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    エッセイ1話まとめ(雑記)【3】NHK教育と無頼派





    (1942字/1998年10月に記す/2012年06月補筆修正)
    〔1〕/〔2〕
     特に休日の予定もなかった私はたまたまその時間まで惰眠を貪り、目を覚ましたと同時に寝床の近くに転がっていたリモコンを手さぐりで探し当てることをした。ついでに電源ボタンを押したのちしばらくしてから枕に片肘をつき、日曜の朝の退屈なTVを視聴するかなどと思っていたのだ。
     チャンネルを回した時にほんの瞬間将棋の番組が目に止まり、一人の男――棋士の顔がアップに、続いてズームが引かれるやいなや咥え煙草をしたのである。私は唐突に目にしたその光景が、初めて目にした日曜の朝の健康的な囲碁将棋番組(視聴者もそれなりに健全な暇人であるはず)にはなんともふさわしくないものだなと、可笑しくも感じてしまったのだ。
     もう一方の対局相手も同年代らしい男で、咥え煙草の男が考え込みだしたら途端に正座から――人目を気にしてみせ多少周囲を窺いながらも――、出来るかぎり小さな動きを心掛けつつといった様子で足を組み替え、あぐらにもっていく按配[アンバイ]だ。どうにも調子が掴みづらく、見ているこちら側も恐々とであっても、次に何をするのだろうかとを期待している部分もあることはある。

     私は初めて観たNHK教育の昼前の番組に対し、随分とざっくばらんに進行しているなあと相変わらず無責任な面白がりのうちにいたところ、ふとその奥、テレビ視聴者側からしてもやはり奥に位置する場所に、若く美しい女性がいることに気がついた。
     正確な名称は分からないが、対局者が一手打つ毎に残り時間を告げる係の二十二、三歳くらい人は静かに座り、果たしてよく見ると顔全体は小さく均整が取れ、顎はすっきりと頬は柔らかな血色[ケッショク]を湛えている。目は比較的切れ長なつくりだったが明るめの化粧のためか、年齢に相応しい愛嬌を見せるものだった。
     品の良さは感じさせるも、それと同時に現代風の若者にも通じる気兼ねなさもある。あくまでも私の偏見として言わせて貰うと、そのように綺麗な人が将棋の世界にいるとは思っていなかったのだ。


    〔2〕/〔2〕
     気になって見やると、初めて観ていたのでTV中継をされる際のルールそのものを知らなかったのだが、隣りに座る人はどうやら譜面を読み上げる仕事で、先手○○、後手○○などと進行状況を逐一口頭で読み上げていく係のようだ。

     棋盤を前にして対峙[タイジ]する中年に差し掛かった、TVに映っているにも関わらず野暮ったいとも言える見た目をほとんど気にすることもない男性二人と、奥で神妙な面持ちに対局の補佐的な役割をしている彼女とでは全く人種が違う、といった感じを受けたのだ。それは私が持った印象を素直に口にするという意味では、決して嘘や大げさなものではないと言ってもいい。
     改めて男女を見比べて、前面にいる対局者の中年棋士が妙に淫猥[インワイ]な雰囲気を伴わせているのだ。一人の髪はちぢれボサボサであちらこちらに乱れ放題――そしてしょっちゅう頭を掻きむしり、時間が経過して少しだけ落ち着いてきた髪は、またしても破滅的な髪型に逆戻りすることになる。
     また、無精ひげもまさに何も手を加えずに放っておいてある無頼の風体[ブライノフウテイ]とでも表現しようか、自分の身の回りに敢えて一切気を使わず、さらに言えばそんなことを気にする必要もない、暇が、意味がないとでも主張しているのだろうか、しかし表情には一切の堅さもなければ険もなく、想像する年齢の割に肌ツヤだけは悪くない。ほのかに赤らんだ血色のお陰かシワも目立たず、随分と力が抜けて気楽にも口角を片方上げ、周囲の空気全体を冷やかしながら楽しんでいる。
     まずは汚らしい風貌のオッサン、というのは事実ではあっても同時に表面的な印象でしかなく、隠されたその奥は何であるかと、画面を見守るこちら側にじわりと染み込む存在感をもって確かに差し迫るのだ。
     もう片方は見た目は対局者ほど強烈なものではないにせよ、それでも綺麗に揃えられた口ひげが逆に卑猥な印象を少しだけ与えもしたが。とにかく棋士二人がなんとなしに、ただ確実に時計係の女性に対して目には見えない性的な匂いとでも表現したらいいか、そういったものを発して――彼女も十二分に理解して、同時に敢えて素知らぬ振りをし続けて――いるように感じたのだ。

     朝からなんとも馬鹿馬鹿しいことを考えてしまったと、我ながら呆れてしまったのを認めつつも、いかんせんそう受け取るほかなかったのだから仕方ない。
     おそらくあの人は、いや間違いなく中年棋士に抱かれている、と。綺麗な黒髪をした静かな印象の女性が声を押し殺し、髪を振り乱して無頼派棋士の背中に手をひしと絡めている姿が、否応[イヤオウ]なしに自動的に頭の中に浮かんできたのである。そう、確かに単なる妄想でしかなかろうと……全く振り払うことの困難な随分強固なものとして。(了)




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