スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    エッセイ(物語構成)【1】自分がいなかった頃~2(了)/修正版


    (1917字)
    2 
     T君と束の間にあった出来事の後だったのか、それとも以前に起こっていたのかなんともはっきりしない。
     その子の家は同様に僕の自宅から非常に近く、歩いてすぐの距離にあった。
     今回の話には関係ないがそのアパートの目の前には同級生が住んでいて、周囲には他にも学校で知った顔が住んでいることはのちに知るところとなったが、今でも同じ家(実家)にいるのかどうかは別にして、自宅から歩いて数分以内に同級生の住んでいる家がかなりあったように思う。近所の範囲が公立の学区に含まれているのだから当然といえば当然としても、兄弟・姉妹含め学年並びで同じ学校に通っている家も多かったとまでなると、その頃は現在よりも子供の数がいくらか多かったからなのかもしれない。

     当時鍵っ子だった僕が学校を終えて家にまっすぐ帰ってきても、誰も家にいないことが多かった。一番早い時間に仕事を終えて帰ってくるのは祖母だったが、その頃はまだ老人と呼ぶには少しばかり早いような年齢と健康な身体をしていた彼女は、駅前の食料品店の事務所で毎日15:00過ぎまで働いていたのだ。父親は言うまでもなく、母が仕事帰りに買い物を終えて帰ってくるのも、季節によってはそれなりに日が沈みかけた頃になる。
     一人でいるときはいつもそうで、何かすることなど何も考えつかなかった。TVを観ていても、特に夕方前の時間帯の番組は面白くもなくすぐに飽きてしまったし、誰もいない部屋でぽつんとしていると時間が過ぎるのがとにかく遅く感じられた。何より、寂しいような心細いような気分でどうにも落ち着かない。
     僕はとりあえず外に出てみようと、窓に向かって外の天気を確認した。ひょっとしたら家から駅方面に続くまでの直線の道のりで、家族のうちの誰かを迎えることになるかもしれないとの期待も併[アワ]せて。
     玄関までの階段を降りるとき、出来るだけ足音を立てないようにした。マジックテープ式の靴をゆっくりと履いているあいだに、自宅に続く路地辺りかせめて近くで自転車のブレーキの掛かる音がすればいいと耳を澄ませた。数分後には靴のつま先を地面に軽く打ち付けてから玄関の引き戸に手をかけ、相変わらず外からは何の気配もしない。

     その頃の僕の行動範囲は――少なくとも現在から手繰[タグ]る記憶の中では――、学校への通学路を除けば随分と狭かったのだ。自宅目の前の直線に伸びる道路と、そこを警察署方面に歩いて50メートルくらいの間に四カ所枝分かれしている細い道の、特に手前にある二本の路地くらいは突き当りまで行ったことはあったが、奥の方は大抵途中くらいしか歩いてみた覚えがなかった。
     その日は何故か急に思い立ち、いつもは最後まで歩き通すことのない奥側の分岐点の先を覗き込み、しばらく考えてから真っ直ぐ伸びる突き当たりまでの100メートルくらいを冒険してみようかと考えた。――自分の胸に霞[カスミ]がかったような不安と期待の入り混じった小さな決意があるのを知り、そんな気分を不思議にも眺めながら落とし込む。
     歩き始めると普段知っている道からはすぐに離れてしまい、それぞれ少しだけ雰囲気が違う周りの家の外灯やポスト、門扉[モンピ]など、目に飛び込んでくるどれもが見慣れたものとは違って奇妙な形に見えた。さらに左右を見回して歩いているうちに、初めて見る駐車場や頭の中に無かったはずの細い道などが眼前に迫ってくると、段々と不安になっていることに気がつくのだった。
     気持ちを宥[ナダ]めるつもりとそのような不安など元々ないといった自身への騙し合いのさなかで、いくらか逸る気持ちを抑えてゆっくり後ろを振り向くと、見慣れた曲がり角はさっき通過したばかりでまだ30メートルも離れていなかった。僕は少し安心して、今いるところを真っ直ぐ進んでもまだ大丈夫だろうと自分を奮[フル]い立たせ、黙っているとすぐにでも湧き上がる怖さに先行しなければとわざと小さく頷いてみる。

