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    日記帳から2003-2004を通しで【5】元女王






    (全11324字)〈1〉/〈6〉
     特に書くことが……いや、書くことはいくらかある。重要な問題ならばいくらかはあるし、そうでない問題なら数え切れないほどある。頭が痛い。酒の種類によっては私はすぐに酔ってしまうが、アルコール度数の点では勝る(高い)ウィスキーやブランデーの類は、胃の中を熱くさせ口腔から下の感覚を鈍麻させるだけだ。ダブルで5杯飲んでも、せいぜい頭を軽く押さえられている程度の感覚にしかならない。
     コニャックなどの強い酒を口にした時に舌が膨らむような感覚があると、某作家のどこかに書いた文章を以前読んだ気がするが、あの喩えは実に的を射ている。

    『〇〇(競技名、以下競技Xとする)選手のヌード騒動について、またそれに対する協会の抗議に思う』
    「彼女は女王(いわゆる)、チャンピオンであったことは無く――」これは事実か虚偽であるかは問えば良い。ある意味では非常に簡単に決着のつく問題だろう。しかし次の言葉が気になる「これら裸体を写すことは神聖なスポーツを冒涜していると考えられる――」という協会側の見解(意見)についてだ。
     これについて私はY先生とは違った意見を持つことになる。彼は女性の前歴が何であれヌードになるのは構わないし、そんなのは個人の自由だという。だったら元OLが脱いだら抗議されるか? 元警察官が脱いだら抗議されるか? という疑問を呈していた。元警察官は抗議される可能性はまああるだろうかと付け加えていたが、元OLであっても世間一般に知られる大企業の実名を出せば、抗議される可能性はかなり高いだろう。
     やはり、これは物事の本質をあきらかに見誤っているのだ。つまり元警察官はどういった状態であれ職を晒してヌードになれば確かに問題になるが、そもそもスポーツ選手ではない、彼女らいわゆるOLや例えば題材として以前は多く取り上げられたスチュワーデス、看護婦などが所属組織の分かる形でヌードを晒す場合でも、「神聖さ」云々とは別の問題を孕んでいるしそれを指摘されることはある。

    「ちょっと、例えば、以前内部で嫌なことがあったとして、彼女は組織に恥をかかせるような意図があったかもね」というY先生の発言に関して。
     まずそれらの行為は単純に、一個人によって所属組織全体へ好奇の視線が向けられる迷惑行為であるだけでなく、具体的に一定以上の被害があるか想定される場合には、名誉毀損や業務妨害等で訴えられる可能性も有しているというのを忘れてはならない。少なくとも人々は「あの会社のOLが、スチュワーデスが――」という目で見るのだし、そう感じるように掲載者側が仕向けているのだから当然だ。
     彼女らが後の人生を自由に生きるのはもちろん人間としての当然の権利、欲求である。とはいえ、なんらかの思うところがあったとしようと、昔世話になった(働いていた)組織に対し一方的・不意打ち的に、釣り合いの取れない不利益をもたらす行為はするべきではない。
     余程のことに対する報復行為ではあるまいに。そもそも自ら望んだ場合以外で女性が公衆に向けての裸を写すなど、その苦痛を考えれば報復にしろあてつけにしろほとんど考えられない。今回のようなものは、大体が扇情的な記事が売りの写真週刊誌でヌードになる時点で小遣い稼ぎが目的の大半なのはまず確かだろう。

    追記〈1〉2004/10/03
     自らがまず甚大な被害を受けたとの確たる理由も、応報行為への正当性を多少でも考慮する事実証拠等々何もなく――到底看過出来ない被害に対する賠償は当然、仮に報復的なものであるならばなおのこと冷静に司法の場で主張するべきであるし――、つまり法の場が客観的に情状酌量を認めていない。また、世間が同情を示してくる雰囲気もない程度の問題であるなら、例え本人にとってはどれほど個人的に憎んでいる相手でも、そのようなことはするべきではない。
     もし辞めた後でしか口にすることの出来ない内容で、しかも自らのこうむった不利益が非常に大きく、あるいは社会全体に及ぶ類の悪影響があるとする。そういったケースなら勇気を持って告発することが望まれるが。言うまでもなくヌードが対抗手段となるとは、普通は考えないだろう。 追記〈1〉了
     
