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    小説メモ1話まとめ(イメージとしての習作)【1】僕と森星(未完)






    (8262字)
    〔1〕/〔6〕
     なんにしても他愛のないことの数々で、日本中の中学生を二人一組で無作為に入れ替えても特に問題はなく、いくつかの話題に対しての反応は――それらはつまり限られた狭い世界についての、または自分が知っている世の中のごく一部だけ姿を見て、感じたことが大半ではあったが――誰とどこでといった一切の要素など関係なく、ほとんど似たようになされる互いの無理解を理解していない話し合いとして、その際示し合わせたわりにぎこちない笑顔が伴い、あるいは思わせ振りの上手さが競われるだけの結局内容の乏しいやり取りが全ての場所で繰り返されていたに違いない。

     クラスの中の一部の男子がたまたまどこかから入手した男性用避妊具[ヒニング]が、早速休み時間には教室内で行われる秘密の閲覧会の出展作品となっていた。
     順番が回ってきた僕も、それをどうということもないといった風に掌[テノヒラ]の上に乗せいじくり回してみたが、結局どちらが表裏なのかすら分からなかったし、先端の膨らみや、指先に微かに残ったさらりとしたゼリーは何なのだろうかとの様々な疑問も浮かび、周囲で笑い声やら奇声を発する男子生徒の様子から何かが分かるかもしれないと窺ってみることにした。
     ひょっとして体に有害だったりしたらと、いつまでも皮膚の上にあることに対してこわごわとした気持ちもいくらかはある。ただ、それをなんとなく、授業が始まるまでのあと数分のあいだに洗面所で洗い流してしまうのがもったいないような気がして、先程より惜しむ気持ちで多少真剣に匂いを嗅いだり色を確かめているうち、自然と掌全体に馴染んで消えてしまった。
     何も口に出さず誰にも問わず、最後にもう一度だけ根元から先までを眺め手をくるりと返す。裏返した指先が内側からほんの少し熱を発していることが少し怖くもあり、机の下に隠した。

     周囲の世界から差し出される様々な視線や、他人から別の他人に向けて放たれた言葉が口の端をこぼれ僕の耳に滑りこんでくる時、それは曖昧[アイマイ]に意味を持ちながらも不器用に噛み砕かれ解きほぐされて、自分にも何か関係があるのだとするとどのように思えばいいのだろうかと、試行錯誤と理解――大抵は、誤解を繰り返していた。
     青い実は外から触れられるあらゆる手に対して自らの固い皮膚が拒絶と恐れを表すが、それでも少しずつ世界を知り内部の膨張とともに圧力の高まった皮膚は、その力に適応するために段々と世界に馴染みやすい柔らかさに落ち着こうと日々努力する。淡いほんの淡い紅色に染まりつつある時期。
     まだ中学最後の始業式が終わってから1週間も経っていなかったころ、森星に出会った。

    〔2〕/〔6〕
     小学生の後半あたりから徐々に肥りだしていた僕は、中学3年に上がる時点でクラスでもかなり大きいほうだった。横幅はもちろん言うまでもないが、身長も後ろから点呼[テンコ]を取ればすぐに返事をする番が回ってくるといった具合に。
     当時はそれでも、自分にはいくらかは格好の良いところもあると根拠の乏しい希望を持っていた。元々は、皆が似たような感覚を持っているのではないかと思えたから、それならば当然、自分にも勝手に信じるくらいのことは許されてもいいはずではないか、と。
     全ての中学生はどこかしら身体のバランスが悪いように見えた。それは疑う余地なく受け入れる事実として僕の前にあった。
     自然な成長過程においてでも、個人間の発達段階に差が生じたりするのは至極当たり前で、さらに積極的な運動やちょっとした生活傾向の積み重ねによって、ある部分だけ大人以上に成長(変化)が著しく起こり易[ヤス]かろうと、むしろ全く珍しくもないのではないかと思う。だから多少の肥満にしても、成長の一過程に大きくは括られる現れでしかなく、僕にとってはちょっとした不都合な面が表に出たに過ぎないと軽く考えていた。
     中学時代にあってはあらゆる部分が決定されてはいなかった。

