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    タイ旅行、後日まとめ記【全7月11/15日分】






    〔1〕/〔4〕
    【7月11日】記 16~20日目について
    (1650字)
    16日目 トレッキング(定義はよく分かりませんが、ちょっときつめの行程などが含まれた泊りがけのハイキングみたいな感じでしょうか?)の予約をしました。二人で3200Bというのはタイの物価からするとかなり高いようでもあり、しかし今回の旅で事前に計画していた数少ない予定のひとつなのです。なにしろひたすら節約貧乏旅行をしてきたわけですから、私たちの意見は一致したもので少しくらい奮発しても罰は当たらないだろう云々。
     だいぶ粘ったところで値切りは200Bが限界だったでしょう。そもそも、ガイドや宿泊施設の利用費がどうしても掛ってくるので値切りは無理があるのではないかとも考えていましたら、彼は例によって値切りを敢行したのでした。確かに旅の最初の頃は、店の主人などを相手にしつこく交渉する彼の姿を恥ずかしく思うことが多かったのですが、最近ではそれにも馴れ今回はどれくらい値切るのかと、初めから交渉すらしなかったりすると少し物足りない気分にさえなったりして、一種の中毒症状があるのかもしれません。

     ともかく、トレッキングガイドを紹介してくれる宿を探すためにチェンマイの駅前をうろうろとしていた際、たまたまこの宿の看板を見つけたのです。運良く宿には日本語を話せるチーフスタッフ(主人?)がいたことも、そこを選んだ大きな理由の一つではありました。件の日本語の達者なスタッフもしくは主人かもしれませんが、その人は穏やかな笑顔をした中華系の可愛らしい女性だったのも、選考基準に加点されたことは確かです。
     ガイドブックによれば、さらにもう少し安いトレッキングプランを提示する宿もあるらしいのですね。というわけでその晩泊まる場所とは別になるか一緒になるかは分かりませんけれど、場合によりけりそこでの宿泊料が高ければ利用せず、代わりに直接出発地点に朝集合のトレッキング単体で請け負っている宿はないかと、当初駅から街に向かう路々で彼と相談してしていました。
     ただ駅前周辺はバンコクとは較べるまでもありませんが、前回今回に訪れたタイ・マレーシアのどの都市よりも田舎なのですね、はっきり言って。値段や内容等々、具合の良いのを提示してくれるところはどこだと悠長に街中を探し回っているうちに、下手をすると初めて降り立った土地で宿すら見つからずに日暮れを迎えてしまうのではと、私は恐れていたのです。

     そういえば宿で産まれて初めてドリアンを食べました。ドリアンがどのようなものであるかはTVなどで聞いてはいましたが、戦々恐々実際鼻に近づけると確かに何かが発酵したような強いニオイはしたものの、大袈裟に言われているくらいにひどくはありません。味は粘っこいほどに濃厚で、口に入れてしまうとニオイは気にならなくなりました。
     ちなみに宿で食べたドリアンは、日本のスーパーなどでよく目にする発泡スチロールパックにサランラップが被せてある切り身のタイプでした。部屋で一旦落ち着いてから、旅の途中どこか(忘れた)で購入したサンダルに履き替えナイトバザールへ出かけたのですが、ドリアンを買ったのはそこです。それ以外に土産品として、オレンジ色の開けづらいビニールに包まれた魚肉ソーセージのような見た目の、紡錘形に包装されたドリアン練り飴も一本購入しました。日本の一般家庭の冷蔵庫にほぼ常備されていると言っていい、アレに似た感じのです。
     後日談になりますが、バンコクで買ったインスタント・タイ・ラーメンはともかくとして、練り飴のほうは独特の香りがさらに強められていたせいか、家族には不評という残念な顛末でした。
     次の日朝早く目覚めると、枕もとのナイトテーブルの上に置かれていた食べかけのドリアンに数百匹の蟻が群がっているという、女性ならば悲鳴を上げるか卒倒しかねない現場を目にすることになります。そんなことも露知らず、夜の熱帯にべたついた肌を窓から通り抜ける風が撫でつけ、次第と穏やかに熱を冷まし、深い眠りへと誘われていく心地よさにうっとりとしていた私なのでありました。