    追記〈2〉2013/10/05
     また「彼女たちにどう反応するかは別にして、一般論としては開け放たれた性意識も含めた現代人の感覚というものを元職場達はどう捉えているのかな? さすがに今回話題にしている事柄はかなりセンシティブではあるけど、やっぱり、あまりにも鈍感というか人間を知らな過ぎ」とのY先生の発言を受け、以下私が思ったところ。
     およそ企業組織体に対して求める自体が無意味で、あるいは勤め人の姿が彼女(彼)らの全てであるなどとはさすがに考えていなくとも、知りようのない個人の個人的な側面はどうでもいいとしているだろう。
     通常如何なる企業や団体の側にも確かに、入社試験の際に行われる面談やら心理測定テスト等はあるにはある。しかし得られる答え以上、さらに細に入ったレベルと回数で手間を掛けても得られる収穫は少なく、結果を具体的な仕事やその他団体での働きにフィードバックさせることが可能でないならば、コストをかける意味もない。
     終始一貫、組織は目的に沿って最も効率よく運営され利益(成果)を得ることが全てであって、所属する各人はシステムの中で上手く立ち回る能力のみが評価の対象となる。個人的生活の中でどのような感覚(性的欲求を含む)を持って生きているかなど、よほどの問題として外部内部に限らず表面化するまでは本来は関係の無い問題だ。
     つまり、彼らのある意味人間に無関心な体質に文句を言うのは勝手だが、個人の自由と絡む問題でも当然あり、それが社会にもたらされる弊害となって現れ、現実的に解決されなければならない、または外側から強く要請される問題でない限りは、組織はあり方を変えはしないものだ。 追記〈2〉了





    〈2〉/〈6〉
     ところで「神聖な――」という点について、こういう言い方自体が時代錯誤的な意味のないものなのだと皆が考えていると、私は思っている。Y先生もトピックの取り上げ方からして同様に、まず上記の文言をかなり批判的に捉えているのだろう。
     しかしそれらが作り出されたイメージに過ぎなくとも、男性で言えば高校球児は甲子園を死に物狂いで目指すし、サッカー青年は国立競技場でのゴールを、ラガーマンは花園でのトライを夢見る。女性であるならば恋愛を忘れ、本来の柔らかい肉体を改造し、陸上や格闘技など一部の激しい競技では月の生理を失うほどのある種代償を支払い、それでも華やかな舞台に上がることを切望するというのが現実だ。
     彼、彼女らはひょっとしたら幼い頃から――当時はどの程度意識的に取り組んでいたかは分からないが――、青年・成人期に至れば貴重な時間を注ぎ込む鍛錬を自ら求めるのだ。

     これがイメージ操作的なもので、特に男子の場合傾向が強いとはいえ、まずは性別問わず意図的に集団生活の中で個を消すことや倫理観を強制的に叩き込まれる、一種の軍隊式なスポーツ教育だという指摘も分からなくはない。本来個性を伸ばし、各自の持ち得る様々な特長を結集させる過程からよりよい成果を得ることを目的としている(個人競技でも仲間同士での切磋琢磨、競い合いが大切)はずのところ、未だに旧態然、硬直化した一方通行のシステムは厳に残っている。
     個人の罪を全体の懲罰であるとする考えも集団の中では良く見られ、社会でも延長線上の発想で人間を支配するやり方はそれなりに浸透(支持)している。が、ただし現代に至っては学校生活や、特に従前までは信頼し採用していた企業の人事管理・教育の側へ(からも)弊害が指摘されるケースも少なくない。
     最も批判の矛先を向けやすい部分として、これらが確かに色々と問題は含んでいることは事実としてまず捉えなければならない時期にあるのかもしれない。ただ現在においてはスポーツに携わる人達、プレイヤーだけでなくコーチも含めた育成・能力開発や教育のあり方が見直されているといわれていようと、過渡的なシステムの一部として最善とはもちろん単純に首肯は出来なくとも、教育(連帯的責任の良好なあり方・仲間意識の確立・子供に対するしつけ・情操)という点からすると全てを否定しきるのはやはり早計と言えないだろうか。

