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    タイ旅行、後日まとめ記【全6月24日/6月27日分】







    ※宿のベッドへ横になりながら、または小休止のベンチのちょっとした自由な時間につけたメモから起こしたものです。
    すぐ下記にあります宿の名前くらいはいくつかの歯抜けを除けば合っているはずですが、移動するたびに細かな地名を記述することはあまりしておりませんし、交通機関等々の情報(経路・時間・バス路線の番号等)に関しましても、当時として正しいかったのかどうかの自信はありません。ですが、15年前のことで色々と変わってしまっている部分もあるでしょうから、多少大目に見て頂ければ幸いです
    ここから有用な旅の情報を得ることはできませんで、あくまで無益な、精々暇潰しに興す目的の読み物として眺めていただくことが私の狙うところでございます


    ゲストハウス〈バンコク_カオサン通り〉 【2000年(以下略)6月23日】1日目
    グリーンハウス〈バンコク〉 【6月24日】2日目 
    列車乗車(バンコク→ハジャイ行き) 【6月25日】3日目
    リドホテル〈ハジャイ〉 【6月26日】4日目
    バス乗車(ハジャイ→クアラルンプールペナン島行き) 【6月27日】5日目
    ゲストハウス〈クアラルンプールペナン島〉 【6月27日】5日目
    スイスホテル〈クアラルンプール〉 【6月28日】6日目
    チャイナタウン旅社〈クアラルンプール〉 【6月29日】7日目
    マラッカゲストハウス〈クアラルンプール_マラッカ(インド人街)〉 【6月30日】8日目
    ゲストハウス〈クアラルンプール〉 【6月31日】9日目
    利民旅社〈クアラルンプール〉 【7月1日】10日目
    バス乗車(クアラルンプール→ハジャイ行き) 【7月2日】11日目
    ゲストハウス〈ハジャイ〉 【7月2日】11日目
    リドホテル〈ハジャイ〉 【7月3日】12日目
    列車乗車(ハジャイ→バンコク行き) 【7月4日】13日目
    HARNゲストハウス〈バンコク_カオサン通り〉 【7月5日】14日目
    列車乗車中(バンコク→チェンマイ行き) 【7月6日】15日目
    SKハウス〈チェンマイ〉 【7月7日】16日目
    山小屋〈チェンマイ_トレッキング中〉 【7月8日】17日目
    SKハウス〈チェンマイ〉 【7月9日】18日目
    列車乗車中(チェンマイ→バンコク行き) 【7月10日】19日目
    HARNゲストハウス〈バンコク_カオサン通り〉 【7月11日】20日目
    ステーションホテル〈バンコク_ファランポーン駅周辺〉 【7月12日】21日目
    ステーションホテル〈バンコク_ファランポーン駅周辺〉 相方と別れる 【7月13日】22日目
    ステーションホテル〈バンコク_ファランポーン駅周辺〉 【7月14日】23日目
    マルコポーロゲストハウス〈バンコク_カオサン通り〉 【7月15日】24日目
    マルコポーロゲストハウス〈バンコク_カオサン通り〉 【7月16日】25日目
    マルコポーロゲストハウス〈バンコク_カオサン通り〉 【7月17日】26日目
    マルコポーロゲストハウス〈バンコク_カオサン通り〉 【7月18日】27日目
    帰国 【7月19日】28日目

      
    〔1〕/〔5〕
    【2000年(以下略)6月24日】に記したメモから(2498字)
     昨日バンコクに着きました。(6月23日午後7時着便?)彼とともに、ドンムアン空港からカオサン通りまで。交通手段は駅から高速バスでといった感じでして、旅の初っ端からいくらか散財をしてしまったのです。といっても前回のタクシー500B(タイバーツ=タイの通貨 当時は1B=3.5円くらいか)よりの進歩のほどが窺えるでしょうか。
     飛行機にしろ高速バスにしろ散々待たされていましたが、前に較べてみれば彼の文句や訳の分からない意見なども聞かされる面倒や被害(!)が少なく、いくぶんか楽であったのも事実であります。こんなことを書くと彼に何を言われるか分かったものではないですけど。