     当時はたぶんそのことをある程度意識していたはずで、現在でも同じ感じ方を失ってはいない。
     たとえば、黒人解放運動のリーダーになることは出来なくとも、東大文学部に入ってノーベル文学賞を獲るであれば、可能性としては充分あるだろうということだ。何故そんな例になるのかというと、当時から読書が趣味で将来は小説家など文章を扱う仕事に就ければいいなくらいに、漠然とした夢とも呼べない曖昧な空想を抱いていたからだ。ちなみにノーベル文学賞が政治色の強いものであると知ったのは、だいぶ後年のこととなるが。

     森星は隣のクラスの男子で、そのころ小学校の当時から知り合いだった男子と休み時間になれば遊んでいた僕に彼は声を掛けてきた。「ねえ、君は○○だろう? 今日一緒に帰らないか。家が近いはずなんだ」
     あまりに唐突に話しかけられたものだから少し戸惑い、特に乱れているわけでもないはずの鼓動を抑える間をおいてみてから妙に慇懃[インギン]に答えた。
    「君の名前はなんていうの。僕のことは何で知っているわけ?」(今でもそうだが、初対面の人に対しては「僕」と自分のことを呼んでいる)
     言い終わった後で、なんとなくバツが悪い気分になった。少し男子相手に動揺している自分が恥ずかしくなり、相手の正面に立ち向かうように顔だけでなく身体ごと向き直った。そして今度は少し後悔した。
    「まあ、それは帰りに話すよ。じゃあ君のクラスにホームルームが終わったら行くから」
     彼は振り向いて帰ろうとしたが、その時自分でも驚くほどの早さで前へと振りだされようとする相手の腕を掴んだ。半ばこちらとしても突然の動作、予期していた以上に強く手首を握ってしまった気がして、意外に細い腕からすぐに力を緩めた。
    「ちょっと待って。名前のことは別にいいけど、帰りの待ち合わせは正門を出たところの横で待っててくれない?」矢継ぎ早[ヤツギバヤ]に、僕からの連絡事項を確認し終えたばかりのその背中に投げかける、もう一言。
    「10分待っててもこなかったら帰るから。……いいよね」
    「必ず行くよ、君より早く」


    〔3〕/〔6〕
     それからは落ち着かない何時間かを過ごした。彼はどうして自分のことを知っているのか、小学校のころに交際があった人間は少なかったし、そうでなくとも何度か話をした同学年生ならば忘れるはずがない。
     相手のほうだけ一方的に知っているというのは奇妙で、少なからず中学3年生の多くの人間が抱く感覚は僕にも同様にあり、世の中のことが大体は分かっていたつもりでいて――これはもちろんただの思い上がりに過ぎないとすぐに分かり、その時だって心の片隅では疑いや不安の意識が全くないではなかったが――、つまり自分がここ数年間に付き合ってきた人間のことは大抵覚えている、どんな人間なのかそれなりに内容を理解出来、普段から関わりのある(あった)身の回りの世界をおおまかに掴んでいると、ある程度は信じていたのだった。

     僕にしてみれば一般的な人間関係というものは、自身が進んで関知していない、あるいは気づかずに相手からまるで一方的に関係を持たれるなどはありえない。
     たとえばそういったものがすでにあるかのよう勝手に向こうが思い込み、またはこちらは始まりの不確かさに困惑しているにも関わらず、それを敢えて僕自身も無視して関係を結ぶことを認めなければならなかったり、訳も分からないうちに相手が持っている(いた)とする関係を通告されるなど、当然あってはならないはずだった。
     正体不明の関係になんと名づけてよいのか途方にくれている間に、カタチ、色合いの掴み難さ不確かさこそが他との違いであって、まるでそこに価値があるなど半ば無茶苦茶な理屈が姿を現してきたりすれば、僕へとさらなる致命的な混乱がもたらされるに違いないだろう。
     名前さえ知らない状態では相手について考えている全てが無意味に違いないし、そんな時には常に受け身の関係になるということだ。相手が何かを言ってきたからこちらも何かを反応して返す、次も、また次もといった感じ。なんだか、嫌な気持ちになる。