     あれら週刊誌の記事自体を私がどう感じるかについては、はっきり低劣で俗悪なくだらない読み物であるとすぐさま断じることに、決して躊躇を覚えない。ただ、こういったブランド化された性商品とでも呼べるものが、現代の性産業の関心の核の一つである事実は否定出来ない。
     イメクラやお宝もその一つである。お宝とは対象のネームバリューやら認知度、社会的立場がかなり明確な価値の尺度である。例えばある人物(主にタレントや有名人)は非常に強い趣向が現れやすい対象であったとしても、特段に性的イメージで要求する者が少数であるならばお宝市場における価値とは必ずしも相容れないのだ。当然だが、制作費をそれなりにかけ(芸術的と呼ばれる作品なら制作費は低く抑えられていてもいい、と業界内だけでなく世間でも認知されている)有名監督に撮ってもらった映画等々、一般的に世間からも評価のあるメディア以外で脱ぐことに抵抗がないか、あるいはないかに見える場合は言うまでもなくお宝対象としての価値は低いだろう。

    「競技Xの女王の裸体」は、コスチュームや特定の職業に対しての性的嗜好を捉えたイメクラ的なものとお宝の中間か、よりいくらかお宝に傾いているかもしれないがそれは被写体の知名度による。
     広告の時点では彼女はオリンピック候補の「有名」な選手だと言われていたが、抗議の内容によるとどうやら違うらしいとの線が濃厚だとか。仮に嘘であったとすると、「競技X」や「競技Xのコスチューム」への記号に対する欲情というレベルしか機能しなくなる。結局はそうなってしまったとしても、これは雑誌当初の話題づくりに成功し「競技X」好き、「競技Xのコスチューム」好きの耳目を集めることが出来たのだ。「お宝」好きにはあまり価値のないものになってしまい、それでも予想外に協会が騒いでくれたおかげで、世間一般の人々の注目を集めるまでにも期せずしてなったのは、ありがちな話だが皮肉な結果である。





    〈3〉/〈6〉
    「競技Xの女王」は本物なのか偽者なのか。これは女王の定義にも発展させることもやろうと思えば出来る。利害の絡みあう人間同士が納得する結末とはどのようなものか、いずれの結果であるにせよ一旦もつれ始めれば時間のかかりそうなところである。
     つまり前段で真偽はすぐに決着がつくと書いたが、それは言ってみれば所属している組織の影響を無視出来ない程度に受け、普通に考えればまずあり得ないが未だに従わざるを得ない立場にいる状態(コーチや事務方を目指すならば、完全に競技Xの業界から干されればその道も断たれる……しかしもう遅いはず)か、もしくは問題にならないくらい「女王」の地位から経験、成績が遠い場合を想定している。前者では、虚偽であるならば自らでいずれ認めるしかないし、後者は一顧だにされず切って捨てられるということだ。

     仮に現在彼女が現役選手を引退している場合、さらに選手名簿から除名されているならばなおのこと、組織に従わせる力は強く働かない。首を縦に振りたくなければ「あなたは女王ではない」という宣告を受け入れないことも難しくないから、長引くかもしれないのだ。
    「彼女は女王(いわゆる)、チャンピオンであったことは無く――」授業でY先生の読み上げた週刊誌に掲載された協会側の発言である。これらは書かれた内容と一字一句確かにそのままなのか、加えて私の聞き違いや日記を書くにあたっての記憶違いもあり得るのは確かに認めた上で、この短い文からだけでは現在どういう立場にいるのかはっきりとは分からないということだ。

