした世界、ぬくもりの中で眠りたいのだ。何かに震えながらであったとしても。
     
     そのような国民を量産することにどんな意味があるというのか。死ねばもろともだとでも言いたいのかもしれない。あるいは、もう進むしかないのだろうか。私は何についても、……いや実際には無知と浅薄さからの勘違いが多いに含まれているくらいなら、むしろ私は何も考えないほうが良いのか。若者なら若者らしく、毎日女の子と話をしたりSEXの機会を窺って、時々空想物語を頭に浮かべているくらいが正しい生き方なのか? 私は孤立している!! この瞬間、特に強く感じられて仕方ないのだ。
     明日は明日の風が吹く……そんなところでいいのか? 昨日からあきらかに疲れている我がこの身、別になにも進歩はしていない

    追記〈3〉 2013/10/25 私がぬるい状況理解にあったことを気付かずにいたのか、ある意味では盲ていたのだろうか。数日前、自民党内で特定秘密保護法案が了承された。特定権者による三十年以上の恣意的な延長を避けるために内閣の承認が必要なそうだが。しかしそれは、果たしてオープン化を阻み続けるために古い闇から新しい闇への単なる橋渡しがされるとの宣言であり、覆いに囲われているであろう実際の手続の過程をどこまで知ることが出来るのか。
    「知る権利」や報道の自由に配慮する旨が明記される運びとなったのは、特に連立を組む党によるところがあったとも言われる、が。確かに条文へと記されるのは大前提として欠くべからざることであっても、問題としない、著しく不当なものでない適正な方法による取材活動とは何なのか。一体誰がそれを決め、問題がもしあった時に誰が判断するのか。そもそも記者がリークを求め官僚が応じなければ、大体が機密に近い情報を集めようがないのでは。
     特定秘密は絶対に秘匿で周辺下位指定までのものは許されるが、公務員側は利益の収賄があった場合はNG、記者側は結局クラブ発表や懇意にしている相手との、日常会話的な遣り取り内でポロッとこぼれた(つまり互いの示し合わせが明明白白とはいえ、偶然さが上手く装われた剣呑さのないリーク)情報であればなんとかOKということか、……いまいち分からない。

     解釈次第で濫用されている法律の一つとして、個人情報保護法がある。現在ではほとんどの企業で顧客管理や商品開発、事故処理等のために膨大な個人情報を抱え、それら利用するためにも適正な保護を企業の使命とする現実がある。でありながら一方、普段外側に向けてはどこも無難な似たり寄ったりの保身的な文言が書かれている程度でしかなく、どの組織も通り一遍な扱いをしているものでしかない。
     そして個人情報漏洩が起こった際には性懲りもなく毎度おなじみで、経営陣の面々が頭を下げ、マスコミを通してテンプレート謝罪がなされる。だけのわりに、一転して言わば自分たちにとって本当の有事になると早速あれらの文言やら規定やらを持ち出し、というよりも翻[ヒルガエ]り詭弁[キベン]的な拡大解釈を早速始めるのだ。
    『一方で問題を起こした社員や、内部の人間が絡むシステムの欠陥に対する特定や原因究明も、やはり個人の情報(企業が一般的に通常時使う意味合いの、利用するばかりが優先される顧客の個人情報ではなく、個人の情報!)に関わっている部分があるのは変わりないので企業として守らなければならなりません。外部に漏らすのは適当でないので内々でちゃんと処理をします』と。
     まず優先的に解決しなければならない事柄への追及なのであって、相当程度に生命身体への、しかも個人自身の重大なミスや意図的な不正行為によって被害が発生したのでない限りは、担当部署以上が責任をもって折衝[セッショウ]すればよいはずだ。当事者の身元を割ることが最大の目的ではない。ともかくの窓口(露骨に叩くだけの標的とはしない)となる責任の所在確認と、問題があったシステムや意思伝達過程を改善させるのが眼目であるという、かってまでの理屈が当然に通用しないのだ。
     個人情報保護の名の下にもっとも直接に関わる当人の存在を過剰に曖昧化させ、何も喋らせないよう口を塞いでしまえば、その姿勢はむしろ部署ぐるみかもしくは組織全体の隠蔽体質をすら疑わせる結果となるだけなのだ。
     元々機構が複雑に絡み合った鎖のように互いを、さらに幾重にも守られた中枢を有する巨大組織や、意思決定がどこでいつ行われているのか外側から分からない、カフカの『城』的迷宮である大企業・官庁・役所で起こされた問題の責任追及をよりしにくいものにさせたのである。
     いいように解釈され濫用された結果として、市民・消費者の個人情報は利用されるだけ利用され、ろくに保護もされず、あるいは売り渡される。社会への影響力を考えて常に活動し、日頃から規制当局や市民団体だけでなく、消費者となる多くの国民が自ら全体の利益のために監視しなければならない大企業、さらにより高い倫理観を求められる公共機関に、本来不正に対して入れなければならないメスを弾き返す頑丈な殻を与えてしまったのだ。

     さらには大抵大企業が起こした、そして隠蔽しようとする類の事案は消費者庁、各事故調――公取や金融庁が出張る時は前者と同様に改善を組織に求めつつも、刑事告発や追徴課税等の具体的懲罰を求めることがほぼ基本となる――が担当する場合が多く(二次調査としてであれ)、上記組織は犯人探しを積極的にするよりもシステム改善を求めることが基本の姿勢となる。そうなってくると本当は隠れ蓑にしようとした個人の情報保護の、より後ろにある経営者自身の責任や組織改善、賠償への金銭的な根拠をがっちり掴まれるのではないかと恐れさせる。芋づる式に奥の院であるそちらに入って来られないよう、現実には言わば社員を守る振りをしながら捨て駒になっても構わないつもりで盾にしているのだ。
     彼らはいつでもトカゲのしっぽを切るつもりでナタを隠し持っているし、組織のため(加えて自分たちに近しい、立場を持ち回りする幹部連たちのため)とのお題目を唱え平気で振り下ろすだろう。これらは個人情報保護による責任の曖昧化では組織を守り切れないと判断した時の、次にとられる選択肢だ。 追記〈3〉了




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