     最初に泊まった宿は、名前も憶えていませんが小奇麗なゲストハウスでした。設備は悪くはないのですが、シャワーに関しては不満が少々。こちらにしてみれば何をそんなにと思ってしまうくらいに、料金について彼は頭を悩ませているらしいのです。お金に関して(だけ)は本当に細かいことを気にするのですね。
     しかも気にして欲しい、もっと重要だと感じる事柄に関しては全くといっていいほど、考慮する素振りすら見せないのがまたなんとも――むしろそういったことを気にしている私を、些細な点でいちいち気に病む男だと小馬鹿にしたような態度すらとるのです。
     まあよし、とりあえず思いなおすことにしましょう。腹を立てるのはあまり建設的ではありません、自らのいささか過ぎた決断の迷いや逡巡から来たものも当然というか少なくは無いのですから。仮に原因の一端があちらにあったとしても、必要以上に相手を攻めてみたりその結果に自虐的な気分に落ち込むなど、あとになって考えてみてもやはりアホらしいことです。
     いかにも気にするほども無いのでしょう。これが彼に読まれた日には、なんともまたネチネチと言われるのではないかと心配ですが。


    【6月27日】に記したメモから
     久しぶりに筆を執ります。三日目の朝9時、我々はハジャイ行きのチケットを予約していたカオサン通りの旅行会社へ行きました。驚いたことに(旅行会社の人間からしてみれば当然なのでしょうが)昨日の昼前に行かなければならなかったそうで、店のおばさんは呆れ顔半分に、残念がっているというより何かを悲しんでいるのではないかと見える様子。もちろん我々が約束の時間を忘れていたことに全ての問題があるのです。
     私は駄目になったのなら仕方が無いだろう、別に予定やら行き先を変えてもいいかなどと楽観的にいましたが、結局彼がその場で粘り、格安でチケットの内容を変更してもらえたのです。
     彼に散々言われて腹を立たせながら、確かに自分にも落ち度はあるけど同時に『お前のせいでもあるんだぞ』と言いたかったのですが、多分無駄なだけだし、空しさが増す一方で余計に言い争いが長引くだけでしょう。

     前の旅行のときもそうなのですが、人に任せることがやたら多いくせに、こちらが失敗すると呪いの森に住む魔女の如く呪詛の言葉をいつまでも投げつけてくるのですね。半ば癖なのでしょうか、最初は強烈でも途中からは面白半分のオチャラケのようでして、どうやら本人もそこまでの悪意はないのかもしれませんが、ただあまりにしつこく感じて腹を立ててしまいそうになるのです。ちょっとした出来事が実は今朝方にもありました。
     全くもって1日あったことを書いていくときりが無く、それこそ膨大な文章の量になってしまい旅記本来の趣旨からも逸れてしまう恐れがあるので、内容については色々考慮した上で割愛していかなければならないでしょう。自分自身にある意味では申し訳なく思うことも少なからずあるとはいえ……。

     鉄道までの道のりに関しても意外と面倒でして、店のおばさんに教えてもらったルートは二人ともなんとなく理解出来たという程度なのに、トゥクトゥクで駅まで行くことについては彼が保留にしたせいもあり、仕方なくバスで行く羽目になったのです。嫌な予感しかありません。
     ナンバーは分かるがどこから出ているか分からない、はなはだ無鉄砲といえる行動に私は少しばかり不安を感じ、彼の無計画さを呪いたい気分です。やはりトゥクトゥクを利用するべきではと肩を叩いて促すべきか迷い、それを口にしても無駄なのだろうなと結局諦めて(腹をくくって)後について歩き始めたのです。

     スクンビット通りまで市営バスで行き(実際には目印となるものも無くうつらうつらと乗っていた結果、運良く辿り着いた)、一旦車を降り東バスターミナルからの駅までの行程に関して調べてみました。
     しかしまた悩まされることになったのですね。前の夜に『地球の歩き方』を調べバスのナンバーについては判明していたのですが、1・20・43という3種類の数字を冠するバスがあるとの大雑把な情報でしかなく、それら系統のバスのルート上に目的のファランポーン駅があるらしい、と。
     我々は検討の結果まず乗るしかないだろうと結論し、もしも乗り過ごしやまたはバス自体に乗れないことがあったら、今度こそトゥクトゥクで行こうと決めたのでなにやら一安心です。初めてきた国でわざわざバスの系統を調べ、正しい経路を選択出来る自信など私には無かったのです。もちろん彼がそんなことを得意とするなどの話を聴いたこともありませんし。
     結局不安は的中せず、バスを利用して駅には無事に到着したのです。先ほど説明の通りチケットの内容を変更していたので(例の何かを悲しんでいるかの顔をしたおばさんのところで頼み、チケットの内容つまり出発時刻をずらしてもらっていた)、着いた頃にはすこぶる時間が余り、我々は不届きにも昼からビールを大瓶3本も飲んでいたのでした。
     気分もすっかり良く、我々はひたすら飲んでは待ち続け、やがて到着した列車にいくぶん心もとない足取りで乗り込んだのです。随分と朝から急かされたような気がしていましたが、もうそんなことはどうでも良くなっていたのです。なんとも現金なものと言いましょうか、まあ、旅は気楽に行きたいですね。もし可能ならば。