    「あったことは無く――」文面情報から読みとるに、協会側が嘘をついているとも思えないので今まで一度もチャンピオン(協会の定義するチャンピオンが正確には分からないが)にならなかったのはまず確実ではあろう。次に日本語として普通に理解すれば、まず多分、おそらくは現役ではないと伝えているのだろうが、私が記憶しているワンフレーズの文章には引退したかどうかが記されていない。とはいえいくらでも含意を察することは可能だし、記事の一文を目にした日本語話者の多くは同様に考えるであろうが、しかし確定的な判断は出来ないから、ここでは仮定にいくつかのケースについて考えてみたのだ。

     いささか実も蓋もない言い方になるかもしれないが、結局問題の女性も、自分が「女王」でないことは知っていたのではないかと思えてならない。競技Xの世界に身を置き、相応の才能と長年の努力で国内では常に上位の成績は出せるようになっていたのかもしれないが、しかしスポーツ界の「女王」とは一般的に言って女性のチャンピオンである。しかも才能のある新人が競技を始めて即その世界の頂点に上り詰めたとしても、または辛勝やギリギリの判定の末に勝利を掴み取ったとして仮に一度きりの短い期間の頂点であった場合、通常どちらも「女王」とは言われないのではないか。
    「女王」とは一定期間頂点にいるか、あるいは一度落ちた後も、かなり近い位置を長年キープし続けた相手に対してのみ使われる尊称のはず。
     私が件のヌードになった女性の名前を知らなかったということは、酷な言い方だがやはり一般的に知られているレベルの選手ではないのだ。
     競技Xがどれだけ華美・壮麗であろうと、あくまでも得点を競う競技である。ヌードの女性の外見がどれほど美しかったとしても――加えておそらく国内10位くらいの成績か、オリンピック強化選手くらいの実力はあったのかもしれないが――、それで「女王」などと呼ぶ(写真週刊誌にそういった倫理観を求めるのは不可能だから、本来当人が「呼ばれる」ことを是認する感覚が問題なのだ)ことは、純粋に実力がありながらヌードの女性よりも性的ピンナップの視線では容姿の劣る、と判断された競技者に対する侮辱でもあるといえないか。当然、彼女を純然たる競技者として見た上で、その姿に価値や意味を認め応援していたファンに対しても、背信を犯した行動である。加えて敗残者の感覚、つまり嘘や騙りの類に堕してしまう惨めさを本人も考えなかったはずはないだろう。





    〈4〉/〈6〉(残5502字)
     やはり金銭の誘惑に勝てなかったのか。しかし今では中高生でも知っているように、一度裸を見せてしまえば上、つまりTVショウビジネスに片足を踏み入れたかどうか程度のタレント候補、あるいは他の世界から転向を目指す人は芸能界の少なくとも王道的場所には働けない。タレントであっても一定以上の地位にいなかった場合、戻れないといった暗黙のルールがある。
     どうしても必然性のあった映画上の表現以外で、若いうちに裸を見せた場合は芸能界内のヒエラルキーは一気に下がる。次に待っているのは、裸か性行為に近いものが露骨に端的な性的興奮を表現する手段として使われる、そんなシーンの映ったVシネマが活躍の場所になる。
     果たしてどんどん活動の場は狭まり、TV視聴が芸能の世界の人間を目にするほとんどの機会である、いわゆる一般的な人々の視界からそのタレントは消えてしまったということになるだろう。彼女は何になりたかったのか。

     前置きが長くなった。ヌードになった時点で少なくない金額はもらえるかもしれないせよ、競技に戻るなどは120%無理であるし、さすがに復帰(一旦辞めたとして組織に籍があるならば、か)を期待しているほど本人が世間知らず、脳天気だとは想像しづらい。一体これからどうしていくのだろうか? AVにでも出演することになる?
     協会とどの程度の争いになったのかは知らないが、その動向如何ではAVであってもメイン路線のメジャーレーベルから出演作を販売するのは、難しいのではないかと推測する。例えば「競技X」や「女王」という単語を使ったら協会が損害賠償を求めるか、今以上に剣呑な状態になってしまえば活動を自粛しなければならなくなるかもしれないし、せっかく裸になった目論見も潰れてしまうことになる。これからどうするのか、そもそも何がしたかったのか。

