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    小説メモ1話まとめ(イメージとしての習作)【1】宛先のない手紙





    (4222字)
    〔1〕/〔4〕
    『この手紙を受け取った人へ、僕のことをどうか探さないで下さい。あなたが誰であろうとも、僕には会う資格はありません。ただ、何故このように最後の手紙を出すことになったのか。その理由だけは伝えておきたいと思ったからです』
     この手紙を書いている者はもはや落伍者、いや廃人も寸前。あのような悲劇に見舞われるとは思いもしなかった。ああ、運命とは時に狂気の牙を向き、その憂うべく餌食となったのは、力なきこの僕だ。
     悲劇、いや喜劇と人は呼ぶだろうか? とりあえず今一度、これを最後にあの記憶をたどってみたい。この身にとっては無意味な拷問であり、残酷な、歴史の姿です。

     僕はとある村の村長の義理の息子という立場でした。そこではほとんど有史以来といっても良いくらい、争いが絶えることのなく繰り返されている村だったのです。
     いえ、別に村の中での争いごとではありません。それは隣村との土地のことや川の水を効率よく引くための水路のこと、他にも争いの種になりそうな案件は山ほどありましたが、結局はそのどれにしてもがおそらく、外の人間からしてみれば大した問題ではないと感じられる程度のものなのかもしれないと、特にこの手紙を書いている現在の僕にとっては認めないわけにもいかないのでしょう。最近でははっきりした理由もなしに隣村との争いが起こるという状況になっていました。
     ですがそれでもひとつ言えることがあるとすれば、元々の原因はこちらではなくあちら側にあるのです。つまり隣村の連中のほうにあったと、伝えられています。皆と同じく当然それを信じていました。
     村では戦への機運が高まりつつあり、そのようなことは村長の義理の息子でもある僕の耳にも毎日のように入ってきました。
     それから数週間が過ぎて、ついには自身も出征すべき状況であると判断しないわけにはいかないところまできてしまったのです。義理の父の村長は総大将の跡目が死んだらこの村は終わりだと言い、なんとか止めようとしているようでした。ですが、この村の勇士は数多の歴戦によって皆華々しく散ったというのが伝えられ、それが子供の頃に昔話として読み継がれていた際には、なんとも体が打ち震えるような感動を覚えたものです。自分もいずれは彼らと同じく勇者の末席にと当時に考えていたことを忘れていません。僕は戦場に赴く決意をしました。


    〔2〕/〔4〕
     4、5キロ手前の野営地で一晩を明かし、最低限の荷物だけを抱えて力なくうなだれ乾ききった灌木たちの無人の荒野を抜けていきました。
     戦場はひどく荒れていました。足下の砂と細かい石に少し気を取られながらも一歩を踏み出し、再び顔を上げ周囲を見渡したのです。瞬間、目の前で何が起こっているのか理解出来ずにいました。が、しばらくして次第に目が馴染んでくると、そのあまりにも凄惨な光景に今度は思わずめまいを感じてしまい、近くにあった朽ちかけた木の柵へ手をついてしまいました。恥ずかしながら、なにやら膝が勝手に震え止まらなかったことも今でも覚えています。
     ですが額の汗をぬぐい顎をひき唾を飲み正面を向き直りました。決して二度目は俯かず、睨みつけ、いえ……見据えてやったのです。そうです、勇気を取り戻したのです。この身に鞭を与えたものは、自分自身が少年時代の頃のあの勇士に対する憧れと、それだけではなく、立派に恥じない働きをし彼らとともに永遠に天の世界で生きようといった、希望によってなのでした。さらにその足をもう一歩二歩と踏み出しました。
     歩けど進めど死体ばかりでした。泥にまみれ自らの血液に窒息しそうなほどに血を流し、伏せ倒れた兵士。塹壕の縁に上半身を載せそのまま息絶えた兵士。彼らの体は風が吹くたび子供たちが向かい合って座る遊具のように、ゆっくりと行ったり来たりを繰り返していました。酷たらしくも体の各部のいずれかをかなり失い、生あるうちに苦しみに死んだのかと想像されると、僕は自分の目頭を押さえずにはいられませんでした。ですが乾ききった砂では一時的に弔ってあげることすら出来ません。彼らの死を称え報いつまり先へ進むが、そのときその場にあるものの生なのです。
     我が軍の前線部隊が一旦撤退し現在はにらみ合いの状態だったのでしょうか、激戦の間隙を縫うことに成功したのかもしれません。敵陣には難なくたどり着いたのでした。一時は強かった風も急に収まり、戦場を炎熱と死臭の坩堝と化していた太陽さえも静かな暗雲に身を隠しました。この人生の最後に向けて自然でさえ、なにかその活動を遠慮しているかに思えたほどです。