    〔2〕/〔5〕(1130字)
     私たちが乗る列車は寝台車でして、しかし寝台のある個室を見ても壁側にしかベッドらしきものが見当たりません。
     これで人数分があるのだろうかと不安になりながらも、個室を後にして自分の席を今度は探すことになり、これは結構あっさりと見つけました。早速座ってみると、座席が多少固いところまでは想像の限りなのですが、妙に上が狭いのですね。圧迫感があり普通に座ってはいられても、なんとなく頭の上に迫る棚の感覚が気になってしまう席の高さなのです。
     ところで私の前の席は彼ではなくタイ人(多分)の青年だったので、列車に乗り自分の寝台を発見したことや、席が無事確保出来たなどの昂揚とした気分が少しくじかれてしまい、いくらか気まずい気分にもなりました。言ってみれば17時間ものあいだ言葉の通じない人と席を向かい合わせにするなど、前言を撤回しますと、本音を言えば「少し」ではなく「凄く」なのであります。

     列車は走り出し快調に風を切る。タイの湿気を混じった熱風を窓辺で受けて取り、バンコクを離れやっと前回の旅との決別、あるいは進歩を見ることが出来たなと感じました。半分目を閉じ市街地の雑踏から遠ざかっていく私の体が、まるで「新しい私」になった気がして、すがすがしさのようなものすら――。

     前に座った青年からもらったビールはなんとなく飲みづらく、結局三口くらいしか口をつけませんでした。タイ人の彼には申し訳なくも、ビールは駅で浴びるほど飲んだし、目の前で開けられたと思うのですがどうしても気になってしまい進んで口にする気にはならなかったのです。
     今回の旅について彼と日本で打ち合わせを何回かしていましたが、そのときに教科書となったのは『地球の歩き方』です。小さな注意メモとして紙面に載っていたと記憶していまして、確かアルコールなどに睡眠薬を混入し、相手が眠っている隙に盗みを働く人がいるといった物騒な内容が書かれていました。
     私は安全指南を思い出し忠実にそれを守っていたわけです。一方で彼は教科書の教え(?)を忘れてしまったのか、全く気にせずに上機嫌でタイ人の青年と乾杯などをして盛り上がっているという有り様。
     十数時間後に電車から降りた私は彼に失礼をしてしまったなと反省し、相方はこちらのことをあまりにも神経質過ぎると笑っていました。

     夜になってやっとベッドにもぐりこもうとしていたとき(私は寝台車の下段でした)、突然上の男が降りてきたらばそのまま別の車両に行ってしまい、すぐ後には車掌が来ましたが何の説明も無しに、ほとんど強引にこちらを上の段に移動させたのです。
     以降は特に変わったことも無く、上下二段の寝台が縦に並んで壁に張り付いているわけですが、自分の寝床から見て斜め下に寝ていた女性の脚が気になったくらいでしょう。


    〔3〕/〔5〕(1103字)
     朝6時頃には完全に目を覚ましてからは、すぐに寝台をしまいこむ作業に取り掛かったのでした。昨日からシャワーも碌に浴びていないこの身体であり、しかもその汗を吸って限りなく臭くなっているシャツを着ていることで、最悪の心身の状態なのです。
     すぐにでも宿を見つけシャワーの滝に打たれたい。ハジャイでは駅からすでに乗り合いタクシーの乗客争奪戦が繰り広げられ、全く疲れている身体を休息させる暇も与えられないくらいに、次々と手配師(?)が近寄って交渉してくるのでした。
     そういった諸々の面倒な輩を無視してさっさと通り抜けてしまおうと、いつもと同様に日本人の最大の武器であるあいまいな薄ら笑いを浮かべつつの、さすがに旅を始めてから要所々々で使ってきたスルー技術ですので、多少手馴れてきた感もあるのですね。