     今回のヌード問題からは離れるが、最後に少しまとめてみたい。私は、世の中にはあまり多くの人に広がり過ぎないほうがいい情報があると思っている。知らない人間の近くにまで行って耳を傾けさせる必要のないものだ。誰が受け取るか事前に分からず、不特定多数の目に晒される状態で世間に垂れ流す行為は、本来は非常に危険であるし無責任な姿勢でもある。垂れ流す側のメディアの人間は自らの責任といったものをどのように考えているのか。
    「権利」を保障するためといささかヒステリックに宣言したその実、大上段に構えられた特に写真週刊誌などが口にする希釈された「権利」は、人間が根強く持っている俗的な欲求を満たすことが根本の原動力ともなっているのだ。

     諸問題における、一般的に望まれるメディアの姿勢として、まず核心部に直接関する場所から情報開示を求め、あるいは内部告発を促し、外部からは必要項目の調査・追及を行い報告がなされるはずが、次第に拡大する興味本位の卑俗な目的に遣われた上で一方には悪者叩きが流行していく。
     週刊誌を愛読しつつも、段々と問題の焦点がずれ対象がはっきりとしなくなり、嫉妬や漫然とした世の中への不満感からすり替わった義憤へと駆られているスクラムがっちりの読者がいて、大衆に伝える側も主張するほどの根拠もないと本当は分かっていながら、一応に正当化の文言として「権利」をしばしば口にする。結局は正面からまともに扱うというよりも劇化、扇情化による部数増を求めての営業戦略でしかない。
     その意味では両者の共犯関係が人のプライバシーを侵し、スキャンダルを大袈裟に騒ぎ立て、またはありもしない犯人を作り出すことに血道をあげるのである。
     多少なりと当初興味を掻き立てる狙いであっても、国家や地域に関わる政治・経済の問題、または重大な外交行事や世間の耳目を集める凶悪な犯罪の類といったものは、市民としての権利、社会の秩序安寧のためにも、確かに「権利」をどこまでも担保された上で知るべきを知らなければならない(または受け手との関係性によっては、その責任が発生する)といえるだろう、が。





    〈5〉/〈6〉
     世の中で本当に何が起きているかにほとんど関心がなく、政権与党・大企業の広報機関としてのマスメディアの報道にどっぷり浸かり、疑うことすらしない人々がいる。メディアから発せられる情報の読み取り力の低さへとりあえず注意喚起しつつ、彼らも前述したように、具体的にあるいは自分の生活へ直接関わってくる問題については、しっかりと知っておく必要はある。
     しかし、多少乱暴な物言いであることは覚悟しているが、それ以外の毒にこそなれ決して薬にはならない、つまり大衆を煽り昂ぶらせ俗物精神を養うだけの役割しかなく、またそれらが目的とされる類の記事(番組)など、敢えて目にする必要がない。
     俗物主義を自分たちの宿唖であるかのように公言している週刊誌は、世の中には不必要な情報は無く(その姿勢はある意味では評価出来るが……)、低俗・劣情を認め受け入れた上で世の中を論じるといったことが基本的なスタンスになっている。
    そんな彼らに対し私の言葉は空しく響くだけだろう。
     また、TVや新聞等マスメディアは自らが第四の権力として存在しなければならないとする厳然とした役割があるにも関わらず、権力への監視という仕事はしっかりと果たしているのだろうかと、疑いの目を向けざるを得ない。むしろ権力に取り込まれ、互いの既得権益を守り誘導することだけを目的とした報道協定がそこでは遺憾なく発揮されているのではないか。
     官庁に出入りを許された多くの馴れ合い記者クラブから、政府・与党に都合の良い情報のみが天下りされるのだ。あくまでも政府からメディアのフィルターを通しての報道であり、国民までの一方通行、上意下達[ジョウイカタツ(ジョウイカダツ)]のシステムである。それらはいってみればすでに検閲の行われた報道なのだ。

