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    エッセイ(物語構成)【12】僕らはイカロス〜3(了)

    (2332字)
     引越しをすると知ったのは小学校四年生のいつのことだったか。もう学校に来なくなった彼は、その日僕を自宅まで迎えに来て新築寸前の家に招いてくれた。つまり、個人的なお披露目を受ける運びとなったのだ。もうじき引き払う予定のアパートも結構遠いとは感じていたが、新居はそこから歩いてもさらに数十分の距離があり、学区が異なるために転校することになるのだという。引越し先までの道のりの長さは子供の身の丈としては最も単純に、実に冷徹なほどの現実の重みとしていやがうえにも知らしめさせた。

     綺麗な家だった。光がふんだんに取り込める天窓のついた、家族の集まる広いスペースがまずは目につく。
     少し現在の僕が補足する。機能的な造りの明るく使いやすそうなキッチン、伸縮式のはしごを登った先にある、子供が走り回れるくらいの高さと奥行きのある天井収納を始め、覗かせてもらった納戸も物を置くだけではもったいないくらいの充分過ぎる広さだ。周囲を囲む形の各部屋から中心のLDKへスムーズに、のみならず洗面所やバルコニーへは個室からも移動可能な複路になっていて、移動のパターンが時間帯や多少のプライバシー条件で変化した際にも、快適に利用が出来るようになっている。
     つまるところ住人の様々な利便性(個人的、家族集団的側面両者で)や生活動線を考えた上での設計なのだろう。
     僕は口を半分開け放ったまま、人の顔さえ反射しそうなほどに綺麗なつやのあるフローリングの床やら、ちょうど昼時の光が気持ちよく降り注ぐ天窓をただ感心と驚きに包まれ眺めていた。そして、いくらか照れくさそうでもあり誇らしげにも見える手に引っ張られ、最後に彼の城へ――子供部屋が用意されていることは言うまでも無い。
     膝をつき部屋の片隅で後片付けをしていた彼の母親が立ち上がり、ひと通り内覧を終えリビングへ戻った僕らを迎えるようエプロンを外した。同時に額の汗を袖口で軽く拭い、やや視線を合わせずにいた顔が向き直ると、幾分の疲れとそれ以上の充実感に満ちた柔らかい笑顔となり、ケーキがあるからと二人を促した。子供たちが椅子に腰を下ろすのを横目で確認してから、自分は少し冷めてしまった薬罐にもう一度火をかけた。中央は白い磁器製のタイルか何かだったか、二回り大きな分厚いガラスの天板が乗せられた、綺麗で頑丈そうで、高価そうな真新しいテーブル。

     ○○君また遊びに来てね。そうだ、夏休みになったら泊まりに来いよ。僕は声を掛けられる度に相手の顔を見直し、両親のことやら彼から話される以前遊んだ時の思い出などに丁寧に答えた。会話が一旦途切れ空白が開くと新しい学校へ転入するための準備について親子で話し始め、僕はなんとなくホッとするとケーキを包むビニールについたクリームをフォークで削ぎ何度か口に運んだが、ふとその姿が誰かに見られている気がして落ち着かなくなり、ビニールをさっさと畳んでしまった。すでに微温くなっていた最後一口の紅茶を、音を立てずに飲み込む。

     じゃあそろそろ時間も時間だから、ということになった。螺旋状の階段を彼に続いて降りていると、踊り場辺りで何故か突然自分の家のことが胸に浮かんできた。トタンの古くみすぼらしい外見をしているその姿は、綺麗な新居を目の当たりにしている僕に対して妙に悔しさや惨めさの込み上げる気分を与えた。自分の家の親もあんなに頑張って働いているのに、なんで……。少しだけ涙目になっていた。
     いま振り返ってみれば子供らしくもない、まるで嫉妬をする大人さながらの唐突なイメージの対比をもちだしてきたものだ。あの時の状況では優先順位の一見低そうな事柄に対して囚われているのが、可笑しく見えなくもない。ただ、とりとめのないようで案外気にすることであったりして、些細な物事について妙なほどに反応を示す心理の不安定さが子供にはあったりもする。
     
     いよいよ別れの時。またいつでも遊びに来てくれよ、R地は新居から出て最初に差し掛かる坂の頂上まで数十メートルを見送り、笑顔で二度三度と頷き大きく手を振ってくれた。それでも、もうきっと無理で、こんな遠くまで来れないと感じていた。坂の入り組んだ道は覚えられないし、それに違う学校に通う人間と遊ぶといった行為が本当は間違っていることなのかもしれないと、どうにもその怖さが拭えず――。
     僕には分からない。本当に、……本当に何も分からない。

    (※1)
    昔ギリシャのイカロスは
    蝋で固めた鳥の羽
    両手に持って飛び立った
    雲より高くまだ遠く
    勇気一つを友にして
     
     R地に教わった歌だった。この文章を書いている最中に思い出したことだが、件の曲の譜面はおそらく教科書に載っていた。確か、蝋の翼を持ったイカロスが悲壮な面持ちで空を見上げる、子供ながらに「何かを捨てなければ何かを得られない」との結末を想起させるイラストが隣に添えられていた。実際には音楽の授業で習って、曲(特に歌詞)を気に入った彼が薦め――そうじゃない、そんな経緯はどうでもいい。
     少年の胸の内にその歌が響き、何かを伝え、小さな心に小さな、いや彼にとっては大きな勇気と目覚めと、何より決意をもたらしたのだ。彼に教わりたての頃、旧居であるアパートから自宅への帰り道をゆっくり歩きながら、二番の内容をよく知らずにいた僕は一番の歌詞ばかりを飽くこともなく暗誦した。
     そして別れのこの時、再び口をついて出る。今度はメロディーに乗せて。
     遠い帰りの道のりに何度目の繰り返しとなっただろう。次第に涙で滲んでぼやけた視界の中、それでも長い坂をひたすらに下って行った。もう振り返っても何も見えない。二度目の訪問は多分……。さようなら『友だち』




    (※1)引用歌
     『勇気一つを友として』
    歌詞:片岡輝
    作曲:越部信義
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