     ひょっとしたら、いやこれはあまり可能性はなさそうだったけれど、小学6年から中学3年に掛けて、例のバランスの不均衡なだいぶ急ぎ気味の日々のせいではないかと――休む暇なく夜のあいだに人知れず、頼もしくもあり正体の知れない成長。というよりも変態に近いのかもしれないにしろ――、それは僕が知っていた顔がいくらか硬さを帯び各部位を離れさせ、やがて身体から小学生のころの丸みを次第に失わせ始める。
     それでもまだ生意気で儚[ハカナ]く、愛おしい子供特有の乳臭さがあり、何かに守られていることをおぼろげに感じさせるものだ。時に子供を何よりも愛するそれを唯一のアイデンティティーにしているように、まだ成長途上の身体を強く抱きしめている。自らと他人の区別がつく心身の成長段階(あるいは世界理解)に至った彼らは、その身もまた抱きしめられながら中心の一つをなしていることに気がつく。
     彼らは強く庇護[ヒゴ]されている。弱く傷つきやすい者へと世界から与えられた特権的なプレゼントとして、とはいえそれの使い方を間違えた末に現実の世界で現実的な問題を様々に抱え込んでいくと、特権はやがて彼らを怪物へと変化させる萌芽[ホウガ]の苗床[ナエドコ]ともなる。
     混乱した思考とともにある肉の塊が弱さを隠しつつ押し殺した声に怒りを込める時、半睡[ハンスイ]に慈しまれた世界は狂気へと逆転するだろう。


    〔4〕/〔6〕(残4458字)
     放課後、いくぶんの気の高ぶりが胸に沸き起こることがなんとなく癪[シャク]になり、反して逸る足の運びを敢えて抑えるために却って動きはぎこちなく、それでもいつも通りに階段を降りていった。多少は駆け足になっていたのかもしれない。
     一気に下まで駆け下りるつもりが下駄箱の見渡せる階段の踊り場で一旦足を止め、少しだけ息を弾ませながらその先にある玄関へと周囲からまたは自分を追い越して向かう足早な生徒たちを目にする。と、何か小さな塊が胸の内で自然に息づきを始め、1分前までの眉間に皺を作りながら何を思うところのない日常に繰り返される僕の下校風景じゃないか、という気分はどこかへと消えた。少しの遠回りもせずに正門を目指した。

     いつの間にかまるで、校長室に呼ばれおそらく直々[ジキジキ]に表彰状を手渡されるんだ、そう信じて足を向かわせている生徒よろしく誇らしげな慎み深い顔をして、それでいて小っ恥[コッパ]ずかしいようなきまり悪さも混じった心境になり――予想通り彼は先に来ていた。
     随分涼しい顔をしていたが、同学年の他のクラスは(後で確認したところによると彼は隣のクラスだった)僕のクラスとほぼ同時にホームルームが終わったはず。壁を隔てた前後の教室でも別の教師の声を皮切りに、忙しそうに椅子を引いたり机を押したりあちこちで会話が始まったりと、突然盛り上がった開放からの喧騒を耳にしていたからだ。
     それなのに、走り終えた直後の荒い息遣いを整え呼吸を落ち着けている時の不自然に胸を大きく上下させる動きはなく、ほんの数分前にはあったはずの走るためのエネルギーが静まり収まっていく過程を示す、微かな余韻もまるでなかった。彼はずっと前からそこで待っていたかのよう。