     メディア側からの積極的な操作の結果として、一億総「窃視」化社会が徐々に無批判・無警戒に人々に受け入れられてしまっている。現状受け入れ主義が自覚的かつ意志的である人々、または一歩先の見通しも利かない無知蒙昧[モウマイ]な盲目的大衆の場合、あるいはどちら側でもなく軽薄で敗北主義的な現状肯定論者、つまり三者のタイプに大方の国民が大別されるが、それらの人々は戦後教育やメディアのあり方を端的に表す写し鏡ともいえるだろう。

     私は危機感を持っている。ある人は情報に躍らされ周りを異常に気にし、またある人は世間の出来事に全く関心を持たず自らのことしか考えられないようになっていく。メディアに対して受動的に(つまり伝えられるだけの一方的な関わり方では、そういう症状は早々に出やすくなる)関わる時間が多ければ多いほど、人間としてのまともな感情システムが加速度を増して侵されていくのだ。
     前述した窃視的な感覚というものは、あらゆる選択に対して大勢の顔色を窺い倣うの態度を常とする消極的な無名者か、半自覚的な、場合によって生ぬるい自己卑下のポーズを以って慰みとする人らの感情なのである。
     前者後者どちらも、結局拠りどころの不確かな感覚に長時間浸され、外気を感覚出来ないたるんだ皮膚に、長い長い夢を今でも見させられ続けている。ふやけた頭を持った状態でメディアを通すことでしか世の中が見えない。それが前提となっているのだ。またはかような見方以外の世界は馴染み深いものでないし、自らに深く問いかけ、深く傷つけるかもしれない。だから与えられた安穏とした世界、ぬくもりの中で眠りたいのだ。何かに震えながらであったとしても。
     
     そのような国民を量産することにどんな意味があるというのか。死ねばもろともだとでも言いたいのかもしれない。あるいは、もう進むしかないのだろうか。私は何についても、……いや実際には無知と浅薄さからの勘違いが多いに含まれているくらいなら、むしろ私は何も考えないほうが良いのか。若者なら若者らしく、毎日女の子と話をしたりSEXの機会を窺って、時々空想物語を頭に浮かべているくらいが正しい生き方なのか? 私は孤立している!! この瞬間、特に強く感じられて仕方ないのだ。
     明日は明日の風が吹く……そんなところでいいのか? 昨日からあきらかに疲れている我がこの身、別になにも進歩はしていない

    〈6〉/〈6〉
    追記〈3〉 2013/10/25 私がぬるい状況理解にあったことを気付かずにいたのか、ある意味では盲ていたのだろうか。数日前、自民党内で特定秘密保護法案が了承された。特定権者による三十年以上の恣意的な延長を避けるために内閣の承認が必要なそうだが。しかしそれは、果たしてオープン化を阻み続けるために古い闇から新しい闇への単なる橋渡しがされるとの宣言であり、覆いに囲われているであろう実際の手続の過程をどこまで知ることが出来るのか。
    「知る権利」や報道の自由に配慮する旨が明記される運びとなったのは、特に連立を組む党によるところがあったとも言われる、が。確かに条文へと記されるのは大前提として欠くべからざることであっても、問題としない、著しく不当なものでない適正な方法による取材活動とは何なのか。一体誰がそれを決め、問題がもしあった時に誰が判断するのか。そもそも記者がリークを求め官僚が応じなければ、大体が機密に近い情報を集めようがないのでは。
     特定秘密は絶対に秘匿で周辺下位指定までのものは許されるが、公務員側は利益の収賄があった場合はNG、記者側は結局クラブ発表や懇意にしている相手との、日常会話的な遣り取り内でポロッとこぼれた(つまり互いの示し合わせが明明白白とはいえ、偶然さが上手く装われた剣呑さのないリーク)情報であればなんとかOKということか、……いまいち分からない。