     100メートルばかり進み辿り着いたのは、初めての曲がり角。一息ついてなんとなく上を見上げると、金属部分のあちこちが凹んでいるオレンジ色に塗装された古いカーブミラーがひっそり、何の親しみも感じさせずに立っていた。目の前は高い塀とその上に顔を覗かせる太い幹の青々とした樹木のある、立派な石造りの門構えの家。
     当たり前だが、2.5メートルくらいの高さにあるカーブミラーの真下に立つ僕の姿は映っていなかった。そして、その代わり鏡に映る微妙に歪んだ世界の方にある道は、今まで歩いてきたはずなのに見覚えがなく誰一人そこにはいなかった。自分がおかしなことや間違えたことをした罰として、鏡を通して偽物の世界に皆が消えてしまった後なんだ、もうこっちには僕しか残されていないんだと、目の前へ取り返しのつかない現実を唐突に突きつけられた気持ちになった。当時はそれが怖かった、とても。
     首を傾けた先に待ち構える左側の通りは、自分の知らないところだった。
     人が住んでいるはずなのに、全然自分とは違う人が住んでいるようで親しみの感じさせない家や、時間の進み具合が少し周囲と異なって見える洋風建築の古い開業医院、それに店の間口が閉じられひっそりと静まる、寿司屋や居酒屋らしきからは声一つ漏れ聞こえず、それぞれの庇の下から突き出して掲げられた、年季の入った看板はへこみが方々にあり形は歪み、印刷された人の奇妙な笑顔は顔半分を不吉に錆[サビ]が覆っている。
     さらに道の先、経験したことのないゆるやかな角度の坂道を登り切ると、高い柵に囲まれた孤独な鉄塔が浮き上がっているのだった。
     早歩きでもと来た道を戻った。周りから見れば、口をぽかんと開けた小さな少年が小走りに道を急いでいるように見えただけかもしれないが、僕はほとんどそのときには泣きそうだった。しかしそんなことをしているよりも、気持ちを我慢して少しでも早く逃げないと手遅れになるかもしれないと、随分と必死に。ふと気になり、それでも絶対に振り返って鏡を見てはいけないと自分に言い聞かせた。

     いつもの場所に帰る突き当りのT字路まではまだ遠い。何かが後ろから迫ってくるような不安な気持ちになり、いま自分がいる直線上にはずっといてはいけない、そうやって正体の知れない何かを想像しては、より一層気味の悪い視線を受けていると気付かされる。
     どうしても我慢が出来なくなって、途中で目の端に止まった脇道に入ろうと右に反れることにした。そこもあまり利用した記憶のない通りだったが、距離としてはより自宅に近づいたはずなので僕はだいぶ安心した。
     少し足を緩め左右を確認していると、さっきまでの気分はすっかり忘れてしまい妙に落ち着いていることに気が付くのだった。もう家族が帰ってきているかもしれない。
     十数メートル進んだところで、左斜め先には以前にも何度か目にした覚えのある、多少馴染みの屋根付き駐車場があった。そこを曲がると自分の家の目の前に出る。ほんのちょっと怖い思いもしたが冒険は半分成功した、その頃には自分の成長を少しだけ感じていたような気がしていたのだった。女の子に声を掛けられた。