    〔2〕/〔4〕
    【7月15日】記 21~24日目について
    (1783字)
    21日目 そろそろ帰国も近いのでリコンファームは早めに済ませようとスリウォン通りを調べ、バスを利用して最寄らしき地点まで移動することにした。最後は徒歩で探し、昼の1時を回った頃にようやく見つける。リコンファームには少々時間が掛かるがなんとか終了する。
     近くで見つけた「ねぎらーめん」という店に入り食事を摂ることにした。なかなか美味かったが、客は日本人ばかりで相方は週刊誌を読み続け、目の前のラーメンに進んで手を付けない。口に合わないのかと訊いてみると、すでに満腹だとのこと。旅の間小食だったので胃が小さくなったのだろうか。
     その夜は宿を散々探し回った。あらかじめ目星をつけていたチャイナタウンにある宿は歩いていける距離のはずだというに、どこにも見当たらず、トゥクトゥクの運転手に宿の名前と大まかな住所を教えて車で運んでもらう。
     運転手は何度も後ろを向いて道を尋ねてくるが、結局相手も場所が分からずにお手上げ状態。本当に分からないみたいで、土地勘があまりないと伝えたがっている必死な様子からこちらにも理解出来た。文句を言ってても仕方が無いのでファランポーン駅の近くにあるステーションホテルに運んでもらい、そこに一泊することになった。


    22日目 朝になって彼が分かれて行動しようと言いだす。私にとっても旅の間には何度か考えていたことなので、突然の申し出には一瞬言葉を探す時間を要するも反対する気にはならなかった。ただ、向こうのほうから言い出す形になったことについてはちょっと気になった。
     二日前の昼にも利用したファランポーン駅の二階オープンカフェ、以前にも落ち着いた雰囲気を好んでこの店で電車が来るのを待っていたことがある。そこのテーブルに一人座る。

     とりあえずはファランポーン駅から113番のバスに乗り、一時間半近く座席にずっと座っていた。適当なバス停で降りてバスの進行方向とは逆に歩く。
     途中、学生街っぽい雰囲気の通りにあるベンチで休んだり、軽い食事を取ったりもした。国際電話をかけられるテレホンカードは一度も使われずに財布の奥にしまいこんであったが、初めてそれを取り出し公衆電話から日本の自宅へ電話でも掛けてみることにした。一人になって心細かった部分も多少あり、同時に開放感からやろうやろうと思いながらやっていなかったことをこの際というのもあった。または結局やるべき何かが目の前に用意されていなかったため、なのかもしれない。自宅の電話は誰も出ず、父の携帯電話に掛けるとそういえば仕事中の時間だったのか、やはり繋がらない。ちぐはぐな気分だ。
     虫除けを初めて使った。効果は良い。持続時間は分からないが3~4時間はもつだろう。完全に何の目的も無く、ひたすら歩いた。途中セブンイレブンを見つける。セルフサービスのドリンクコーナーがあり、17BでLLサイズのカップにコーラを購入。コーラの飲み過ぎだと思うが腹を下してしまい、近くの大きなスポーツ用品専門店にお邪魔する。トイレはとても清潔だった。
     トイレから出た後、数時間前の行動を再び繰り返すよう、バスで運ばれてきた道を引き返すことにした。しばらく歩いたところで喉が渇いてきたのでビールとつまみを買った。道路の脇の石段で休憩をしようと座り飲み始めて数分後、雨が少し降ってくる。

