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    日記2004を通しで【4】輪郭が風化する。残されたものは





    (6777字/2004年3月1日に記す/2013年10月補筆修正)
    〔1〕/〔5〕
     今日はこんな話。
     戦時中に仲間をくじ引きの結果殺し、その肉を食べた人の話。
     元戦友の一人をついに執念で探し出した当ドキュメンタリー作品の主人公である老人(O氏)。居場所を突然尋ねられ運命の忌まわしき日のことについて詰め寄られた老人(?氏)はO氏以上に随分と弱弱しい様子で、はっきり言えば病み老いさらばえた悲しい老人としか映らない。しかし相対する二人は、かつて残酷にもくじ引きで生死のやり取りをした、固い絆に結ばれた部隊の仲間であった。

     彼らは一体どんな戦場を体験してきたのか? それはもちろん私にも現代の若者にも分かりようが無い。旧友でありかつては戦場で命を預けあった仲間の家を初めて尋ねた彼は、土産一つ持たず玄関の前に仁王立ちになった。老人同士の挨拶ついでにといった具合に、ありふれた昔話を持ち出して話の端緒を作り出すことも一切せず、蒲団に寝付く老人に早速詰め寄る。
     O氏の表情や言動からすると、やはりどうしても当事者である元戦友が忘れてしまったり、遠い過去の出来事として、価値のないものであると打ち捨ててしまったりを断じて許さないという、決然たる様子なのだ。自分たちが平穏な世界で安逸に生きることは許されないとし、また過去の罪業を背負った形であれ、それを一人で胸のうちに隠し続け、人生もろとも墓場に持っていく貝の如き罪人の真似も認められないと頑なに主張をするのだった。

     O氏は当時の出来事を白日のもとに晒す中で、戦争を幻想化し兵士と戦場を美化する傾向のある当時の若者に、実際にあった現実の不条理さや残酷さを伝えんとしたらしい。
     言動は一見すると冷静で、過去の自身の行為に強い自責を感じ、そのような行いにまで至った部隊に所属する同僚の極限的な心理状況を理解すること、つまり過去を振り返り真摯に現実へと向き合うことが最も重要だと考えていた。どうして最悪の結論を導いてしまったのかについて理由を、自分自身の記憶やある意味では煎じ詰め過ぎた観念だけでなく、当時の共犯者の話を聞き明白にしたいというのだった。
     その姿勢自体は自分たちの行為の罪深さを真正面から見つめ、最大のタブーとされる一線を何故踏み越えてしまったのかを、自身に向かってひたすら問うているようにも見える。
     罪を受け入れ、受け入れつつも一瞬のちには再び罪を犯せずにはおれない人間の原罪ともいえる愚かさ、とある瞬間に突然姿を表す我が身を滅ぼしかねないほどの強烈な生への執着、そういったものから目を逸らさずにいる、あるいは何かを見出そうと希求する精神をO氏に見ることも出来なくもないが……。
     何かにつまづいたかのように、少しよろめきながら前のめりになる勢いもあってか玄関から土間を一気に渡りきった。氏は至って冷静な顔をしているとも見えたが、やはり内心は名状しがたい想いに囚われていたのではないか。蒲団に寝入る、見るからに病身と思われる戦友に掴みかかったのだった。


    〔2〕/〔5〕
     周りの(クラスの)人間は「いきなり今さら来られたって」とか「迷惑なだけだ」などと口々にする有り様。とはいえありがちな、予定調和へ傾いた波風の立てない反応を試し々々口にしたのだろうと理解したところへ、しかし結局、彼らから期待に続く言葉は発せられなかった。比較的席の空いていた昼下がりの教室では各々、あくまでも自由な楽な姿勢でテレビに身体を傾けていた。
     クラス全体で見ると残っているのは半分の人数しかいなかった。元々人気があるとは言い難い講義だったし、後の半分近くは早々に学校から立ち去ったか、家に帰るか街中でうろうろとしていたのかもしれない。

     話を戻すとつまり、戦争を共にした男たちにはO氏と同じく過去の現実が現在にまで重みとしてのしかかるべきであって、決して忘却のかなたへと逃げ去ることは許せなかった。おそらく自分自身に対してはさらなる苛烈さでだろう。
     時代も異なる当事者でもないこの身で、責任意識を感じてみる困難さ、自ら判断をせずにいられる立場にあることで私に差し迫る息苦しさは無く、目の前に示されたO氏からの要求・糾弾を受け入れるか拒否する以前に、ひとまず冷静に考えられる幾分かの距離感を少量に意識しつ、それでもやはり至極当然だと思えた。