     街は私の予想以上に栄えていて、特にデパートや電化製品の類の商品が売られている露店も多かったのです。
     駅を離れ少し歩いていると「LIDO」というホテルを見つけ、そこに一泊させてもらおうということにしました。中華系の人が経営している「旅社」と呼ばれる宿泊施設で、雑居ビルをホテルに改装した感じでしょうか。
     二階の廊下では漆喰の壁の一部分が長方形に切り取られていて、それが明かり取りの窓がわりになり、少し高い位置から気持ちの良い光が入ってくるのです。一方若干古びたビルの造りと、出入口のほぼ正面にあるカウンターから上に続く広めのゆったりした螺旋階段周辺は、始終ほとんど日の入らない薄暗さが却って心地良く、個室は中国の地方都市あたりの民家を彷彿とさせるような一室といったところでした。
     チェックインの後、我々は溜まっていた洗濯物を一気に洗い出すことにしました。
     荷物の中には大袈裟ではなくすでに腐臭が漂う物すらあり、短くも充実した生涯を全うされたシャツが数枚。とりあえず天気が実に良かったものですから、干した下着は当日のうちに全て乾いたのでした。
     しかし我々もそれが乾くまで待っているほど心の広い人間ではありませんで、彼の提案でウォークマンを買いに行くことになったのですね。近くの露天に売っているのを見たとか、ほいほいと話を信じてついて行きました。話によるとすぐ近くみたいだとのことで。

     どのくらい歩いたか忘れましたが、大して時間は経っていないのだと思います。露天が見つかりしっかりとウォークマンもあるらしく、互いに色々と物色を始めました。
     店に置いてある商品はまあまあ綺麗ではあるといっても、それでも細かい傷があるのもしばしばです。
     どういった経路で屋台のワゴンに乱雑に置かれているのか、おそらく誰かから買い取られた中古品だったのでしょうか。まずは安いウォークマン(?)を、ついでに現地のアイドルの歌が収録された歌のカセットも2本購入しました。


    〔4〕/〔5〕(1310字)
     ホテルへ帰ろうということになり、来た道を逆に辿ればホテルがいずれ見えてくるのではと、軽く考えていたのです。安価で購入したウォークマンは意外に音質も良く、よく見るとマイクから周囲の音を拾って録音する機能もついていました。
     なんとなく気分の良くなった私は、来る道よりも一層軽い足取りといった感じです。私も彼も道を憶えているはず、でした。
     しかし初めての土地では色々とうまくいかないものですね。我々は散々迷い、何度も同じ道を通り、袋小路に陥ってしまった錯覚すら感じる始末なのです。
     彼の話によれば(ほとんど彼に任せていたし、自分にはもう道のことをとやかく言うだけの自信も余裕もなかったので)、ある通りに出れば彼には判るのだそうでした。
     その通りはこの通りとどこが違うのか、説明を求めても碌な応えは帰ってこなかったでしょう。

     反論する気にもならず、大体何に反論をしたらいいのかも段々分からなくなり、その日は気温もだいぶ高くなっていたので、噴き出す首筋の汗が襟首から胸のあたりまでをぐっしょりと濡らす中、黙ってついていくしかなかったのでした。
     彼が言っていた通りはいくら探しても見つからず、初めからそんな目印自体存在していなかったのではないか、もしくは嘘……いや、嘘をつく理由は無いだろうから勘違いだったのではないかと、あらぬ疑いを沸き起こし打ち消しては否定するを繰り返していたのです。
     止めましょう、色々考えても馬鹿馬鹿しい妄想の類しか思いつきませんし、彼もまあ必死になっていると当然信じていました。少なくともただ黙って歩いているあいだは。
     我々の疲れ苛立ち、焦りは頂点を迎えようとしていたはずでした。いや、ひょっとしたら気づかないうちに、行き場の無い怒りやじりじりと迫り来る焦りの感情すらも、熱帯の気候によって汗とともに流れてしまっていたのではないかなどと、後になってそんな気さえしていたほどです。
     そう考えられてしまうくらい、当時の私は何よりも脱力していたのでした。
     