     私が歩いている歩道の隣は都市近郊の幹線道路といった感じの、交通量の多い通りだった。片側三車線で頑丈そうなコンクリート製の中央分離帯は幅一メートル、高さ三十センチ程度のしっかりとしたものだ。排ガスにまみれた近く家屋の外壁に較べると真新しい分離帯は随分と白く、周囲には工事中を示すコーンが等間隔で置かれている。ある地点まで行くと道は二股に分かれていた。
     見通せる範囲ではどちらの道が正しいかいまいち分からなかったが、しばらくその場に立ち、何か手がかりを探すでもなしに周囲の様子を適当に眺め冷やかして突っ立っていると、二股の片方から先ほどに乗ってきたと同じ系統のバスがこちらに向かってきたのだった。数字を確認してバスと擦れ違うほうへ歩き出す。さらに進んでいくと何度か分かれ道に差し掛かり、その際はバスの系統などは確認しなかった。おそらくバンコクの中心街には近づいているはずなので、高層ビル群の方角を遠目に確認しつつひたすら目指すことにした。


    〔3〕/〔4〕
    (1684字)
     なかなか自分の見知った場所には着かない。途中「NASA」という建物を横目にした。郊外地に突如として現れた看板は周囲の住居や商店からはだいぶ浮いている異質な様子、一体なんの建物だろうか。少し気になったが、すでに日は暮れかけていたので足を止めずに歩き続ける。後でガイドブックを確認したが紛らわしくもディスコとのことだ。ネーミングセンスが微妙である。
     
     道の途中でコリント様式?の立派な建物の銀行を見つける。一旦休憩しようと階段に座る。しばらくすると婆さんと少年が寄ってきて金銭をせびって来るのだった。こちらの片言の英語が全く通じず、「I’m Poor」と何度も繰り返したがやはり無駄らしい。見るからに向こうのほうが現実的で恒久的な逼迫状態にあえいでいるようだったし、こちらは相方に乗せられて始めたこととはいえ、すき好んでの貧乏旅行だ。
     100Bを渡すと喜んで何度も礼を言われた。正直に言えば感謝され悪い気はしないという結構な内心でまずいたので、行為の直後から発生した自らを咎める内心こそが一番意味のない、正確には自分のズルさなのだと思う。
     金を受け取った婆さんは、私の目の前で意味不明のジェスチァーをするのだった。どうやら感謝の気持ちを伝えるものだろうかと最初は考えていたが、ところがいつまでもしつこく繰り返しているのでその表情や手元の動作を見ると、どうやらもう少し欲しいとする要求みたいだった。
     どうにも閉口し寸前の罪悪感やらを完全に失い、しかしいまさら文句を言う資格はないのかもと、なんだか付け込まれた側の弱気にもなりつつであった。旅ももう終わりだしこの国の通貨もあまり必要ないかもしれないなどと考え、あくまでも自身の決定であるとしたい最後の抵抗のため改めて少し悩んでみることにする。もちろん日本円に両替も出来るとはいっても、元々10万円分も持ってきていなかったしそれも使い切りそうだったので、帰るまでに全て吐き出すつもりでいたのは以前からまさに思っていたのだ。ただこの老女に金を渡すタイミングが、旅の所持金を使い切る皮切りになっていいのか、どうか。
     実際には迷うほど何かがあるのかはっきりしないまま、まあいいんだと納得する。言葉の通じない相手に目の前で懇願され待ち続けられる圧力に耐え切れず、深く考えることを止めにして二度目の100Bを渡す。ついでにやり取りを始めたあたりから思いついた目的を果たすため、いや今では唯一残された失地回復の交換条件として婆さんに道を尋ねることにした。少しだけ体力の回復した私は、階段から立ち上がりもう一歩きするつもりだった。照明が届いて文字が読める程度に明るい建物の下にまで婆さんを呼びよせ、ガイドブックの該当箇所に指をさすが……。