    追記 2013・10・20  クラスメイトへ手前勝手な弁解を少ししたい。当時の私は正直にいえばこんなこともまず感じた。
     古いフィルムへ着実にその場で動くことなく封印された、古い空気や彼から主張される熱気もまるで位相がずれていて、現代人に理解しづらい昔流行った感情表現のように阻害要因としてあり、色彩の不鮮明な牧歌的なカラー映像は妙に読み解きの難解な錯綜したグロテスク映像と勝手に受け取れつつ、同時に一歩間違えば滑稽さに転落しそうな暗黒シュール劇の雰囲気に拍車をかけているふうに、まずの第一印象として持ってもいたのだった。 (追記了)

     彼はそれを明確に意識していて、一方で目を背けようとする――ほとんど忘却の彼方の出来事として――元戦友の精神の深く底流にも、薄まり弱まったとはいえ未だ流れているもの、一言でいえば〈呪い〉だ。
     これは主に日本古来から存在している、例えば密教や陰陽道等の教えの中で取り扱う、特殊な儀式を行うことで超自然的な力によって現実に影響を及ぼそうとする呪術のことを指しているのではない。
     いわば宗教的特殊技能の一連で体系化されたオカルト的力能ではなくもっと原初的な、つまり死者の感情。〈呪い〉とは、死者の記憶が然々であったに違いないという強い囚われから逃れられない心理状態を指し、またそこから発生する。

     死者であるがゆえ感情の行き場も収まりも無く、結局は感情の質や方向を想像する(考える)生者側から産み出された想起である。しかし生者が一方的に見出した感覚であっても、死者の感情(どこまでも想像でしかないが)から生者の想起へと、単に偶然の思いつきによって見いだされたわけではないのだ。
     死者の感情は当然形がはっきりしない。ただ、起因も理由もそれからであったにしようとも、関係性の深浅に関わらず、受け取れる人間と受け取れない人間がいる。共鳴する周波数(これを規定するのも生きている受け取り側、正確に言えば意識・無意識的にせよ受け取りたい側ではある)を持つ死者と生者の同調によって増幅され固着化した想念と感覚、それが〈呪い〉なのだ。
     氏の過去を悔いる感情が強ければ、また死んだ戦友についてを考えれば考えるほどに自身を囚らえ、苦しめる。一方、寝床で過去を忘却の彼方に葬り去ったことさえもしばしのあいだ失念としていた戦友は、老体に及ぶ自然な生理としての忘却が理由ではなく、資格を喪失または放棄した者となったからこそほとんど受け取る(〈呪い〉を実感)ことが出来ない。
     ゆえに、失望と怒りが今にも覆い尽くさんとする身を以ってして、彼に思い出させたい、せめてこの現実が「あの」過去から続いているのだと認めさせたいのだ。


    〔3〕/〔5〕
     兵士たちを代弁するという形で彼は熱に浮かされ、数十年前に死んだ若き日の戦友が乗り移ったかに激越して力強く、生き残りの老人に問いかける。映像を見た限りでは元戦友は半身に不自由を感じさせる身体を寝床に横たえていた。
     何故あのような行動に出たのか――ついに掴みかかろうとするところはさすがに相手の状態を考えれば暴挙としか言えないが、であろうとどうしてもせざるを得なかった――、それが分からない人間には後のことも、取っ組み合った事情も理解出来ないはず。O氏は一見すると、というよりもあの場の相手からは狂人じみて見えたに違いない。しかしもちろん彼は狂人なのではなく、ただ単に、純粋にと言っていいほど戦中の忌まわしい事件について究明したいとの気持ちと、さらにより強い謝罪心だけが――本当は自殺願望だったのかもしれないが――前面にあったのではないか? 
     もはや戦後四十年ののち、自らを騙し々々それすらも到底意識に上らなくなった戦友たちや、直接関係の無い家族にしてみれば、突然の不吉な訪問者の行動は「なぜ今さらそんな話を?」「わざわざ思い出させないでくれ」と戸惑い、疎ませるものだったかもしれない。
     確かに家族は実際当事者でないのだからとしても、やはり親(親世代)の体験を記憶することが望まれる責任に近いものを負っているし、老人に対して酷な言い方かもしれないが――当事者に至っては絶対にそのことを忘れたり(忘れた振りをしたり)、無視をしていたりするのが許される問題でないことは言うまでもないのだ。