     妙なのです、こんな迷子のような状態を脱して一刻も早くホテルに帰りたいわけでして、しかし彼の行為はそれに反するかのものが何度もあり、良く分からないのです。
     例えば私がツーリストポリスにホテルの場所を聞こうとしたときも、数メートル離れたところであらぬ方向を向いていました。まるで、彼は自分には関係が無いことであると振舞っているとしか見えないのでした。
     あるいは、道が分からなくてどうしても教えて欲しいなら勝手にすればいい、俺は本当に知っているから訊かないよ、現地の人間ならまだしもツーリストポリスに尋ねたりするのは、素人旅行者っぽく思われて恥ずかしいことなんだと言わんばかりに。
     さらにその数十分後にタクシーのほうから声を掛けてきたときにも、ホテルの場所を知っているならば運転手が連れて行ってくれるはずだと今度こそ期待したのです。が、車を呼びとめ話をしようとすると相方はあからさまに拒否をして、そんなことしなくても大丈夫と言い切ったのです。
     もうその状況では一刻も早く解決策を見出したい、いや最早[モハヤ]縋りつきたい気持ちだったわけですね。なのに折角の機会を無碍[ムゲ]に断った……。


    〔5〕/〔5〕(1150字)
     そのときが初めてとは言えませんが、彼に対して抱えていた疑惑の塊の鼓動が限界の地点を超え、破れたそれは血を流し始めたのです。
     と過ぎても聞こえる不穏な表現ですけれど、私の中では俄[ニワカ]に信じがたいと思われる行動の数々が、いずれ憎悪の対象になっていくのではと確信に近いものに目の前を暗くさせながら。
     しかし敢えてごまかしてでも今は何とか先延ばしにしたほうがいいかもしれない、と。まずは、現実の問題を解決しなくてはいけません。

     結局、根拠もなく闇雲に探し回っていた相方が折れた形になり、乗り合いタクシーを見つけホテルまで送ってもらったのです。
     乗り合いタクシーの中では少し面白いことがあったのですが、どうにも気が乗らないのでまた機会があれば記すことになると思います。
     ホテルへと帰りフロントで鍵を受け取ったときには、余程逃げてしまったのかまた事故にでもあったのではないかと心配している様子で、女主人はカウンターの脇に出した椅子に落ち着かなく座っていたのでした。
     部屋に帰るといくらか気持ち治まりました。とりあえずベッドに腰かけながら、その日の強い日差しによって洗濯臭も消え少し硬くなった服を、いちいち確認して再びバックパックへ。簡単な食事を部屋で摂ると後は何もなく夜は更けていきました。
     次の日我々は国境を越え、なんとなくそれと決めた目的地のペナン(マレーシア)へと向かうことにしました。
     早速代理店を探し当て(とはいっても、本当はだいぶ探して見当違いの場所で見つけたのでした)、350Bでペナン行き午後十二時発のチケットを意外にあっさり、今までと較べると拍子抜けするほど早く手に入ったのです。
     ところがバスの到着を待っていた我々には待てど暮らせど一向に到着の気配なく、かといって十二時発と書いてあるのにいちいち聞きに行くのも間抜けですので、彼の文句やら独り言を隣りで聞き、私も何をどうすることも出来ず内心穏やかではありません。
     三十分後でしょうか、感覚的にはあまりに待たされていたので一時間半くらいに思えるのですが、短針はわずかに動いただけで長針が指した先は真下を向いていましたので間違いないのです。
     気を揉んでいたのは我々だけだったのかもしれません、後ろにいた職員っぽい人たちは談笑をしながらタイ式将棋に興じて(中国式将棋かもしれません)いたのですね。
     やがてチケットを購入する際に訊ねた女性が小走りに来て、おそらくバスが来ましたよとでも言葉とジェスチャーで必死に伝えてくれているよう。
     言葉のまるっきり通じない日本人に対し、自分が引き受けた客だからバスに乗るところまでは何とか責任を持ってやろうという彼女の態度は、確かに仕事だから当然といえば当然のことなのかもしれませんが、大袈裟に言えばそのときの私にとっては仏心に等しく感じられるものでした。




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