     初めて見た顔。同い年なのかどうかも分からない。学校で会った感覚も、余韻もない。その子は自分が住んでいると突然に告げてきた後ろに佇むアパートに、僕はお呼ばれをされたのだ。
     ドアを開けるとすぐDKになっていて、玄関で靴を脱ぐと早速目の前の洋風テーブルの椅子に腰掛けるようにと促された。内装は綺麗に統一された白一色だ。それこそ家具も、テーブルクロスもカーテンから食器に至るまで。間取りは、当時ではまだ若い夫婦だった団塊[ダンカイ]か少し上の世代がニュータウンに購入した、団地住宅に近いものではなかったか。現在になっては二[フタ]時代昔の懐かしいTV映像を伴っている。
     そこで確かケーキと飲み物を出されたはずだ。僕は少しの恐縮と、大いなる困惑の間をさまよいながらもそれを平らげたのだろう。何を話したのかは全く憶えていない。何も話していないかもしれない。冗談を言っているのではなくて本当に話すことなど無かったような、当時のこの身体の中には、赤の他人に語る言葉どころか接し方の目録みたいなものすらなかった。
     変な言い方になってしまうが、この心も身も、つまり欠片が何とか寄せ集められただけの、間に合わせに人らしい姿を留めているだけの状態だったのだ。まだ低学年の小さな子供にはそういった面が程度の差こそあれよく見られ、僕にしてからは、大げさに言えば世界のとりあえずのあり方や自身の位置、安定した折り合いの仕方を理解をしたりしっくりこない感じに抵抗を試みるどころか、違和感を覚える頭すらなく、ふらつく意識を付き従えまたは振り回されながらただ目を開いて、薄い膜の張る世界を眺めていた。

     女の子の顔について現在になって思い浮かべてみようとしても、どうしても不確かな表情と声と突然に無人の部屋の風景がごっちゃになってしまい、昼間の強く眩しい光が夏用の薄いカーテンを通り抜け部屋の家具やその子の顔、僕の手をひたすらに白く染めていたという風に、目が醒めた後に夢の姿をしばし紡[ツム]ぎだすようにしか辿ることが出来ない。
     微かに頭の片隅へ残っている彼女の顔と言えば、綺麗な卵型をしていたことと穏やかそうな性格をいかにも表しているかのゆるやかな眉毛、そしていくつかのほくろがどこかにあったことだ。おそらくバイアスがかかっている記憶であると承知の上で敢えて付け加えれば、残されたイメージの中では確か白いワンピースを着ていて、台所のすぐ傍[ソバ]にある、木製で背もたれのついたアンティーク調の椅子に座る様子を目の当たりにしていた。

     彼女の苗字がAというのを現在では知っているが、最初にいつそれを知ったのか、やはり分からない。自分とは同級生ではないのかもしれないと感じていた理由の一つとしては、僕は誰に対してもそうだったがそのときも女の子に圧倒されていて、まるで数年年長の姉に色々と教えられてはその姿を真似してみたり、言われた通りに何やら恐る々々従ってみる態度だったからだ。自分の無知・無力さをつねづね思い知らされ、自発的に物を考えることもあまりしない癖のついた年少者にありがちの。
     ひょっとしたら、彼女は僕が誰であるかなどは全く知らなくて、たまたま目の前を歩いていた少年を招いてリアルなおままごとごっこをしたのではないかとも、いま現在になってふと考えたりもしてみた。しかし、さすがにそれは無理があるだろう。
     そういえば家に招かれて色々と接待をされていた際、彼女の両親の姿その影かたちさえも一切目にすることがなかった。あるいは、同様に寂しさややるせない気分を抱えていたのか。
     その子とは二度会うことはなかった。



    [貴方の応援が励みになります]

    関連記事
    スポンサーサイト

    テーマ : エッセイ・散文
    ジャンル : 小説・文学

    天気予報

    -天気予報コム- -FC2-
    プロフィール

    Ununz

    Author:Ununz
    Ununzです。自作小説・エッセイ・他雑文・ 夢日記・旅行記を発表していきます。御用の方は[junejulyonline55@gmail.com]か、ページ下部にあるFC2メールフォームからお願いします

    なおリンクを随時募集しております。相互リンクを御希望の際はカテゴリ【リンク関連】へコメントを頂ければ助かります

    ランキングに参加しています
    まだまだ、もっと大きくなります。これからです
    最新記事
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    全記事表示リンク

    全ての記事を表示する

    お気に入り 修正版
    登録&ひろがるリンク(BlogPeople用)
    ブロとも一覧
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    CustomRssReader
    村内回覧板
    QRコード
    QR
    カウンター
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。