                    3月5日

     Hello!! (ひさしぶり)
     一連の行為は戦争犯罪というものなのではないだろうかと設問し、そもそも戦争犯罪とは何であるかについても考えを及ばせつつ(可能ならば)、さらに如何ばかりか筆を進めたい。
     私は元戦友の居場所を突き止めわざわざ老身を推して迫り、さらに掴みかかろうとするまでに至った行為を呪いと書いたが、それを証明したり裏付けるとでも言おうか、囚われていると感じさせるような実際の行動を画面で目にした。彼からはしきりに「天罰」という言葉が口をついて出、あなたが足を悪くしたのも「天罰」だし、こうやって戦後四十年近く経って、なおも思いを吹っ切ることが出来ずにいる自身も同様であるとO氏は断言する。
     天罰とはなんとも耳慣れない言葉であるし、贖罪[ショクザイ]を求める人々の頭を押さえつけまたは罪人を裁くための口実としては最適のものだ。私は最初ここに胡散臭さを見たことは確かだ。彼自身(O氏)仏教徒であれキリスト教徒であれ、神仏を熱心に拝している場面であったり、直前までの言動からしても深い帰依[キエ]をしているところは窺えず、少なくともそんな様子は映像内には表れない。
     突然「私がこうしているのは――」とまではいいとしても、続いて本来は感情を伝えるのみでなく自分の行動が意味するところへと理解を求め、思い出し振り返って真に過去を認めさせなければならないはずの相手に向かって、何故天罰という目に見えないまるで一足飛びの論理を持ち出し、それを求めるものにとって都合の良いかなり強引な言い方に変えてしまったのか。
     しかも、実際に身体を悪くし長い間苦労を味わっている人間に対して、「あなたの足が悪いのは」天罰が理由だなどと言ったら、とりあえず心証を悪くすることは間違いないのだが。実に不思議でもあり、多少滑稽にも映るといった反転した印象は避けがたい。
     それらの見方でいると、ついに足の悪い戦友を殴った行為や警察を呼んだ行為も白々しい茶番のように見えてしまうのだった。つまり、彼は自分自身の気分を完全には整理も出来ず、仮に相手へ伝えても罪の意識を植えつけるだけの効果が無いこともなんとなく分かっていた。


    〔4〕/〔5〕(残2517字)
     何よりも相手は色々な理由を並べ ――平穏な生活を営む一人間に対しては、過去の罪過を何とかしてまで突き止めていくのが(外圧・内圧を問わず)難しいのも当然ではあり――、彼の言う贖罪をどうあっても頑として撥ね付けるだろう。
     それら態度は、第三者の目から見れば仕方がないのではとも思わざるを得ない。もっと根本的なレベルで言うと、やはりそれを認めてしまえば、現在の自分を否定することになりかねない感覚を危惧したと想像するのは容易い。 
     理屈はおろか感情すらも伝わらない歯がゆさはO氏自身にあったとして、にしても実はかなりの程度で目の前の反応が当然なのだろうと、あらかじめ察して(諦めて)いた部分があったのかもしれない。
     そこで彼は「天罰」という言葉を持ち出してきたわけだが、かなり場違いな感じと言ったらいいか、口にした自身にすら、半ば自棄になって口をついて出てしまった瞬間のちに、後悔か羞恥かせいぜいバツの悪さを抱かせはしなかったか。

     事件が事件として意味を持つのは、一定の規則と合意によって秩序が定められ、多数の人間によって求められる姿が平時であると仮定している状態に対して、それを乱すことやまたは否定したときである。
     しかし今回は戦争という異常な状況の中で起こったとされる事件であり、となると変化が乏しくとも平穏安寧が最大の価値であるとする主張で形成された秩序の意味と、それが保たれている日常とは異なる規則と論理が戦争に存在することは、無視して論じたりは出来ない。確かに戦場での個々人の行為は軍規や戦争法によって厳しく戒められている一方、正式な手段を用いれば合法的に殺人が認められている状況は、常に人間性の逸脱を孕んでいると言っていいのだ。
     較べれば、憎しみや金銭に絡む個人の利害による殺人はある意味では健全ですらあるのだ。普段生命の尊厳や個人の権利の尊重をひたすら主張し、いずれ全地球人類に適用されるべき価値があると理念に掲げているはずの国家が一転、突然掌を返したように殺人を肯定(推奨)する。
     今回の事件(?)は、後数日で餓死するであろう現実を前にし人肉を口にしたという話だ。
     戦況の絶望感は生きる気力を失わせるほどであり、それでもやはり生存への欲求といったものはかなり強く、空腹になるにつれ増大する飢餓感は、あるいは戦場で生き残ることだけを正義とする一兵卒の倫理ではなく、またのみならず、ただ生きたいと願い行動する人間の最大最後に表れる欲求ではないだろうか。そう考えると、例の事件(?)を起こした当人を責められるのか、そもそもそれを事件と呼べるのだろうかという疑問に突き当たるのだ。