    〔3〕/〔4〕
     僕は当然死ぬ覚悟でした。こちら方の劣勢は村長の重い口取りや、近所の主婦がする会話の端々からも、またこの場の味方らしき死体の数でわかっていましたから。
     腰に巻きつけた手榴弾のピンを外し、その塊を敵の総指令として指揮を執る、隣村の村長がいる本部に目掛けて投げつけました。遮蔽物のないきれいな空に放物線を描きやがてボトリという音を立て、たった数秒のはずですが不気味なほどの沈黙は随分長く感じられたのです。そのとき遠くで、群れを作って南を目指す数羽の渡り鳥らしい鳴き声がしました。なんだか可笑しなものですね、人間の争いなどどこ吹く風といった具合に本当に平和そのものの声なのです。しだいに鳥達の群れは遠ざかり、その声も空に反響して消えてしまい……。
     やがて沈黙を打ち破る炸裂音と同時に本陣の壁は瓦解し、そこから中が見えたのです。とはいっても中は煙が立ち込めていたので僕は陰からしばし様子を窺い、期を見て突入することに決めました。近くにもぬけの殻のトーチカを見つけたので、まずはそこに隠れることにしようと。
     五分もじっとしていたでしょうか。少しのあいだ目を離していた僕は再び崩れた敵本陣の壁の穴から中をのぞこうと、自分の隠れているトーチカから首を伸ばしました。次の瞬間、首筋に冷たく硬いものが押し当てられたのです。僕は観念しました。父よ、すいませんでした。力ない息子を許してください。ただ、これで勇者の末席です。誇ってください。それから、村のみんな、先にいっているぞ。

    『その後敵陣に連れていかれました。一気に処刑されるのか、残忍な隣村の連中にふさわしくじわじわと殺されるのか。腹を決め黙ってなにも喋らずに殺されようと、死んでいった彼らに誓いました。敵軍の中の一人、おそらく隣村の村長である男はゆっくりと背後に回ってきました。恐ろしい男だとは噂に聞いていましたが、そのときばかりはなんの恐怖心もなかった。そいつに殺されるのです。こちらの手を取り、縄によって縛られた部分を丹念に調べ始めて。やがて、……彼の手によって紐を切られて自由にされ、なんのつもりだろうと訝っていると周りの男達が僕を囲み脇を抱えて持ち上げたのです。そして村長は顔をこちらに近づけこんなことを言い放った。「……もう、終りにしたいんです」僕は――』


    〔4〕/〔4〕
     記憶のままに子供時代からあった隣村との争いの様子を描き、現在の顛末までに筆を進ませた。自らは英雄への憧れが変わらずに青年に至り、むしろ大きく膨れ上がった空想の中に生きてきただけの無力な男だったのかもしれない。手紙を読み直し最後こう付け足した。

    『もはや死に場所を失いました。死んでいった仲間になんて言ったら許してもらえるでしょう? そんな言葉はありはしません。おお、偉大なる勇者達よ、このあわれな男の命を、どうかあなた方に差し上げてしまいたい。しかし二度と叶わぬことを悲しみ嘆く資格すらこの身にはない!! 尊敬する父よ、あなたにこの世で二度と会うことはないでしょう。あなたの幸せと健康、そして村の繁栄を祈っている。最後にこの手紙を受け取った誰か、もしあなたが手紙を書いた人間のことが誰か分からないなら、いや、もしも僕のことを知っているならば、そっとこの手紙を焼き捨てて欲しい。何故なら刃が届くほどの距離に、目の前にいたはずの宿敵の村長を殺せなかったばかりか……』
     身体中の臓物がひきつるような強い緊張から随分開放され、いえ、実際にはいつの間にほとんど抜け落ちてしまっていたその時の僕は、喉の渇きを密かに覚えていました。とっさにそのことを感づいたのか後ろに控える部下に指示することもなく、自らでよく冷えた甘い匂いの酒と、あの場所のライ麦で作ったとされる固パンをすぐに運んできたのでした。

     現在ライ麦は互いの村の境あたりの一角で細々とだけ採られています。昔は畑の広さも今よりずっとあって、農繁期に限っては休戦にしようとの決まりがいつからあったとか、ここ二十数年来では失われた取り決めが随分長い間あったというのまでは、我が村に関する歴史として子供の頃から聴かされていました。
     そして彼、………敵の村長の話によれば、銃や爆弾を鎌や穂打ち棒に持ち替えた彼らはどちらでもよく収穫し、活き活きと働く農夫同士は取れ高を競い、また各家族を養うためにある程度均等に麦束が均された、のだと。
     ある年など、すぐ二三日前には戦闘が局地戦からの拡がりをいよいよ本格的に迎えていたとされる状況にあっても、それは例外ではなかった。年に一回の隣村との共同刈り入れの際には大々的に数週をかけて行い、普段は畑に足を踏み入れられない子供に農作業から身を引き小屋の中で手仕事をしている老人まで、全てが楽しみしていた祭りのようだったということらしいのです。
     現在でも特に理由は分からないが暫定的な非武装地帯とされ、数代に亘る両村長が長年のうちに行った数多くの仕事において、当該事項を含む協定の有効期限の更新だけは何故か滞らせたことの一度もなかったという、あの場所。

    『――とっさに伸びそうになる手を引っ込め、返す刀で睨みつける僕へと向けられた隣村の村長の顔は、だいぶ削げた肉に若干の土汚れで黒ずんだ頬と、随分と放って置かれた白い無精髭の目立つものでした。そのあいだから見え隠れする、ひび割れた唇が静かに開かれているのでした。まるで馬鹿馬鹿しい言い方ですが、それは穏やかに何かを諭すかの顔にも見えたのです。あるいは自分の息子に対し厳しい叱責の言葉を発さず鷹揚な父のように、ただ目の前にいて何かを促しているとでも見えるものでした。……そして、僕はついに我慢出来ず相手の施しを受けてしまった。敵であるこの身へ彼の目を背けんばかりの一見親切心と、底意は知れませんが巧妙に誠実さの装われた人柄にほだされ、懐柔されてしまったのです。いや、あの男の意のほどは分からない。ただ僕は父の村長に無断で……愚かにも終戦の合意書にサインをしてしまったのだ』




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