     解釈次第で濫用されている法律の一つとして、個人情報保護法がある。現在ではほとんどの企業で顧客管理や商品開発、事故処理等のために膨大な個人情報を抱え、それら利用するためにも適正な保護を企業の使命とする現実がある。でありながら一方、普段外側に向けてはどこも無難な似たり寄ったりの保身的な文言が書かれている程度でしかなく、どの組織も通り一遍な扱いをしているものでしかない。
     そして個人情報漏洩が起こった際には性懲りもなく毎度おなじみで、経営陣の面々が頭を下げ、マスコミを通してテンプレート謝罪がなされる。だけのわりに、一転して言わば自分たちにとって本当の有事になると早速あれらの文言やら規定やらを持ち出し、というよりも翻[ヒルガエ]り詭弁[キベン]的な拡大解釈を早速始めるのだ。
    『一方で問題を起こした社員や、内部の人間が絡むシステムの欠陥に対する特定や原因究明も、やはり個人の情報(企業が一般的に通常時使う意味合いの、利用するばかりが優先される顧客の個人情報ではなく、個人の情報!)に関わっている部分があるのは変わりないので企業として守らなければならなりません。外部に漏らすのは適当でないので内々でちゃんと処理をします』と。
     まず優先的に解決しなければならない事柄への追及なのであって、相当程度に生命身体への、しかも個人自身の重大なミスや意図的な不正行為によって被害が発生したのでない限りは、担当部署以上が責任をもって折衝[セッショウ]すればよいはずだ。当事者の身元を割ることが最大の目的ではない。ともかくの窓口(露骨に叩くだけの標的とはしない)となる責任の所在確認と、問題があったシステムや意思伝達過程を改善させるのが眼目であるという、かってまでの理屈が当然に通用しないのだ。
     個人情報保護の名の下にもっとも直接に関わる当人の存在を過剰に曖昧化させ、何も喋らせないよう口を塞いでしまえば、その姿勢はむしろ部署ぐるみかもしくは組織全体の隠蔽体質をすら疑わせる結果となるだけなのだ。
     元々機構が複雑に絡み合った鎖のように互いを、さらに幾重にも守られた中枢を有する巨大組織や、意思決定がどこでいつ行われているのか外側から分からない、カフカの『城』的迷宮である大企業・官庁・役所で起こされた問題の責任追及をよりしにくいものにさせたのである。
     いいように解釈され濫用された結果として、市民・消費者の個人情報は利用されるだけ利用され、ろくに保護もされず、あるいは売り渡される。社会への影響力を考えて常に活動し、日頃から規制当局や市民団体だけでなく、消費者となる多くの国民が自ら全体の利益のために監視しなければならない大企業、さらにより高い倫理観を求められる公共機関に、本来不正に対して入れなければならないメスを弾き返す頑丈な殻を与えてしまったのだ。

     さらには大抵大企業が起こした、そして隠蔽しようとする類の事案は消費者庁、各事故調――公取や金融庁が出張る時は前者と同様に改善を組織に求めつつも、刑事告発や追徴課税等の具体的懲罰を求めることがほぼ基本となる――が担当する場合が多く(二次調査としてであれ)、上記組織は犯人探しを積極的にするよりもシステム改善を求めることが基本の姿勢となる。そうなってくると本当は隠れ蓑にしようとした個人の情報保護の、より後ろにある経営者自身の責任や組織改善、賠償への金銭的な根拠をがっちり掴まれるのではないかと恐れさせる。芋づる式に奥の院であるそちらに入って来られないよう、現実には言わば社員を守る振りをしながら捨て駒になっても構わないつもりで盾にしているのだ。
     彼らはいつでもトカゲのしっぽを切るつもりでナタを隠し持っているし、組織のため(加えて自分たちに近しい、立場を持ち回りする幹部連たちのため)とのお題目を唱え平気で振り下ろすだろう。これらは個人情報保護による責任の曖昧化では組織を守り切れないと判断した時の、次にとられる選択肢だ。 追記〈3〉了




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