    〔5〕/〔5〕 
     ミッドウェイ海戦以降急速に制海権の範囲を狭め、補給路を立たれた南方戦線に向けて次々と送り込まれた兵士たちは、劣勢を告げられずにたどり着いた戦地で惨状を確認することとなった。
     銃弾で身体を貫かれ地雷で吹き飛ばされることは苦痛であっただろうが、一瞬で死んでしまうならばまだマシだったのかもしれない。
     南方戦線では物資の不足は食料どころか薬品にもおよび、赤痢やマラリア等の伝染病に長期間にわたって苦しめられた末に、なんの手も打てずに衰弱して亡くなっていった兵士が相当な数に上るといわれている。運よく病気に罹らなかった兵士、何とか病状を押さえ込み部隊に随伴する半死半生の敗残兵、現場では士官すらも空腹にあえぎ一兵卒ともなれば尚更であったと思われる。

     人間の掌を縦半分に切断してそれを口にするとき、結果的に元の形が分かれば分かるほど当然食べづらい。まずは人間の肉を口にすることに対して口腔や消化器内部からの拒絶感が、そして消化されるに従い自ら全体(身体・心・存在)が穢れへと苛まれる感覚があり、よしんば現在身体の一部になり命を繋いでいるものだとしても、やはり〈呪い〉の発生源の一つだといえるかもしれない。
     人間として「人間の倫理に背き、また純粋に沿い過ぎた行為」よって、身体性の保持の過程から統合に至る観念的なレベルの――O氏の場合あるいは越えた感覚で――異物・違和感、一種強烈な穢れの意識が引き起こされているのではないか。

     いつまでも打ち捨てすることを許さず(許されず)囚われた想いに従うが正しいと信じ、そうせざるを得なくなった彼はさらに自身に追い討ちをかけるように同じ言葉を発する。どこまでも自分を強迫・服従させ続けんとする、それが正に〈呪い〉なのだ。
     言葉で言い表せない感情は、元上官(病身の戦友とは別に訪ねた)との面会の後日にその長男を拳銃で撃ってしまうという、悲しき凶行の形で表わされたのだった。
     もはや、彼らの戦時中の行為を――特に組織的に行われたわけでない、個人的生命における最後に発せられた要請の末の蛮行であるとすれば――断罪することの不可能性について考えを及ばさなければならないのかもしれない。
     そこで彼にはいわば苦し紛れというかある意味のすがりつきとして、「天罰」という形で自らも戦友ももろともの断罪に最後の望みを託す以外、選択肢は残されていなかったのではないだろうか? 
     しかし「天罰」が覿面[テキメン]に彼ら(O氏はおそらく、自分の罪はもっとさらに重いと考えていたから)を罰してはくれない以上、ああいった全国行脚[アンギャ]のようなことをさせる自身の暗流とも表現出来る囚われの極まりに生きるしかなかった。結局は〈呪い〉からの解放を願い救いの求めすらも許されない、無間[ムゲン]地獄の絶望にしか居場所を見出だせずにいる姿、はっきりとした「天罰」の訪れをひたすらに待ちわびるむなしい姿だけがある、と感じてしまうのだ。

     戦場から数十年経て、法は変わり人心はそれを状況として認めざるを得ないか目を背けた。戦争犯罪人として最終的に総括されなかった者、特に一般兵、現代ではそんな罪無しの罪を裁く方法はない。
     彼が求める限りには自ら明確に残された輪郭も、ただ外側の人々にとっては色褪せた時代が後退する速度に付随して風化する。その中身(極限状況下における人間の「異常」心理)に理解の試みを全く止めた以降の時代では、元から存在していないとさえ見做されるかあるいは永久に棚上げされた罪だからなのだ。




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