     学校から一番近くにある自動販売機が、正門から50メートルばかり離れた小さな個人商店の脇に一台だけ設置されている。
     販売機の型は相当の旧式(はっきり言えば二[フタ]時代近くは以前)で、当時でもそこ以外で目にする機会のほとんどなくなったタイプのものだった。整備する人間も5年は来てないんじゃないかと思わせるほどに、ところどころに 大小の凹みがあり、ショーケースのガラスにはいくつものヒビが入っていた。
     排気ガスや犬の小便で全体から特に足元にかけては致命的に汚れきって、すでに打ち捨てられ街中に放置された廃棄物――のわりには意外に綺麗で原型は一応留めている程度――にさえ見えなくもない。
     ただそんな見た目と扱いのわりには何故か、件[クダン]の自動販売機では売られている品目は非常に豊富で最新のラインナップが常に揃っていたのだ。何よりも本体の機能そのものには何の問題もなく、というべきかむしろ優秀過ぎるくらいに、夏は冷たく(『少々冷え過ぎている』と、歯科検診の際に学校指定の比較的温和な歯科医をして、あからさまに顔をしかめるまでにひどい状態の虫歯が長年に亘[ワタ]って放置されていた末に発覚した、小学校からの友人である同級生の言葉を借りれば)冬は充分に凍えた体を内部から温めると約束されていたことは、少数の中学生にしか見向きもされないポンコツの、いわば残された最後の誇りに違いなかった。
     朝夕[アサユウ]に目の前を通る際に確認した限りでは、在学中に自動販売機内のジュースが切れていることは一度も、一種類もなかった。そのことまで観察していたのはきっと僕だけだろう。
     実にどうでもよい話なのだけれど、狭い世界の中で生きている中学生(特に僕)にとってはそういった発見がとても貴重なものであり、他人(特に同級生)が知らないとなれば尚更だったりするのだ。


    〔5〕/〔6〕
     どうも僕は細かいことを気にしすぎるのかもしれない。もう少しこちらから積極的に聴いたほうがいいんじゃないかと思いながらも、初対面というのは大きな要因でもあって口を開くのを憚[ハバカ]られた。何気なしに口にした発言が余計な迂闊[ウカツ]なものだったりすれば、それがのちにまでほんの小さな暗い影を落とす場合もある。自分が慣れていない状況に喋り出そうとする言葉に関しては他人より慎重、というよりもある意味では臆病といえるほどだった。
     たぶん、初対面向けにふさわしい会話を、ヴァリエーションは少なくでも記したみたいな一覧表が僕の中にもあったはずで、ただなんとなく、それを口にする時に感じるよそよそしさが相手に伝わることが、その時に限っては特に間違っているような怖い気さえした。あと、無難でありきたりなやり口で接していくこちらの姿を見て、頭の悪さが相手に過剰に伝わってしまうかもしれない、それも嫌だった。

     中学校の正門を出てちょうど二車線を隔て、向かいには小学校のコンクリートの塀が僕の身長と同じくらいの高さに眼前に広がっている。そこの小学校は数年前まで通っていたところではなく、もっと自宅から近くの、ここよりいくらか旧く広い公立校に毎日6年間通い、様々なことをした。
     中身は別として、小学校時代のその建物自体に良くも悪くも特別な思い入れはなかったはずが不意に、かつての校舎は妙に他人行儀[ギョウギ]な姿として頭に浮かんできた。そのまま、いつもの通いなれた道を互いに無言で歩き出した。

     学校から家へは歩いて15分くらい。中学校の校門を出てからほぼ直線に200メートルくらいだろうか、そのあいだに一ヶ所だけ大きめの交差点があって、それ以外には目立つ施設も目ぼしいもの(中学生にとっては)も何もないといっても差し支えないだろう。別に田舎というわけではなかったが、かなりの間隔をおいてまばらに生徒何人かが束になって歩いている姿を目にするばかりなのだ。
     部活をしないで帰る場合の下校時間帯は、用事のある人間はどこかにこもって何かをしているし、用事のない人間はそれを求めてもう少し活気のある、人の集まる場所を目指す。
     女学生特有の嬌声も時には聞こえてくることもあったにしろ、なんとなく想像していた女子高生の通学風景の五月蝿[ウルサ]さや華やかさとはほど遠いものだった。

     僕らは交差点を無言で渡る。その時間帯、特にその日は自宅の方角へ向かう道の交通量はいつもよりさらに少なく、見通せる限りは車はおろか人っ子一人歩いていなかった。このまま直線の端に行くまで誰とも擦れ違わないんじゃないか、ふとそんな風に意味もなく、しかし結果を知るまでのくじの内容を期待することが許されているように、胸に留めてみた。
     交差点を十数メートルも過ぎると、ゆっくりと時には早足に、歩道を縦に横にと二列になりながら歩く。少し前を進む彼はたまにふらふらと蛇行するようにもなり、気がつくと車道の上を歩いたりもしていた。それに倣[ナラ]って、彼の斜め後ろの側道と歩道のあいだの狭い縁石の上をバランスを取りながら少しおぼつかない足取りで追いかけ、時々後ろを斜めに返り見て車が来ないか確認した。
     交差点から300メートル直進した左側には消防署の出張所がある。その少し手前の十字路を右手に3分くらいの距離を道沿いに行くと、僕がのちに勤めることになる郊外型の家電量販店が、立体駐車場を構えてちょうど道の角にK道路へ面して建てられている。