     やはり、婆さんは目の前の若者が指差している場所が分からないようだ。少しばかり残念な気持がないわけではなかったが、そもそも地図が読めるのかどうかも疑わしい老女なのだ。
     仕方なく歩き出し数十メートル先、ふと後ろからする声が気になり振り返ってみる。婆さんとモトサイ(有料バイクタクシー)の人間がなにやら話しているのが見えるのだった。しばらくその様子を伺っていると婆さんが私を手招きしてきた。近づいて行く最中にも何やらの手振り、30Bで地図の場所まで乗せてくれると教えてくれているのかと思い、少し迷ったのち財布から30Bを出そうとすると、婆さんは50B出せと言っているのか指を五本私の顔の前に広げた。釣りを出すことをこちらに伝えようとしている意図も理解出来た一方で、……ほとんどいやな予感しかしない。
     モトサイのオッサンの胴に手を回し乗っていると、出発して数分でバイクは減速し路肩に向かって行った。やけに早いと思ったらただのデパートだったにも関わらず、彼はそこに降りろと釣りも返さずにそのままどこかへと走って消えてしまったのだ。奴らグルだったのかあるいはこちらの発音でも悪かったのか、しかし確かに「ファランポーン」と旅のあいだ現地の人に何度も通じた発声でもってゆっくり言ったはずなのに。


    〔4〕/〔4〕
    (1260字)
     腹を立てながらも、仕方なく大きな道路を真っ直ぐ歩いていたところでトゥクトゥクを見つけてそれに乗る。行き先を告げ料金を決めずに猛スピードで走りだす。3~40分は走ってからトゥクトゥクは止まった。
     料金を交渉したら150Bと言ってきたので、高過ぎると80Bにまで値切ってみると運転手はそれじゃ無理だと最初驚いてみせた顔をして、続いて絶対に無理だと意思表示のために顔を大きく左右に振るのだった。100、110Bと少しずつ相手の様子を見ていたが、120Bとする向こうからの返答以降全く折れることなく、ただし相手は強気で交渉してくるというより、次第には懇願するような表情なのだ。
     段々悪いことをしている気分になる。質の悪いスレたバックパッカー気取りになってしまったようで、少し反省した。つまり、現地の人にとって生活の糧である各サービスへこちらから支払う対価であるバーツを、妥当な金額以上に値切れるだけ値切るしか考えない、自分にとってのまるでゲーム感覚に、薄ら寒い痩せ細った楽しみを見出すかのような行為に対し。
     確かにファランポーン駅の目の前、私は例のステーションホテルに2泊することにした。金に関するなんやかんやの日であった。


    23日目 ほとんど1日寝ていた。彼がいたらこの姿を見て発狂するか、蹴り殺されるかもしれない。いや、愛想をつかせてさっさと私の元から去っていくことだろう。午後八時頃に目が覚めた。九時になって食事のために下に降りる。日本語のメニューのある店でラーメンとシンハビールの大瓶を飲んだ。ほろ酔い加減でコンビニへ寄り、酒とつまみを買ってホテルに戻る。部屋で飲んで寝る。


    24日目 昼前に起きて水を一杯だけ飲んでからタバコを吸い、カバンの中身を取り出していちいち確認をしながら途中まで整理をする。残りはベッドの上に置いたままに、昨日まで書きつけた枕元の日記を手に取り軽く見直し、そばにある窓から外を見たりと特に何もせずにボーっとしていた。
     ふとナイトテーブルに視線をやると空のコップが一つ伏せられ、その隣りには昨晩自分が何かを書いたメモが一枚置かれていたのだった。メモを遠目に眺めてしばし、やがて内容を理解すると眠気は一瞬にして吹き飛ぶ。
     チェックアウトの時間が寸前に迫っていたのだ。そのことに唐突に気づかされ――ここの宿泊費をさらに追加で払う羽目にでもなれば帰国までの金がやばくなるかもしれない。早くしないと強制的に料金が発生しかねない、と考え出すと途端に頭が真っ白になりかかる自分なのだが、それを落ち着け、冷静にまず散らばっていた手荷物を纏め上げなければならなかった。こちらが時間が近づいてもカウンターに姿を表さないので、延長するのかと思ったのであろう受付にいよいよ内線電話で呼び出される。早口のたどたどしい英語で断るとすぐさま、受話器を置き急いで部屋を出た。
     宿を後にして色々歩き回った挙句に結局カオサン通りにトゥクトゥクで行き、マルコポーロというホテルに泊ることにする。その日は特に何も無い。一泊で250B、加えて300Bが鍵の保証金だとか。




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