    〔6〕/〔6〕
     そういえば当時、その道がK道路などという名前で呼ばれている理由が理解出来なかった。何かかなり大雑把で適当な名付けに感じられ、続いて不作為さが隠しているのかもしれない奥まった作為について考えてみたが、よく分からなかった。
     結局、目的がはっきりとしすぎているであろう名前にふさわしい特殊な使われ方について想像してみたところで、言うまでもなくやはり見た目も走っている車もよそとあまり変わることもないのだ。他にもしょっちゅう地元の道路の名称を間違え、県道○号線と○号線を逆に覚えていたりなども。そのことで僕は自分の住んでいる土地の道路もろくに知らない奴だと、近所に住む同級生に馬鹿にされた。
     しかし道路の名称やら市役所は駅の東口と西口のどちらから近いとか、ましてこの市の北の方向は本当に日本の真北を指しているのかなど、別に自分の世界には直接――少なくとも今は――関係のないことではないかと思いながらも、結局黙っていた。
     どうして道路や駅それに市役所が突然出てくるのかというと、中学生にとっては自分たちが少しずつにでも周囲の世界に関わりを持てたり、在り方自体について考える時、外につながる分かりやすいものが目印となったからだ。
     世界がこういった形に作り上げられた際にある核のような、または核として知り始め、より大きな物やすぐ隣にあるがなかなか触れる機会のない世界を意識し、社会性を獲得する時期だったりする。同世代の少年少女の中には、そんな事柄自体や隠された関連性を知る行為に過剰なほど価値を見出したがる者も、少なくない。
     どれだけ自分が頭の悪い人間なのかそれなりに分かっていた。
     理解出来る範囲のことは随分と限られているに違いなく、自然に頭と体に染みつき、毎日の生活のうちで積み重なっていくだけでも、充分過ぎるくらいに様々を知っていくのだろう。無駄なことや特に覚えなくてもいいこと、他人に訊ねればすむようなことまでわざわざ苦労をして知ろうとしなくてもいいじゃないか、少なくとも先延ばししてもいい類のものがあると考えていた。
     僕にとってそれよりもまず重要な部分が、確かにあった。

     出張所を左手に見送って200メートルばかり直進すると――学校からかなり離れてはいるが本当に真っ直線の先に、公民館の左側に一セットとして建てられている学童保育施設までを見通せる。ただし僕の弱った視力では先のほうはぼやけてしまい、なんとなく不確かに浮かんでいるように見えるだけだ。
     学童施設の手前には学校からすぐのものに比べると3分の1くらいのスケールしかない交差点があって、そこではよく信号を無視した。大した長さではないし、交通量もそれほど多くもない。何故か遅刻を人よりもいくらか敏感に恐れていた。
     少し家を出る時間が遅くなってしまった時など、白線の手前では左右の確認もせずに、アスファルトを刻み近づいてくるタイヤの音を耳で拾い、車両の重量により当然違ってくる音程や地面の振動などから、おおよその距離を把握しつつ少し斜め前方をにらみ小走りに渡った。

    「なあ、君の家はそこを左に曲がって、それからあそこを行くんだろう」といってポケットに突っ込まれていた手を前方に開き、指をどうとでも取れる方向へ差した。
    「あ……そうだけど、君は僕の家とは違う方向なの?」
     その場にはいつのまにか自然な会話の流れが存在していて、図らずも互いに息を合わせる親密さの芽吹きを思わせる雰囲気はありながら、相手との距離感みたいなものの変化に違和感も戸惑いも一切みることがなく、会話が終わりかけたころに僕はその妙な心地のよさに気がつくのだった。
     空の端にある流れの早い雲を追いかけるように、森星の顔は上空に向けられたままゆっくりと揺らめいた。
    「少し君の家に寄ってもいいかな」




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